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炎狼の拳  作者: トシマル
一章 人狼戦役
4/12

衝突

  ――1――


 人が、五人地面に倒れている。

 目を大きく見開き、そのまま動かない。

 真っ黒い雲が空を覆い、月の光のほとんどが遮断されている。

 雨粒が、赤く染まった地面に叩きつけられると同時に、どこかで大きな稲妻が落ちた。

 そんな状況にもかかわらず、四つの物体がその場に立っていた。

 そのうちの三つが、一つを見つめている。

 見つめられているモノの姿はというと、全身が赤茶色の毛で覆われており、うなり声を上げながら鋭い牙と爪をギラつかせている。

 人狼――

 そう呼ばれる生物であった。


「さて――」


 人狼を見つめていたうちの一人が、声を上げる。

 黒い短刀を持ち、革製の防具を身につけた、短い金髪の男――ルドルフ・ベオグラードであった。


「しばらくすれば援軍が来るだろうが……俺達でやるしかないな」


 ルドルフは、人狼を見たまま言った。


「誰かが欠けたらその時点で負けだ。頼りにしてるぜ……レオニート、シュロウ」


 ルドルフが言い終えると同時に、一際大きな雷鳴が周囲に響いた。



  ――2――


 ルドルフ達が城を出発してから三、四時間が経過していた。

 まだ日は昇っている時間だが、空は曇っており、辺りは少し暗い。

 国王の演説のあと、討伐部隊はいくつかに分けられることになった。

 レオニートが予測した、次に人狼の出現するポイントへ移動する第一部隊。

 ここには、レオニート、シュロウ、ルドルフ、グラド、他には帝国の精鋭兵士と名の通った傭兵が合計十名配属された。

 そして、人狼が現れた場合、ポイントへと急行する第二・第三部隊。

 これは、出現ポイントから離れた場所に拠点を構え、第一部隊の合図で現場へ向かう帝国騎兵部隊と傭兵の残りが配属された。

 最後に、人狼がレオニートの予測を外れ、あるいは討伐中に城へと侵攻してきた場合に備えて、城下町や城内の守りを固める第四、第五部隊。

 ここに配属されたのは、全て帝国の兵士である。


「少しは信用してくれよ……」


 ルドルフが、小さく言った。

 現在、第一部隊はポイントへのルートを街道沿いに進行していた。

 道中に必要な水や食料、テントなどの物資は、貸し付けられた二台の荷車に積まれ、それを馬が牽引けんいんしている。

 馬の手綱を握るのは帝国兵で、隊列は先頭から二人、荷車、四人、荷車、二人であった。


「さっきはすまなかったな、ルドルフさんよ」


 不意に、重装備の大柄な男――グラドが言った。

 右手には灰色の大槌が握られている。


「いや、別に」


 ルドルフは、後ろにいるグラドには視線を合わさず、前を向いたまま言う。


「へへっ、俺はこれでもアンタを尊敬しているんだぜ。アンタほど腕のあるヤツは知らないからな」


 グラドが、右手の人差し指で鼻をさすりながら言った。


「ホント、アンタみたいな大物が出てくるなんてね。アタシもビックリしたわ」


 グラドの左横にいる、黒くちぢれた長髪で褐色の肌をした女が言った。

 男の注目を集めるには十分過ぎるほどに美しく、引き締まった胸と尻を持ち合わせている女であった。

 女は、身長一七五センチ程度で腰と太もも部分を露出した薄い黒色の布を身につけ、短剣を太ももの部分に革ひもで巻きつけている。

 肌の張りから二十代前半のようであるが、声と口調は三十代後半でも不思議はない雰囲気があった。


「大物ねえ……」


 そう言うと、ルドルフは、大きくため息をついた。


「そうさ。魔獣を一人でブッ殺し続けているやつなんて、アンタくらいのもんだよ」


 女が、ケラケラと笑って言った。


「もともと住んでたところに人間が勝手にやって来て、襲われたから始末してくれって依頼されているだけさ。」


 ルドルフが、重い口調で言った。


「まあ、考えは人それぞれさね。自分でどう思っているかは知らないけど、アタシはアンタのやってることは立派だと思うってだけさ」


 女が言った。

 ルドルフは、黙っている。


「それから、アタシの名前はシェン。これが終わるまでは覚えておいておくれよ」

「理由が無いな」

「アンタがいい男だから……ってのはどうだい?」

「そりゃどうも」


 そう言って、ルドルフは肩を落とした。


「まったく、あなた達はさっきからゴチャゴチャと」


 茶色のロングコートを風になびかせ、ルドルフの右隣を歩くシュロウが言った。


「変にピリピリしているよりはマシだろ? 坊や」


 シェンが、口角を笑みの形に吊り上げ言った。

 すると、シュロウは後ろを振り向き、


「多分、あなたより年上だと思いますよ。僕」


 と、言った。

 シュロウは、そのまま後ろ向きで歩く。


「そうなの? その割には子供っぽいわね」


 そう言うと、シェンはカラカラと笑った。


「あのですね、あんまり馬鹿にするようなら僕にだって考えが……」


 シュロウが目の周辺をピクピクと痙攣させて言ったその時――


「あだっ!」


 突如、大きな衝撃音と共にシュロウが奇声を上げ、身体をくの字に折り曲げた。

 馬が急に止まったので、背面を荷車に打ち付けてしまったためである。


「な、なんで僕ばっかりこんな目に……」


 シュロウは、そう言いながら地に膝をつくと、背中を左手で押さえる。


「そんなもん魔法で治したらどうだ? エルフなんだしよ」


 グラドが、言った。


「こんな事に魔法なんか使いたくありませんよ。みっともない」


 シュロウはすぐさま言い返すが、まだ立ち上がる様子は無い。


「それじゃあ、お姉さんがお薬塗ってあげようか?」


 シェンが薄笑いを浮かべながら、妖艶な口調で言った。


「この――」


 シュロウの瞳が、シェンを睨みつける。

 それを見たシェンは動じるどころか天を仰ぎ大袈裟に笑うと、シュロウの表情がさらに険しくなり、両拳を強く握りしめた。


「なにやってんだ? お前ら」


 ルドルフが呆れた様子で言うと、そのまま列の先頭へと歩いていく。

 怒りのタイミングを逃がし気勢を削がれたシュロウは、ルドルフを目で追っていた。


「よう、どうした?」


 先頭にたどり着いたルドルフが、レオニートの背後に立つ。そして、その場で地図を睨んでいるレオニートに声をかけた。

 レオニートは、地図を折りたたんでコートのポケットにしまうと、曇りがかった空に目をやる。 


「到着しました。一つ目の場所に」


 レオニートが、穏やかに言った。


「へえ、意外に早かったな」


 ルドルフは、軽い口調で言った。


「見た限り……街道を挟んで片方は平原、もう片方は森へと続いています。怪しいものはありません」


 レオニートが、周囲を見回して言う。


「じゃあ、もう少ししたら別の場所に行くか?」


 ルドルフが言った。

 すると、レオニートが振り返りルドルフを見て、


「いえ、ここに野営をしましょう」


 と、言った。


「それはできん!」


 突如、レオニートと共に先頭を歩いていた赤い甲冑の人物が声を上げる。フェイスガードが上がっているため、声はよく響いていた。

 身長はルドルフより頭一つ分低く、九〇センチほどの直剣を腰に下げた若い男であった。

 男の大きな声はシュロウたちにまで聞こえており、シュロウが心配そうな表情でレオニートを見ている。


「――」

「――」


 重い空気の中、ルドルフは大きくため息をつくと、


「アンタは?」


 と、軽い口調で言った。

 

「私はカステル・トライブ。今回の部隊長は私だ。勝手な判断はやめてもらおう!」


 赤い甲冑の若い男――カステルが、レオニートを睨んで言った。


「人狼は今日、この場所に現れると断言できます」


 レオニートは、カステルを見ながら、穏やかに言った。


「何を言う。人狼など、まったく見当たらんではないか!」


 カステルが、さらに声を荒げて言った。


「相手も頭がいい。夜を待つでしょう。決戦はその時です」


 レオニートが、わずかに語気を強めていった。

 すると、カステルは大きく息を吐く。


「気に入らん……」


 カステルが、小さく、しかし二人に聞こえるように言った。


「おいおい」


 ルドルフが、その先を遮るように会話に割って入る。


「私は気に入らん……今回の事件も、ハイエルフも!」


 カステルは、レオニートと、奥にいるシュロウにも目をやり、唸(うな)るように言った。

 レオニートは、ゆっくりと目を閉じ、口を開く。


「あなたのお気持ちは理解できます。しかし――」

「都合が良すぎるのだ。人狼が出現してからすぐさま貴様らも現れた。これをどう説明するつもりだ?」

「それは我々の集落でも人狼が確認されたため、人間側の安全を考え情報を共有するためです」

「笑止! 貴様らハイエルフが帝国にしてきた数々のことを考えれば、そのような言い草を信じられるものか!」


 カステルは、やや大袈裟な身振りで語りだした。

 ハイエルフの悪事で特に有名なのは、“魔薬”であった。

 ハイエルフは、独自の知識と魔法を織り交ぜた薬を作製し、それを売ることで帝国内の通貨を得ている。

 ハイエルフの薬は良薬とされ、高値で取引されるが、中には一度その薬を使えば今度は薬そのものを欲しがる病に変えてしまう物まで売っていると。

 病気が治っているにもかかわらず、薬を求めて身体を壊し、破滅していく人間たちを大勢見てきたと。

 カステルは、現在確認されているハイエルフがやってきた悪事をひとしきり言い終え、呼吸を整える。

 レオニートは、目を閉じたままそれを聞き続けていた。


「そう考えれば、今回の事件は貴様達こそが――」

「おっと……」


 ルドルフが重い口調でカステルの言葉を遮り、右手の平をカステルに突きつける。


「ルドルフ・ベオグラード!」


 カステルが、怒声を轟かせる。

 ルドルフは、眉一つ動かさない。


「それ以上言っちまったら、俺はアンタを叩きのめさなきゃならない」


 ルドルフが、さらに声を低くして言った。


「なに?」


 カステルが、唸るように言う。


「俺なら、アンタが人狼討伐の戦力になれるように倒す事ができる。だが……」


 そう言うと、ルドルフは体制をわずかにズラして自身の後ろを見る。

 そこには、先頭の集団に極めて近い位置で全身を震わせ、呼吸を荒げているシュロウの姿があった。

 両方の拳は、出血するほど強く握られている。

 ルドルフは、カステルに向き直ると、


「アイツじゃ無理だ。アンタ……マズイ事になるぜ?」


 と、言った。


「ふんっ……ロクに教育すら出来んか」


 カステルがそう言った瞬間、シュロウの目がカッと見開く。


「いい加減に……しろっ!」


 先ほどのカステルよりも大きな声を響かせ、シュロウがカステルへと歩み寄る。


「先生を」


 一歩。


「先生を……」


 また一歩。


「馬鹿にするなあっ!」


 シュロウが叫ぶと同時に、右手をわずかに開き、そこから八〇センチ程度の紫色に光る剣を出現させた。

 刀身は透けているが、しっかりと握られている。


「むうっ」


 カステルが、左手でフェイスガードを下ろし、右手で剣の柄を握る。


「くわああああ!」


 叫ぶと同時に、シュロウが砂を巻き上げながら素早く踏み込み、大きく間合いを詰める。

 カステルが剣を鞘から抜ききる前に、シュロウは紫に光る剣を大きく振りかぶっていた。


「ぬううっ」


 カステルは、諦めずに剣を鞘から抜ききろうとしている。


「だああああああっ!」


 シュロウの剣が、カステルの頭上に落ちようとしていたその時――


 金属を削るような、ぎぎっという音が響く。

 シュロウの剣は、カステルに落ちず、白い光を帯びた左手に遮られている。

 色白で細い、レオニートの手であった。

 レオニートは、一滴の血も流さず、シュロウに背を向けたまま剣を握っている。


「シュロウ……」


 レオニートが、消え入りそうな声で言った。


「せ、先生!」


 シュロウは、ハッとした様子で紫に輝く剣を右手から消した。

 同時に、レオニートの左手から、白い光が消える。

 レオニートが、ゆっくりとシュロウへ身体を向ける。


「先生……」

「――」

「な、なぜ?」

「――」

「ぼ、僕は、先生を……」

「――」

「――」


 破裂音――

 突如、レオニートが、右の平手をシュロウの頬に打った。


「先生?」


 シュロウは、目を丸くして小さく呟いた。


「どうしてですか?」


 シュロウが、力無く言った。


「――」

「いけないことなんですか?」

「――」


 シュロウの瞳が、徐々に潤んでゆく。


「なんで!」


 シュロウが叫ぶ。


「あなたが間違っているからです」


 レオニートが、小さく言った。


「先生は、文句を言われても黙ってたり、謝ってばかりで。それじゃあ先生がかわいそうですよ。悪いのは僕たちじゃないのに……」


 シュロウは、上擦った声で呟く。


「そして、あなたは何をしようとしましたか?」


 レオニートが言った。


「僕が先生を守らなきゃいけないと思って――」

「相手の命を奪おうとしましたね?」


 レオニートの言葉に、シュロウは言葉を詰まらせた。


「いいですか、シュロウ。我々は耐えなければならないのです。我々が暴力に訴えれば、そのとき限りは優越感に浸れるのでしょう。しかし……」


 レオニートは、言葉を絶やしながら、命を吐き出すかのごとく語る。


「そんなことをすれば、ハイエルフの立場はますます悪化してしまいます。なのに、あなたは彼を……人間を斬ろうとしたのですよ? それがどういうことかわかりますか?」


 レオニートの問いかけに、シュロウは首を横に強く振った。


「あなたは魔薬を売った者と同じ……いえ、それよりも非道なことをしようとしたのです。考えてもみなさい。一時の感情に任せて人間を斬るなど、彼らの身になればハイエルフがどんなに恐ろしい存在と感じるか……」


 レオニートが、語気を強めて言う。


「そんな……先生には、ハイエルフのプライドが無いんですか!?」


 シュロウが、なんとか言葉を見つけて言い放った。


「誰かの命を奪ってまで守らなければならないプライドなど……捨ててしまいなさい!」


 レオニートが、大きく声を響かせて言った。


「でも……でもっ!」


 シュロウの目から大粒の涙が零れ落ちる。


「もう一度だけ言います。我々の行動で、ハイエルフはまた一つ危険な存在として認識されてしまいました。自分たちを馬鹿にするものは、誰であろうと斬ろうとする恐ろしい存在として……」


 レオニートは、うつむき、小さく言った。


「ああ……ああああっ!」


 シュロウは、何かに気づいたように声を上げると、その場で両膝をつき、地面に頭をこすり付ける。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 カステルにむかって、シュロウは泣きながら何度も、何度も、何度も何度も頭を下げた。


「全部僕が悪いんです! 先生は悪くありません! ハイエルフは悪くありません!」


 顔いっぱいに土をつけてもなお、シュロウは頭を下げ続ける。


「僕だから悪いんです! ハイエルフだからじゃないんです! 許してください、許してください、許してください!」


 シュロウの顔が、土の色に混じって徐々に赤茶色を帯びてくる。

 カステルは、一言も発せずに立ち尽くしていた。


「で、どうするんだ?」


 不意に、ルドルフがカステルを見て、軽い口調で言った。


「どう……とは?」


 カステルが、フェイスガード越しのくぐもった声を上げる。


「全部はお前さんの裁量一つだ。さあ、どうする?」


 そう言うと、ルドルフが肩をすくめる。


「私は……」


 カステルとルドルフの問答の間にも、シュロウはひたすら謝り続けていた。

 カステルがシュロウをフェイスガード越しに見下ろしてから、いくらかの時間が経過し、


「もう……いい……」


 と、カステルが、くぐもった声で小さく言った。

 しかし、シュロウは変わらぬ様子で謝り続けている。


「くうっ」


 カステルは息を漏らすと、フェイスガードを上げてから兜を脱ぎ捨てた。


「もういい……もういいんだ! 私が悪かった!」


 そう言って、カステルはシュロウを抱き起こす。


「なんて事だ……怪我をしているじゃないか。さあ、むこうで顔を洗おう」


 そう言って、カステルはシュロウを後方の荷車に連れて行こうとする。


「ありがとうございます、ありがとうございます……」


 シュロウは、泣きじゃくりながら荷車に積んである水で顔を洗う。

 その間も、ずっと感謝の言葉を述べていた。


「シュロウ……」


 その様子を見ていたレオニートが、シュロウへと腕を伸ばし、一歩踏み出す。


「待ちなって」


 ルドルフが、レオニートの肩を押さえて言った。


「わかっていますよ」


 レオニートは、いつもよりさらに穏やかな口調で言う。


「せっかく弟子が大きくなったんだ。ちゃんと見といてやらないとな」


 ルドルフがそう言うと、レオニートは満足げに何度もうなずいていた。

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