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炎狼の拳  作者: トシマル
一章 人狼戦役
3/12

討伐部隊

  −−1−−

 帝国の首都、セルビオの城下街−−

 天気のいい昼時だというのに、ほとんどの家が窓を締め切っている。

 通行人の数も少ない。

 人狼が、近隣に出没したという知らせがあったためである。

 そんな状況で、石を加工した地面に、一人の男がいびきをかいて仰向けに眠っていた。

 男は三十代後半で、首から下に茶色い革製の防具を身につけ、金色の短髪と無精髭を生やしている。


「んが……もう食えねえって」


 男が寝言を言っていると、


「こら、邪魔ですよ!」


 赤茶けた長髪の若い男が、寝ている男の横に立って言った。

 若い男の肌は雪のように白く、茶色のロングコートとレザーブーツを身につけており、女性ウケが良さそうな顔立ちで、縦に長く伸びた耳と、典型的なハイエルフの姿をしていた。


「うん? ああ、悪いね。別にまたいでくれてもかまわないよ」


 金髪の男が青い目を見開き、寝転がったまま言う。


「そういう問題じゃないですよ。大体、先生にそんな下品なことさせられません!」


 若いハイエルフが、金髪の男を激しく揺さぶりながら言った。


「先生って……あいつ?」


 金髪の男が、若いハイエルフの背後を見て言う。

 そこには、黒いロングコートとブーツ男が立っていた。


「すみませんね。余計なお世話かもしれませんが、やはり気になってしまって」


 先生と呼ばれた男が、穏やかな口調で言った。

 男の種族もまたハイエルフであり、腰まで伸びた緑色の髪が日の光を浴びて輝いている。

 身長は、一九五センチ程度だ。


「いや、アンタは悪くないよ。しかし、いまどき律儀な人がいたもんだ」


 金髪の男が、立ち上がりながら言う。

 身長は、若いハイエルフよりわずかに高く、一九〇センチ程度であった。


「なんてやつだ! これだから人間は……」


 若いハイエルフが声を荒げる。


「シュロウ、感心しませんね。そういった発言が、我々ハイエルフの立場を悪くするのですよ」


 先生と呼ばれた男は、落ち着いた様子で若いハイエルフ――シュロウに言った。


「も、申し訳ありません。レオニート先生」


 シュロウが後ろを振り向き、頭を下げる。


「やれやれ、私に謝っても仕方ないでしょう?」

 

 先生と呼ばれた男――レオニートが、右手で顔を押さえて言った。

 それを聞いたシュロウは、ハッとしたように金髪の男を見る。


「ど、どうもすみませんでした」

「別にいいっての。こっちが気まずくなっちまうよ」


 金髪の男が白い歯を見せて笑う。


「彼はまだ四十の若輩でして、そう言ってもらえると助かります。とはいえ、私もやっと百になったばかりなんですがね」


 レオニートが小さく微笑みながら言った。

 ハイエルフの寿命は、人間が長くても六十年なのに対して、二百年近くある。

 穏やかに暮らさなければ寿命が大幅に縮まるという制限はあるが、シュロウは人間の十五、六。レオニートは、三十代前半の容姿であった。


「ところで、なぜこんな場所で寝ていたのですか?」


 レオニートが言った。


「いや、俺は南の町にある酒場で用心棒をやっているんだが、人狼騒ぎで客が全く寄り付かなくなってね。そんな時に、王様が討伐のための戦士を集めてる。こりゃ行くしかねえって思ったわけよ」


 金髪の男が、自慢げに言った。


「前置きが長いです」


 シュロウが、冷めた口調で言った。


「それで、昨日の夜に景気づけとしてこっちで酒をたらふく飲んだら、こうなってたんだな」


 金髪の男が呵々かかと笑う。


「なるほど。しかし、そんな身体で人狼討伐は大変でしょう」


 レオニートが言った。


「なに、少し違和感はあるが、すぐに治るさ」


 金髪の男が、肩を回しながら言った。


「せっかくですし……」


 レオニートが、そう言ってシュロウを見る。

 すると、シュロウは目を丸くした。


「ぼ、僕がですか!?」


 シュロウの声が、辺りに響き渡る。


「そうですよ。さあ、治してさしあげなさい」


 レオニートが、静かに言った。


「まったく、どうして僕が……」


 シュロウは、ぶつぶつと文句を言いながら、金髪の男の鎧に両手で触れる。

 シュロウが大きく息を吐くと、オレンジ色の輝きがシュロウの全身を包んだ。

 その輝きは、やがてシュロウの両手に集まり、金髪の男へと流れていく。

 しばらくすると輝きが消え、シュロウは手を男の鎧から離した


「おお、これがハイエルフの魔法か!」


 金髪の男が、満足げに言った。

 男の顔つきは、先程よりも健康的になっている。


「普通の回復魔法じゃないですか。いちいち大袈裟なんですよ、あなた」


 シュロウが、呆れた様子で言った。


「いや、スゲエよ。俺なんかどんなに頑張ってもロウソクに火をつけるのが精一杯だからな」


 金髪の男が、笑いながら言った。

 すると、シュロウは眉をピクリと動かして、


「へえ……人間にしてはそれなりの才能があるんですね」


 と、言った。


「ありがとよ。しかし、レオニートとシュロウ……だったか? あんたたち、どうしてここへ?」


 金髪の男が言った。

 ハイエルフは独自の集落を形成し、商売以外で多種族と接触することがほとんど無い。


「我々も、人狼討伐に力を貸そうと思いましてね」


 レオニートが優しく微笑む。


「先生は、人狼の危険を何度も国王に訴えていたんだ。最初は信じなかったくせに、こんな大事になってからようやく先生の力を借りたいって言ってきたのさ」


 シュロウが目に力を入れ、興奮気味に言った。


「まあ、自分の知らない事を信じようとしないのはお偉いさん……いや、人間の悪いクセだからな」


 金髪の男が腕を組んで言った。

 レオニートは驚いた表情を見せると、


「ハイエルフも同じようなものですよ。それに、突然そんなことを言われて信じる者は少ないはずです」


 と言って、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「とはいえ、やっぱり失礼ですよ! 一度は追い返しておいて……」


 シュロウは、頬を膨らまして言う。


「シュロウ、お願いですから国王の前でそんな態度を取らないでくださいね。我々の行動が、ハイエルフの姿となっているのですから」


 レオニートが、大きくため息をついて言った。


「す、すみませんでした……」


 シュロウは目を伏せ、小さく呟く。


「んじゃあ、そろそろ行くか?」


 唐突に、金髪の男が言った。


「王様に呼ばれてんだろ? ちょうど目的も同じだし、一緒に行こうぜ」


 金髪の男は、町よりもいくらか高い場所にある大きな石造りの城を指差して言った。


「それもいいですね。ところで、あなたのお名前は?」


 レオニートが言った。


「おっと、コイツはうっかりしてたぜ。俺はルドルフ。ルドルフ・ベオグラードだ。よろしくな」


 そう言って、金髪の男――ルドルフが、レオニートに右手を差し出す。

 レオニートも右手を差し出すと、二人は握手を交わした。


  −−2−−

 街よりも高い場所にある石造りの城。

 内部は絨毯から草木にいたるまで、どれも城下町には無いもので装飾されている。

 大規模なパーティーが出来そうなほど広い部屋には、すでに大勢の人間が集まっていた。

 部屋の入り口と奥の扉には、軽装鎧に槍を握った衛兵が二人ずつ立っている。

 その集団から少し離れた場所から、ルドルフは一人で他の人間たちを観察している。

 レオニートとシュロウが、奥にある部屋へと行ってしまったためである。


「よう、兄ちゃん」


 集団の中でも一際目立つ、ルドルフよりも二回りほど大きな男が声をかけてきた。

 坊主頭で、重そうな鎧を身につけており、年齢は四十代前半に見える。


「なんか用かい?」


 ルドルフが素っ気無く言うと、大男はニヤニヤしながらルドルフに近づいてきた。


「そう冷たくするなよ。お前はどこから来たんだい?」

「南の町だよ。酒場の用心棒をやってる」


 ルドルフが、正面に立っている大男の目を見て言った。


「南か。俺は北からだよ。アンタもドワーフの武器目当てで来たのかい?」

「――」

「なんてったって、人狼をぶち殺せば武器をそのままくれてやるってんだからな。あんたもそのクチだろう?」

「……そう見えるかい?」


 ルドルフが目を細めた。


「カッコつけんなって。他のやつらも同じ考えさ」

「へえ――」


 ルドルフが、今度は集団のほうに目をやる。


「なるほど。確かに、どいつもこいつも汚いことを考えていそうなツラしてやがる」


 ルドルフは口角を笑みの形に吊り上げ、周囲に聞こえるように言った。

 会話がピタリと止まり、周囲に張り詰めた空気が流れる。

 部屋の入り口に立っていた衛兵二人が、半歩踏み出す。


「兄ちゃん、口には気をつけた方がいいぜ」


 大男が、重い声でルドルフを威嚇するように覗き込んで言った。


「これでも気をつけたつもりなんだがね」


 ルドルフは、大男の目を睨んで言った。


「おい、北でこのグラド様に喧嘩を売って生きてたやつはいないんだぜ?」


 大男――グラドが、目の周りを小刻みに震わせて言った。


「悪いが聞かねえ名前だ。もしかして、凄いと思ってるのはアンタだけなんじゃないのかい?」

「テメェ!」


 グラドが耳を刺すような大声を上げながら、右腕を大きく振り上げる。

 すると、ルドルフはグラドの右腕が自身に届くよりも先に、左手の親指と人差し指の間でグラドのノドを打った。

 小さな破裂音が響くと、


「ぐげっ!」


 グラドは口からドロリとした涎を吐き出し、赤い絨毯の敷かれた床にうずくまった。


「うわ、きったねえな!」


 ルドルフが、自分の鎧に付着したグラドの涎を革製の手甲で拭いながら言った。


「お、お前……名前は?」


 グラドが、うずくまったまま両手でノドを押さえ、絞り出すように言った。


「ルドルフ・ベオグラード……いや、忘れてくれ。後ろから襲ってくるのは化け物だけで十分だ」


 ルドルフが腕を組んで言った。


「る、ルドルフだって!?」


 入り口に立っていた衛兵の一人が声を上げる。


「ああ、やっぱり覚えてるやつがいたか。だから名乗りたくなかったんだよ」


 ルドルフが頭を掻いて言った。


「あんた、魔獣ハンターのルドルフかい? いや、顔を見るのは初めてだよ。アンタのおかげで俺の故郷が助かったんだ。ありがとうよ!」


 衛兵の言葉をきっかけに、周囲がざわつき始める。


「そっか。そりゃあよかったな」


 ルドルフが、大きく笑みを浮かべて言った。


「あなたはどこでも目立つ人のようですね。ルドルフ」


 黒のロングコートを着たハイエルフ――レオニートであった。

 パーティールームの奥にある頑丈そうな扉が開いており、レオニートとシュロウはそこからルドルフへと歩み寄る。


「よお、遅かったじゃねえか。おかげでイジメられちまったぜ」


 ルドルフが肩をすくめて言った。


「そうだったのですか?」

「冗談だよ」

「先生、もう構わないでおきましょうよ。面倒ごとに巻き込まれちゃいますよ」


 シュロウが、ルドルフを睨みながら言った。


「これから国王のお話しがあるようですよ」


 レオニートが言った。


「こんな時まで体裁を優先か……偉い人は大変だよ、まったく」


 そう言うと、ルドルフは左手で自分のアゴを撫でる。

 国王が現れるまで、周囲はルドルフの功績を列挙し続けていた。

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