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炎狼の拳  作者: トシマル
序章
1/12

ドルクVS魔獣

  ――1――


 太鼓の音が、重く響き渡る。

 人の声が、渦巻いている。

 それをよそに、二人の男が立っていた。

 ニメートルはありそうな大男と、一六〇センチに満たない小男だ。

 大男は、手入れされていない黒色の短髪を掻きむしる。

 大男が身につけているのは、茶色い腰布だけであった。

 二人の周囲を石の壁が囲み、金属製の柵の隙間から、太陽の光が差し込んでいる。

 格子状の柵。

 地面。

 遠くにある、同じような格子状の柵。

 二人から見えるのは、それくらいであった。


「今日の相手はスゲェぜ」


 汚れたチュニックを着た小男が、甲高い声で言った。

 小男の引き締まった細腕には、木製の手桶ておけが握られている。

 手桶の中では、赤い液体が異臭を放ちながら、ゆらゆらと揺れていた。


「獣か……」


 大男が、手桶を見て言った。


「よくわかったな」


 小男が、手桶を胸まで持ち上げて言った。


「慣れてる」


 大男は、格子のむこうへ視線を移す。


「だろうな。こっちに来てから水だけらしい」


 そう言うと、小男は手桶の中の液体を、大男の胴体にぶちまけた。

 大男の首から下が、真っ赤に染まる。


「まあ、あれはやり過ぎだと思うね」


 小男が、鼻をつまんで言った。


「その方が面白くなる」


 大男は、微動だにせず言う。


「そっちじゃない。今回の相手は……」


 小男がそこまで言うと、大男が手で遮った。


「やる事はわかった。他は別にいい」


 大男が拳を握りしめる。


「闘士入場!」


 柵のむこうから、複数の男の声が同時に響いた。

 歓声が上がると、大男の前の柵が縦に開く。

 他の柵は、まだ開いていない。


「お呼びだ。行ってきな」


 そう言うと、小男は後ろの通路へと消えた。

 大男は、柵の外に足を踏み出す。

 歓声がさらに大きくなる。

 砂で固められた円形の地面を、大男が歩く。

 中心までは、四〇メートル程度。

 地面を見下ろすように、グルリと観客席が囲んでいる。

 高さは、大男の十倍はある。

 大男が出てきた柵が閉じた。


「この闘士、名をドルク。少年の頃、この場所に立つ!」


 十人の筋肉質の男たちが、観客席のさらに一段上から、一斉に言った。

 初めての観客のために、闘士の説明を簡単にするのだ。


「過去の経緯など、知るよしも無し。初戦に勝利して以来十数年、このコロッセオで最高の闘士として君臨している!」


 こういった情報は、観客よりも対戦相手から重宝されている。

 思わぬところから相手の弱点を知ることもできるからだ。


「さらにこの男、数少ないグラントである。この男の成長、とどまる事を知らず!」


 グラントとは、異種族の間にできた子供のことである。

 出生率が極端に低く、親の種族とは関係無しに、いくつか特徴がある。

 まず、体毛と瞳の色が黒い。

 そして、訓練をせずとも強靭な肉体を持つ。

 ドルクもこの例に漏れず、全身の筋肉がうっすらと脂肪を残す戦闘用に発達していた。

 先ほど浴びた液体が、分厚い胸板に浮かぶ筋肉のラインを、クッキリと表現している。

 腕は女性のウエストくらいの太さがあり、脚は今にも爆発しそうなほどの大きさであった。


「以上で、この闘士の説明を終わる!」


 男たちが言い終えたときには、ドルクはすでに円の中心に立っていた。

 ドルクの正面にある柵が開く。

 左右にある柵も開く。


「三匹か……」


 ドルクは、小さく呟いた。

 三方から、ガタン、ガシャンと金属音が響く。

 刺すような獣臭。

 そして、強烈な殺気が会場を支配した。


  ――2――


 一瞬の出来事であった。

 ドルクに向かって、三匹の狼が突進してきたのだ。

 体高が三メートル近くある、黒毛の狼だ。

 ドルクの両腕と首筋に、狼の牙が突き刺さる。


「この獣、アイスウルフと呼ばれる魔獣である。北の地に生息し、氷の魔法を操る!」


 男たちは、巨大な狼−−アイスウルフの解説を始めた。


「くうっ!」


 痛みでドルクの顔が歪む。

 せっかちな奴め――

 と、ドルクは思った。

 アイスウルフたちが、首を引いて肉を食いちぎろうとしていたのだ。

 しかし、ドルクの肉体も懸命に耐える。

 三匹のアイスウルフは、それぞれ唸り声を上げた。

 妙なやつだ。豚の臭いがするぞ――

 俺達はハラペコだ。これでは足りん――

 牛だ。牛を持って来い――

 そう言っているかのようであった。


「いい演出だ。客も喜んでいる」


 ドルクが、正面のアイスウルフにささやいた。


「次はこっちの番だ」


 そう言うと、ドルクは大きく息を吐いた。

 ドルクの身体を、白い光が包み込む。

 三匹のアイスウルフが毛を逆立て、ドルクから牙を引き抜く。

 ドルクの両腕と首筋から血が吹き出るが、傷口はすぐに塞がった。


「むんっ!」


 ドルクが、右腕で、正面のアイスウルフの下顎を殴った。

 体高三メートルの獣が地を滑る。

 左右のアイスウルフは、すでに後ろに飛びのいていた。

 ドルクは、正面のアイスウルフへ駆け寄ると、牙を叩き折った。

 その長い牙を右手に持ち、アイスウルフの左目に突き刺す。

 獣は、悲鳴とも聞こえる唸り声を上げている。

 ドルクは、獣の上下の顎を両腕で掴むと、そのまま縦に引き裂く。

 獣は全身を痙攣させ、やがて息絶えた。

 観客から、称賛の声が上がる。

 だが、まだ勝負は終わっていない。

 残りのアイスウルフは、ドルクの背後に回り込んでいた。

 距離は、およそ三〇メートル。


「あと二匹……」


 ドルクが、後ろを振り向いて言った。

 二匹のアイスウルフは毛を逆立て、ドルクを睨みつけている。


「バウ!」

「ガウ!」


 二匹のアイスウルフが吠える。

 すると、アイスウルフの口から氷柱つららが勢いよく飛び出した。

 太さ五センチ、長さ三〇センチ程の、先が尖った氷柱である。

 ドルクは、両腕を前に出し、二本の氷柱を受ける。

 氷柱はドルクの腕を貫通せずに、砕け散ってしまった。

 それを見た二匹のアイスウルフは、ドルクに向かって突進する。

 アイスウルフたちが、横一列になったとき、


「でやっ!」


 ドルクから見て右側のアイスウルフを、右足で蹴り上げた。

 巨大な獣が、大きく宙を舞う。

 左のアイスウルフは、ドルクの首に噛み付く。

 しかし、長い牙は肉の壁に阻まれ、貫通できずにいた。

 ドルクは、両手で、食らいついているアイスウルフの頭部を挟む。


「ふんっ!」


 アイスウルフの頭部が、ドルクに押し潰された。

 獣の濃厚な赤いエキスが天を覆い、ドルクに降りかかる。

 観客席から、悲鳴や嗚咽が聞こえる。

 勝手なやつらだ――

 ドルクは、そう思い拳を握る。

 コロッセオにやってくるのは、ほとんどが貴族階級の人間であり、この場所に血と暴力の限りを求めている。

 だが、客となって日の浅い者が限度を超えた試合を見せられると、こういった事にもなるのだ。

 打ち上げたアイスウルフが、地面に落下した。

 口から血と唾液を垂れ流し、のたうちまわっている。

 殺せ――

 手を抜くな――

 まだ元気な観客が、ドルクに野次を飛ばす。

 しかし、ドルクは追撃をせずに、獣を見つめている。

 数秒後、アイスウルフが立ち上がった。

 アイスウルフは、唸り声を上げ、ドルクを睨む。


「行け、ドルク!」

「決めろ!」


 先ほどまで悲鳴を上げていた観客も、野次に参加し始めた。

 それを見たドルクが、鼻で笑う。


「いい気なもんだ。なあ?」


 ドルクは、観客に聞こえるように獣へ語りかけた。


「最後は派手に終わらせよう。来い!」


 ドルクは、右手で胸を叩き、相手を誘う。

 アイスウルフは、目を血走らせ、ドルクの首に素早く噛み付こうとする。

 ドルクは、上体を反らして、獣の牙を避けた。

 アイスウルフは、諦めずに何度も仕掛ける。

 しかし、ドルクは上半身の動きのみで、全ての攻撃をかわした。

 観客がさらに沸き立つ。

 獣は一瞬力を溜め、ドルクに噛み付こうとした。

 ドルクは、身を引いてかわそうとする。

 すると、アイスウルフは直前で首を引き戻した。


「むっ!」


 ドルクの身体が硬直した、その時――


「グォルァ!」


 アイスウルフは、咆哮と同時に口から猛吹雪を巻き起こした。

 ドルクの顔面を雪の嵐が襲う。


「がっ!」


 ドルクの両目の水分が凍りつく。

 ドルクは、反射的に目を閉じた。

 獣は、吹雪を吐きつづけている。


「だが位置はわかる!」


 ドルクは、吹雪が来る方向へと左腕を伸ばし、獣の下顎を掴む。

 アイスウルフが顎を閉じようとするが、ドルクに下顎を引っ張られているため、それができずにいた。

 ドルクは、右拳を強く握り、身体を捻ると、


「だあっ!」


 コロッセオに轟音を響き渡らせ、アイスウルフの口に右腕を突っ込む。

 右腕は、アイスウルフの牙を砕き、のど奥まで達していた。

 獣が吐き出していた吹雪が消える。


「楽しかったよ」


 ドルクは、瀕死のアイスウルフに耳打ちした。


「かああっ!」


 ドルクが目をカッと見開き、さっきより大きな声を響かせる。

 すると、アイスウルフに異変が起きた。

 両目、鼻、口から一斉に炎が噴き出したのだ。

 ドルクが腕を引き抜くと、アイスウルフは、ブスブスと音を立て地面に崩れ落ちた。

 ワッと歓声が上がり、大きな拍手が巻き起こる。

 ドルクは、両腕を天高く突き上げた。


「勝負あり!」


 十人の男たちが、声を張り上げる。

 太鼓の音が鳴り響き、ドルクの正面の柵が開いた。

 ドルクが入場してきた場所である。

 ドルクは腕を下ろし、大きく深呼吸をすると、


「このあとは……アイラと食事か。さっそく儲けをいただくとしよう」


 そう言って、柵が開いた場所へと歩いて行く。


「ドルク! ドルク! ドルク!」

「ドルク! ドルク! ドルク!」


 ドルクが会場から消えても、観客達の声はいつまでも響いていた。

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