表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ギ。~感情を装備した少年たち~』  作者: 比呂石 凪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/22

第9話「共感の崩壊」

療養所。

グリコが目を開けた。

「……ここは?」

小さな声。

メゼが駆け寄った。

「グリコ! 気がついたのね!」

「メゼさん……」

グリコは身体を起こそうとした。

だが——。

「っ……」

頭を押さえた。

「大丈夫? まだ無理しちゃ——」

「違う……これは……」

グリコは震えた。

「みんなの……感情が……」

「え?」

「聞こえる……見える……感じる……」

グリコの目が見開かれた。

「多すぎる……止まらない……!」

チェーンが光った。

いつもより激しく、不安定に。

「グリコ!」

ロクマデスも駆け寄った。

「落ち着いて! 深呼吸して!」

だがグリコは——。

笑い始めた。

「あはは……面白い……すごく面白い……」

そして、泣いた。

「悲しい……とても悲しい……」

次の瞬間、怒った。

「許せない……絶対に許せない……!」

表情が目まぐるしく変わる。

笑顔、涙、怒り——。

全てが混ざっている。

「これは……」

メゼが息を呑んだ。

「共感の暴走……」

「暴走?」

ロクマデスが尋ねた。

「ええ。彼女のギは、他人の感情を感じる。でも——」

メゼは続けた。

「感じすぎると、自分の感情が埋もれる。そして——」

「人格が崩壊する」

グリコが呟いた。

いつもの明るい声ではない。

複数の声が重なったような、不気味な声。

「私……わからない……今、何を感じてるの?」

グリコは自分の胸を押さえた。

「嬉しい? 悲しい? 怒ってる? 怖い?」

「全部? それとも、何もない?」

グリコは笑った。

涙を流しながら。

「ねえ、教えて。私は——誰?」

ロクマデスは何も言えなかった。

ただ、胸が痛かった。

「グリコ……」

「あ、ロクマデス」

グリコは彼を見た。

「あなたの色……真紅が増えてる……」

「え?」

「でも、白い光もある。希望も、絶望も、怒りも、優しさも——全部見える」

グリコは手を伸ばした。

「複雑……あなた、複雑すぎて……わからない……」

その時——。

窓の外で、悲鳴が聞こえた。

「何……?」

ロクマデスは窓に駆け寄った。

街が——混乱していた。

人々が泣き、笑い、怒り、叫んでいる。

「これは……」

メゼが青ざめた。

「グリコの能力が……街全体に広がってる……」

「え?」

「共感の暴走。彼女が感じている感情が、周囲に伝染している」

メゼは振り返った。

「グリコ! 能力を止めて!」

だがグリコは——。

「止め方……わからない……」

震えながら言った。

「もう……制御できない……」

チェーンがさらに激しく光る。

部屋全体が、色とりどりの光に包まれた。

喜び、悲しみ、怒り、恐怖——。

全ての感情が可視化されている。

「ロクマデス!」

メゼが叫んだ。

「彼女を外へ! このままじゃ街が——」

ロクマデスは頷いた。

グリコを抱きかかえる。

「グリコ、行くぞ!」

「どこに……?」

「街の外だ! 人がいないところへ!」

ロクマデスは走り出した。

グリコを抱えて、療養所を飛び出す。

街は地獄だった。

人々が感情を制御できず、暴れている。

泣きながら笑い、笑いながら怒る。

まるで——グリコと同じだ。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

グリコは呟き続けた。

「私のせいで……みんなが……」

「お前のせいじゃない!」

ロクマデスは叫んだ。

「ギのせいだ! お前は悪くない!」

だが——。

「違う……」

グリコは首を振った。

「私が……弱いから……」

「弱くなんかない!」

「弱いよ……」

グリコは笑った。

悲しそうに。

「私、ずっと逃げてた。みんなの感情を感じて、自分を見失って——でも、それを認めたくなくて」

「だから、笑ってた。明るく振る舞ってた」

グリコは涙を流した。

「本当は、ずっと怖かった」

ロクマデスは——。

言葉が出なかった。

ただ、走り続けた。

街の外へ。

人のいない、荒野へ。

そこでグリコを下ろした。

「……ここなら、大丈夫」

ロクマデスは言った。

「人がいない。お前の能力も——」

だが、グリコは首を振った。

「もう……遅い……」

チェーンが脈打つように光っている。

「感じる……遠くの人たちの感情も……全部……」

グリコは両手で頭を抱えた。

「止まらない……止められない……!」

「グリコ!」

「もう嫌……」

グリコは叫んだ。

「誰の感情も感じたくない……!」

その瞬間——。

チェーンが激しく輝いた。

そして——。

消えた。

光が、完全に消えた。

グリコは——。

虚ろな目で立っていた。

「……グリコ?」

ロクマデスは恐る恐る呼びかけた。

グリコは彼を見た。

だが——何も感じていない目だった。

「……何も、感じない」

グリコは呟いた。

「あなたの感情も、遠くの人たちの感情も——何も見えない」

「それって……」

「能力が……消えた? いや、違う」

グリコは自分の胸を押さえた。

「完全に遮断した。全ての感情を」

グリコは笑った。

感情のない、機械的な笑い。

「これで……楽になった」

ロクマデスは震えた。

これは——。

グリコじゃない。

感情を失った——。

「完璧だ」

声が聞こえた。

振り向くと、バクラヴァが立っていた。

「お前……」

「久しぶりだな、ロクマデス」

バクラヴァは笑った。

「そして——グリコ。お前のギ、今が奪い時だ」

「……どうぞ」

グリコは無表情で言った。

「私には、もう必要ない」

「グリコ!」

ロクマデスが叫んだ。

「何言ってるんだ! 目を覚ませ!」

だがグリコは——。

何も答えなかった。

ただ、虚ろな目でバクラヴァを見ている。

「いい目だ」

バクラヴァは近づいた。

「感情を捨てた目。俺と同じだ」

バクラヴァはグリコの首のチェーンに手を伸ばした。

「これで——お前のギは俺のものだ」

その時——。

ロクマデスが飛びかかった。

「させるか!」

拳を振るう。

だがバクラヴァは避けた。

「相変わらず遅いな」

バクラヴァの反撃——。

ロクマデスは吹き飛ばされた。

「くそ……」

立ち上がろうとするが、身体が痛い。

ギを使えば——。

でも——。

「悩むな」

バクラヴァは言った。

「お前がギを使えば、また記憶を失う。使わなければ、彼女のギが奪われる」

「どちらを選ぶ?」

ロクマデスは——。

拳を握った。

ネックレスが熱くなる。

真紅の光が漏れる。

でも——。

メゼの言葉が頭をよぎる。

『次はない』

トラハナスの言葉も。

『ギなしで戦える』

そして——。

グリコの言葉。

『あなたの中に、希望の白い光がある』

ロクマデスは——。

深呼吸した。

ギの誘惑を、振り払う。

そして——。

立ち上がった。

「俺は——ギなしで戦う」

ロクマデスは構えた。

身体だけで。

バクラヴァは笑った。

「面白い。では——」

バクラヴァの指輪が全て輝いた。

「お前の覚悟、試させてもらう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ