第7話「集結する思想」
三日が過ぎた。
グリコは療養所で眠り続けている。メゼが付き添い、ロクマデスは街を歩いていた。
だが——様子がおかしい。
人々の視線が突き刺さる。
「あれが……」
「特別なギを持つ少年……」
「力を奪えば、俺たちも強く……」
囁き声。
ロクマデスは足を速めた。
噂が広まっている。
自分のギが特別だという噂が。
「まずいな……」
呟いた瞬間、前方に人影が現れた。
三人。
全員、金色のアイテムを身につけている。
ギ所持者だ。
「お前がロクマデスか」
中央の男が言った。
「俺たちは——」
「興味ない」
ロクマデスは横を通り抜けようとした。
だが、腕を掴まれた。
「話は終わってない」
男は力を込めた。
ギが光る。
ロクマデスは腕を振りほどいた。
「離せ。戦う気はない」
「なら、ギを渡せ」
「断る」
男は舌打ちした。
「なら——」
その時、別の声が響いた。
「やめておけ」
振り向くと、一人の老人が立っていた。
60代くらいだろうか。白髪に、深い皺。だが、その目には強い意志が宿っている。
そして首には——金色の古びたペンダント。
「トラハナス……」
男たちが後ずさった。
「お前、なぜここに」
「彼を守るためだ」
トラハナスと呼ばれた老人は、ロクマデスの前に立った。
「お前たちに、彼のギは渡さん」
「何の権利が——」
「権利など不要だ。ただ、人間性を守りたいだけだ」
トラハナスはギに触れた。
だが——光らない。
「……使わないのか?」
男が驚いた。
「使わん。ギに頼れば、人間が壊れる」
トラハナスは静かに言った。
「お前たちも、まだ引き返せる。ギを捨てろ」
「ふざけるな! ギがなければ生きていけない!」
「生きていける。ギがなくても、人は強くなれる」
トラハナスは拳を構えた。
ギを使わずに。
男たちは顔を見合わせた。
そして——逃げ去った。
ロクマデスは呆然とトラハナスを見た。
「……なぜ助けた?」
「お前が必要だからだ」
トラハナスは振り返った。
「お前のギは特別だ。それを悪用されてはならない」
「悪用?」
「ああ。お前のギは、他のギと共鳴する。それを知れば、多くの者が狙う」
トラハナスは歩き出した。
「ついて来い。話がある」
ロクマデスは迷ったが——従った。
トラハナスが案内したのは、街外れの古い図書館だった。
中には、数人の人々が集まっていた。
全員、ギを身につけている。
だが——誰も使っていない。
「ここは?」
「人間性防衛派の拠点だ」
トラハナスは椅子を勧めた。
「我々は、ギに頼らない生き方を選んだ者たちだ」
「なぜ?」
「ギは便利だ。強くなれる。だが——」
トラハナスは窓の外を見た。
「便利さは、魂を奪う」
「魂?」
「ああ。文化、伝統、人間らしさ——全てが効率に押し潰される」
トラハナスは続けた。
「ギを使えば、考えなくなる。感じなくなる。ただ、最適解を選ぶだけの機械になる」
ロクマデスは黙って聞いていた。
「お前も、既に失っているだろう」
「……ああ」
「何を失った?」
「大切な人の……名前」
トラハナスは悲しそうに頷いた。
「そうか。それが、ギの代償だ」
「でも——」
ロクマデスは拳を握った。
「ギを使わなければ、勝てない」
「勝つ必要があるのか?」
「ある。バクラヴァが——」
「バクラヴァ……」
トラハナスは苦い顔をした。
「あの男は、もう人間ではない。ギに支配された抜け殻だ」
「でも、彼を止めなければ——」
「止める必要はない」
トラハナスは断言した。
「彼は自滅する。ギに頼りすぎた者の末路は、崩壊だ」
その時——。
扉が開いた。
現れたのは、バクラヴァだった。
「久しぶりだな、トラハナス」
バクラヴァは不敵に笑った。
「自滅する、か。それは俺のことか?」
トラハナスは立ち上がった。
「バクラヴァ……なぜここに」
「決まっている。ロクマデスのギを奪いに来た」
バクラヴァは指輪を掲げた。
全ての指輪が光る。
だが——。
「待て、バクラヴァ」
別の声が響いた。
入口に、もう一人の男が立っていた。
40代くらい。筋骨隆々で、野性的な雰囲気。
そして腕には——金色の腕輪。
「カラマリ……」
バクラヴァが眉をひそめた。
「お前、なぜここに」
「お前と同じだ。彼のギに興味がある」
カラマリと呼ばれた男は、ロクマデスを見た。
「だが——今は時期じゃない」
「何?」
「彼はまだ未熟だ。今奪っても、意味がない」
カラマリは笑った。
「もっと強くなってから奪え。その方が価値がある」
バクラヴァは舌打ちした。
「お前の言う通りにはならん」
「ならば——」
カラマリは腕輪を叩いた。
瞬間、彼の筋肉が膨張した。
「俺が止める」
二人の気配が激突した。
トラハナスはロクマデスの肩を叩いた。
「逃げろ。今のうちに」
「でも——」
「お前が死ねば、全てが終わる。生きろ」
ロクマデスは走り出した。
図書館を飛び出し、街を駆ける。
背後で、爆発音が響いた。
バクラヴァとカラマリが戦っている。
「くそ……」
ロクマデスは拳を握った。
また、逃げた。
また、誰かに守られた。
自分は——何もできない。
その時、胸のネックレスが熱くなった。
真紅の光が混ざった金色が、脈打つように輝く。
「……使えば、勝てる」
呟いた。
でも——。
メゼの言葉が頭をよぎる。
『次はない。これ以上失えば戻れない』
ロクマデスは立ち止まった。
どうすればいい?
ギを使わずに戦う方法——。
トラハナスは言っていた。
「ギがなくても、人は強くなれる」
本当に?
本当に、そんなことが——。
「ロクマデス!」
メゼの声。
振り向くと、メゼが走ってきた。
「大丈夫!? 爆発音が聞こえて——」
「ああ。大丈夫だ」
「嘘」
メゼは鋭く言った。
「あなた、また力を使おうとしてる」
ロクマデスは何も言えなかった。
メゼは溜息をついた。
「トラハナスに会ったのね」
「……知ってるのか?」
「ええ。彼は、人間性防衛派のリーダー。ギを拒否する思想の象徴」
メゼは続けた。
「でも、彼の言うことも一理ある」
「本当に、ギなしで戦えるのか?」
「わからない。でも——」
メゼはロクマデスを見た。
「試す価値はある」
ロクマデスは頷いた。
そうだ。
試してみるしかない。
このまま力に頼れば、自分は消える。
ならば——。
遠くで、また爆発音が響いた。
戦いは、まだ終わっていない。
そして——。
新たな気配が近づいてきた。
複数の、強大な気配。
「……来る」
メゼが呟いた。
「ギ所持者たちが、集まり始めてる」
ロクマデスは空を見上げた。
思想戦争。
ギに頼る者。
ギを拒否する者。
ギを制限する者。
全ての思想が——今、激突しようとしている。




