第5話「完璧な演算」
街の中心部は地獄だった。
建物は崩壊し、炎が燃え盛る。人々は逃げ惑い、悲鳴が響く。
そして——戦っている者たちがいた。
ギ所持者たちだ。
三人、四人、いや、もっと多い。
それぞれが金色のアイテムを光らせ、力を振るっている。
「ギの奪い合い……」
メゼが呟いた。
「始まったのね。本格的に」
「止めないと!」
グリコが叫んだ。
「このままじゃ、みんな死んじゃう!」
ロクマデスは走り出した。
最も激しい戦闘が行われている広場へ。
そこには、一人の男が立っていた。
細身で、眼鏡をかけている。年齢は20代半ば。
彼の右手首には、金色の古びた腕時計。
そして——彼の周囲には、五人のギ所持者が倒れていた。
「……強い」
ロクマデスは息を呑んだ。
男は眼鏡を直した。
「やあ、また来客か」
冷静な声。
感情の起伏がまったく感じられない。
「俺の名はカサタ。最適化の使徒だ」
「最適化……?」
「そう。この世界は非効率に満ちている。感情、迷い、無駄な選択——それらを排除し、最適解のみを選び取る。それが俺の信念だ」
カサタは腕時計を叩いた。
瞬間、彼の目が光った。
「ギの能力:思考速度加速。俺の脳は常人の千倍の速度で回転する」
「千倍……?」
「つまり、お前たちの動きは止まって見える。全ての選択肢を計算し、最適な行動を選べる」
カサタは指を鳴らした。
「さあ、来い。お前たちも倒して、ギを回収する」
ロクマデスは構えた。
ネックレスが光る。
だが——。
「待って!」
グリコが叫んだ。
「この人、おかしいよ!」
「おかしい?」
「感情が——ない。いや、ある。でも、全部が数式になってる!」
グリコは震えた。
「喜びも、怒りも、全部が計算式。人間じゃない……!」
カサタは笑った。
感情のない、機械的な笑い。
「正しい分析だ。俺は感情を最適化した。不要な感情は削除し、必要な感情のみを残した」
「それで勝てると?」
メゼが剣を抜いた。
「もちろん」
カサタは一歩踏み出した。
その瞬間——。
ロクマデスは飛びかかった。
拳を振るう。
だがカサタは既にそこにいなかった。
「遅い」
背後から声。
振り向く前に、蹴りが腹に入る。
「ぐ……!」
ロクマデスは吹き飛ばされた。
速い——いや、違う。
予測されている。
「君の攻撃パターンは三種類。直線的な突進、左フック、右ストレート。全て単純だ」
カサタは淡々と言った。
「感情に任せた攻撃は読みやすい。怒りは前へ、恐怖は後ろへ——パターン化されている」
メゼが斬りかかった。
剣が空を切る。
カサタは最小限の動きで避けている。
「君もだ、メゼ。守りを重視するあまり、攻撃が遅い。予測可能だ」
メゼは歯を食いしばった。
「ならば——」
グリコが前に出た。
「私が!」
グリコのチェーンが光る。
「あなたの感情、見せて!」
カサタは眉をひそめた。
「感情の可視化か。興味深い能力だ」
グリコは目を見開いた。
そして——悲鳴を上げた。
「ああああああ!」
「グリコ!」
メゼが駆け寄った。
グリコは頭を抱えて震えている。
「見えない、見えないよ……数字しか見えない!」
「数字?」
「計算式、数式、確率——全部、全部数字!」
グリコは涙を流した。
「人間じゃない。この人、本当に人間じゃない……!」
カサタは冷たく言った。
「人間性など不要だ。勝つために必要なのは、最適解だけ」
ロクマデスは立ち上がった。
怒りが湧き上がる。
こいつは——許せない。
感情を否定するやつは——。
「怒っているね」
カサタは続けた。
「怒りは判断を鈍らせる。君はこれから無謀な攻撃をする。予測可能だ」
「黙れ!」
ロクマデスは突進した。
ネックレスが激しく光る。
だが——。
「そこ」
カサタの拳が、ロクマデスの顔面に叩き込まれた。
完璧なカウンター。
ロクマデスは地面に倒れた。
視界が揺れる。
「感情は武器にならない」
カサタは見下ろした。
「感情は弱さだ。迷いだ。ノイズだ」
「違う……」
ロクマデスは呟いた。
「違う?」
「感情は——」
言葉が出ない。
でも、わかる。
感情は、弱さじゃない。
グリコの優しさ。
メゼの守る意志。
それは——。
「ロクマデス!」
メゼの声。
見ると、メゼがカサタに斬りかかっている。
だが全て避けられている。
「無駄だ」
カサタは冷静に反撃した。
メゼの剣が弾かれる。
そして——。
カサタの拳が、メゼの腹に入った。
「がっ……」
メゼが倒れる。
グリコは震えている。
ロクマデスは——。
怒りが、爆発しそうだった。
許せない。
こいつを——倒さなければ。
ネックレスが、熱くなる。
金色の光が、全身を包む。
もっと——もっと力を——。
「ロクマデス!」
メゼが叫んだ。
「感情に飲まれるな! それこそが彼の狙いよ!」
ロクマデスはハッとした。
そうだ。
怒りに任せれば——読まれる。
予測される。
そして——自分が壊れる。
ロクマデスは拳を止めた。
深呼吸する。
怒りを、抑える。
「ほう」
カサタが興味深そうに見た。
「感情を制御したか。それは正しい選択だ」
「だが——」
カサタは一歩踏み出した。
「遅すぎる」
カサタの拳が迫る。
ロクマデスは避けられない。
その時——。
「やめて!」
グリコが飛び出した。
ロクマデスを庇うように。
カサタの拳が——グリコに当たった。
「グリコ!」
グリコは倒れた。
血が流れている。
「グリコ、グリコ!」
ロクマデスは抱きかかえた。
グリコは笑った。
いつもの、明るい笑顔。
「ごめんね……役に立てなくて」
「何言ってるんだ! 大丈夫だ、すぐに——」
「ねえ、ロクマデス」
グリコは手を伸ばした。
ロクマデスの頬に触れる。
「あなたの色、また少し澄んだよ」
「え……?」
「怒りを抑えたから。えらいね」
グリコは目を閉じた。
「だから、大丈夫。あなたは、まだ人間だよ」
グリコの手が、力なく落ちた。
ロクマデスは呆然とした。
メゼが駆け寄ってくる。
「グリコ! しっかりして!」
カサタは冷たく言った。
「計算外だ。彼女が庇うとは予測していなかった」
「お前……」
ロクマデスは震えた。
「お前……!」
怒りが——。
いや、違う。
これは怒りじゃない。
もっと——深い何かが——。




