第3話「力の格差」
バクラヴァの指輪が全て輝いた。
五つの指輪。
それぞれが異なる色の金色——いや、微妙に色調が違う。
「見せてやろう」
バクラヴァは右手を掲げた。
瞬間、地面が隆起した。
「っ!」
ロクマデスは飛び退いた。立っていた場所が、巨大な石柱に変わっている。
「次」
左手を振る。
風が爆発した。
石柱が粉砕され、破片が四方八方へ飛び散る。ロクマデスは腕で顔を守るしかできない。
「そして——」
バクラヴァは両手を合わせた。
全ての指輪が同時に発光する。
空気が歪んだ。
重力が何倍にもなったかのように、身体が地面へ引きずり込まれる。
「ぐ……あ……!」
ロクマデスは膝をついた。
立てない。
ネックレスが光り、抵抗しようとするが——足りない。
圧倒的に、足りない。
「これがギの本当の使い方だ」
バクラヴァは笑った。
「一つのギに頼るな。複数のギを組み合わせろ。そうすれば——世界は手に入る」
「バクラヴァ!」
メゼが叫んだ。
「やめなさい! 彼はまだ——」
「まだ何だ? 弱い? 知らない? 関係ない」
バクラヴァはメゼを一瞥した。
「お前も同じだ、メゼ。お前のギも、俺が奪う」
「……私のギは渡さない」
「ならば力ずくで」
バクラヴァが一歩踏み出した。
その瞬間——。
「待ってー!」
明るい声が響いた。
誰もが動きを止めた。
広場の入口に、少女が立っていた。
15歳くらい。茶色の髪をポニーテールにして、笑顔でこちらを見ている。
「なんか、すごい騒ぎだね! 何してるの?」
場違いすぎる明るさ。
バクラヴァは眉をひそめた。
「……誰だ?」
「私? 私はグリコ! ねえ、あなたたち喧嘩してるの? だめだよ、喧嘩は」
グリコと名乗った少女は、スキップするように近づいてきた。
「危ない! 来るな!」
メゼが叫んだ。
だがグリコは止まらない。
そしてバクラヴァの目の前まで来ると——。
「あなた、すごく悲しそうな顔してる」
「……何?」
「目が笑ってない。心が泣いてる。どうしたの?」
バクラヴァの表情が変わった。
一瞬だけ、動揺が見えた。
「……くだらん」
バクラヴァは手を振った。
風がグリコを吹き飛ばす——はずだった。
だがグリコは動かなかった。
「え?」
バクラヴァが驚愕の表情を浮かべた。
グリコの首には、金色のブレスレット——いや、首輪のような細いチェーンが巻かれていた。
それが光っている。
「私のギ、ちょっと変わってるんだ」
グリコは笑顔のまま言った。
「感情が見えるの。あなたの感情も、あの人たちの感情も。全部、全部見える」
「感情……?」
「うん。だからね、あなたが本当は悲しいってわかるよ」
グリコはバクラヴァの手を掴んだ。
「無理しないで」
バクラヴァは手を引っ込めた。
「……邪魔をするな」
そう言って、踵を返した。
「今日はここまでだ。次に会った時——必ずお前たちのギを奪う」
バクラヴァは去っていった。
広場に静寂が戻る。
ロクマデスは地面に座り込んだまま、呆然としていた。
何が起きた?
なぜバクラヴァは去った?
「大丈夫?」
グリコが駆け寄ってきた。
「怪我してない? 立てる?」
「……ああ」
ロクマデスは立ち上がった。
メゼも近づいてくる。
「グリコ……なぜここに」
「メゼさん! 久しぶり!」
グリコは抱きついた。
メゼは困ったような顔をしたが、それでも優しく頭を撫でた。
「相変わらず無茶をする」
「だって、放っておけないもん」
グリコはロクマデスを見た。
「あなた、ロクマデスって言うんだね。さっき聞こえた」
「……ああ」
「私はグリコ。よろしくね!」
グリコは手を差し出した。
ロクマデスは戸惑いながらも、その手を握った。
温かい。
そして——不思議と、安心する。
「グリコ、あなた……」
メゼが口を開いた。
「バクラヴァに何を見た?」
グリコの表情が曇った。
「……わからない」
「わからない?」
「うん。いつもは見えるのに、バクラヴァの中は——真っ黒で、何も見えなかった」
グリコは震えた。
「怖かった。あんな人、初めて」
メゼは黙って頷いた。
「そう……やはり」
「やはり?」
ロクマデスが尋ねた。
「バクラヴァは、もう人間じゃない」
メゼは静かに言った。
「ギに支配されている。感情も、記憶も、全てがギに塗り潰されている」
「じゃあ——」
ロクマデスは胸を押さえた。
自分も、いずれあんな風になるのか?
「だから言ったでしょう」
メゼはロクマデスを見た。
「ギを使い続ければ、自分を失う。バクラヴァは、その末路よ」
ロクマデスは何も言えなかった。
ただ、ネックレスを握りしめるだけだった。
「でもね」
グリコが明るく言った。
「大丈夫だよ。あなたはまだ、ちゃんと感情がある」
「感情?」
「うん。怖がってる。悩んでる。それって、人間だってことだよ」
グリコは笑った。
「だから、まだ間に合う」
その言葉に、ロクマデスは少しだけ救われた気がした。
「……ありがとう」
「どういたしまして!」
グリコはメゼの手を引いた。
「さ、行こ! ここにいたら危ないよ」
三人は広場を後にした。
だがロクマデスの頭には、バクラヴァの姿が焼きついていた。
あれが、自分の未来なのか——?
そして、どうすればあんな化け物に勝てるのか——?
答えは、まだ見つからない。




