第2話「奪われる理由」
夜が明けた。
ロクマデスは街外れの廃屋で夜を明かしていた。屋根は半分崩れ、壁には大きな亀裂が走っている。だが、寝床としては十分だった。
胸元のネックレスを握りしめる。
昨日のことが、まだ信じられない。
このネックレスが光り、自分の身体能力が跳ね上がった。まるで別人のように戦えた。
だが——。
「……何を忘れたんだ?」
記憶がないから、忘れたものが何かもわからない。ただ、確かに何かが消えた。それだけはわかる。
不安が胸を締め付ける。
このまま力を使い続けたら、自分は——?
「考えても仕方ない」
ロクマデスは立ち上がった。まずは食料を手に入れなければ。
街の広場へ向かう。
朝の市場は活気に満ちていた。果物、肉、パン。どれも美味そうだが、金がない。
「……盗むしかないか」
そう呟いた瞬間、背筋に悪寒が走った。
殺気。
反射的に横へ飛ぶ。次の瞬間、石畳が砕け散った。
「見つけたぞ、ロクマデス」
声のする方を見ると、三人の男が立っていた。全員、腕や指に金色のアイテムを身につけている。
ギ所持者だ。
「お前のギ、渡してもらうぞ」
中央の男が一歩前へ出た。筋骨隆々で、右腕には金色の腕輪が巻かれている。
「なぜ俺のギを?」
「理由なんてどうでもいい。強いギは価値がある。それだけだ」
男はそう言うと、腕輪を叩いた。
瞬間、腕が膨張した。
筋肉が異常に発達し、腕だけが巨大化する。それを振り下ろす——。
速い!
ロクマデスは辛うじて避けたが、衝撃で吹き飛ばされた。地面を転がり、壁に激突する。
痛い。だが、骨は折れていない。
「やるじゃねえか。だが、三人相手にどうする?」
残り二人も動き出した。
一人は指輪。指先から火花が散る。
もう一人は時計。動きが異常に速い。
囲まれた。
ロクマデスは歯を食いしばった。このままでは——。
その時、胸が熱くなった。
ネックレスが光る。
金色の光が全身へ流れ込む。身体が軽くなり、視界がクリアになる。
「来い」
ロクマデスは拳を構えた。
三人が同時に襲いかかる。
拳。火花。蹴り。
全てが同時に迫る。
だが——避けられる。
身体が勝手に動く。最小限の動きで攻撃を捌き、カウンターを叩き込む。
「っ……何だこいつ!」
腕輪の男が吹き飛ばされた。
次いで指輪の男。
そして時計の男。
三人とも地面に転がる。
「ありえねえ……ギの力じゃこんなこと——」
その時、異変が起きた。
三人のギが光り始めた。
そして、ロクマデスのネックレスも強く輝く。
光が互いに引き合っている。
「これは——共鳴!?」
腕輪の男が叫んだ。
「お前のギ、他のギと共鳴してやがる! だから強いのか!」
共鳴?
ロクマデスは理解できなかった。だが、確かにネックレスが他のギと反応している。
そして——記憶が消えていく。
また何かを忘れた。
今度は、さっき食べたいと思っていた果物の名前。思い出せない。
「くそ……」
力を使うたび、何かが消える。
これは、代償なのか——?
「そこまでよ」
冷たい声が響いた。
振り向くと、少女が立っていた。
18歳くらいだろうか。長い黒髪に、鋭い目つき。そして首には——金色のペンダント。
ギ所持者だ。
「メゼ……!」
腕輪の男が顔を歪めた。
「お前、なぜここに」
「あなたたちがギ狩りをしているという情報を得たから」
メゼと呼ばれた少女は、三人を一瞥した。
「ギを奪う行為は、相手を壊す行為。それを理解しているの?」
「うるせえ! お前には関係ねえ!」
男が再び襲いかかろうとした。
だがメゼは動かなかった。
ただ、立っている。
それだけで、男は止まった。
「……っ」
何か、見えない圧力のようなものがある。
「帰りなさい。次は容赦しない」
メゼの声に、男たちは歯を食いしばった。だが結局、逃げ去った。
ロクマデスは呆然とメゼを見つめた。
「……ギを使わなかったのか?」
「ええ」
メゼは振り向いた。
「私はギを使わない。使えば、自分を失うから」
「自分を失う?」
「あなた、気づいていないの? 力を使うたび、何かを忘れているでしょう」
ロクマデスは息を呑んだ。
なぜわかる——?
「ギは便利よ。強くなれる。勝てる。でも、それは自分を削って得る力。使い続ければ、いずれ——」
メゼは言葉を切った。
「あなたは、消える」
「消える……?」
「記憶。感情。人格。全てが少しずつ欠けていく。最後には、ギに支配された抜け殻になる」
ロクマデスは胸を押さえた。
ネックレスが、まだ微かに温かい。
「じゃあ、どうすればいい」
「使わないこと。ギに頼らず生きること」
「それで勝てるのか?」
「勝つことが全てではないわ」
メゼはそう言って、背を向けた。
「でも、もしあなたが本当に強くなりたいなら——ギ以外の方法を探しなさい」
そして去ろうとした。
だがその時——。
遠くから、強大な気配が迫ってきた。
地面が揺れる。
空気が重くなる。
「まさか……」
メゼの表情が変わった。
「バクラヴァ……」
「バクラヴァ?」
「ギ奪取者。最も危険な男よ」
メゼは振り返り、ロクマデスを睨んだ。
「あなた、逃げて。今すぐ」
「なぜ?」
「あなたのギは特別すぎる。彼が来たら——」
言葉が途切れた。
広場の入口に、影が現れた。
黒いコートを纏い、両手に複数の指輪を嵌めた男。
年齢は20歳前後。だが、その眼光は老人のように冷たい。
「久しぶりだな、メゼ」
男——バクラヴァは笑った。
「そして、ロクマデス。やっと見つけたぞ」
ロクマデスの背筋が凍りついた。
この男は、昨日の襲撃者とは格が違う。
圧倒的な存在感。
まるで、捕食者を前にした獲物のような恐怖。
「お前のギ、俺によこせ」
バクラヴァは指輪を掲げた。
全ての指輪が、金色に輝き始める。
「それが——俺の目的だ」




