第16話「消えない絆」
街へ戻る道。
ロクマデスは——歩いていた。
メゼに手を引かれて。
虚ろな目で。
何も見ていない。
何も考えていない。
ただ——歩くだけ。
「ロクマデス……」
メゼは何度も呼びかけた。
だが、反応はない。
グリコも、トラハナスも——。
何も言えなかった。
ただ、悲しそうに見ているだけだった。
街に着いた。
図書館の一室に、ロクマデスを寝かせた。
「休んで」
メゼは優しく言った。
ロクマデスは——。
言われた通りに横になった。
そして、目を閉じた。
まるで——人形のように。
メゼは——。
部屋を出た。
廊下で、崩れ落ちた。
「くそ……くそ……!」
拳で床を叩く。
涙が止まらない。
「なんで……なんで……!」
グリコが駆け寄った。
「メゼさん……」
「私が……私が弱かったから……!」
メゼは叫んだ。
「もっと早く、彼を止めるべきだった!」
「もっと強く、止めるべきだった!」
「でも——」
メゼは顔を上げた。
「私には、できなかった」
「彼の決意を、止められなかった」
グリコは——。
メゼを抱きしめた。
「……メゼさんのせいじゃない」
「ロクマデスが、選んだの」
「みんなを救うって」
グリコも泣いていた。
「だから——」
「私たちが、彼を救う番」
メゼは——。
頷いた。
涙を拭う。
「そうね」
「今度は、私が——」
その時。
扉が開いた。
バクラヴァが立っていた。
「……話がある」
バクラヴァは言った。
「メゼ。お前と」
メゼは警戒した。
「何の用?」
「過去の話だ」
バクラヴァは続けた。
「お前が、忘れた過去」
メゼは——。
息を呑んだ。
屋上。
バクラヴァとメゼが、二人きりで立っていた。
「何を言いたいの?」
メゼは尋ねた。
バクラヴァは——。
空を見上げた。
「俺たちは、かつて恋人だった」
「……え?」
メゼは驚いた。
「何を言って——」
「本当だ」
バクラヴァは続けた。
「10年前。お前と俺は、恋人同士だった」
「だが——」
バクラヴァの表情が曇った。
「お前は、ギの副作用で——」
「俺のことを、忘れた」
メゼは——。
何も言えなかった。
頭が混乱している。
「嘘……」
「嘘じゃない」
バクラヴァは指輪を見た。
「この指輪——」
「お前が、俺にくれたものだ」
メゼは——。
その指輪を見た。
金色の、古びた指輪。
「これが……」
「ああ」
バクラヴァは続けた。
「俺は、ギに依存した」
「お前を忘れられなくて」
「お前を取り戻したくて」
「力を求めた」
バクラヴァは笑った。
自嘲的に。
「だが——」
「ギを使えば使うほど、俺も壊れた」
「感情が消え、人間性が失われ——」
「気づけば、俺も真っ黒だった」
メゼは——。
震えた。
「じゃあ……私が……」
「お前のせいじゃない」
バクラヴァは首を振った。
「俺が、弱かったんだ」
「お前を受け入れられなかった」
「お前が俺を忘れても、それでもお前を愛し続けるべきだった」
バクラヴァはメゼを見た。
「だが、俺にはできなかった」
「だから——」
バクラヴァは続けた。
「お前に、伝えたかった」
「今のお前が、ロクマデスにしようとしていることは——」
「正しい」
メゼは——。
涙を流した。
「バクラヴァ……」
「俺はできなかった」
バクラヴァは言った。
「でも、お前ならできる」
「彼を忘れても、彼を愛し続けることが」
「そして——」
バクラヴァは微笑んだ。
わずかに。
「きっと、還ってくる」
「真の愛は——必ず」
メゼは——。
バクラヴァに近づいた。
そして——。
抱きしめた。
「ごめんなさい……」
「ごめんなさい……」
バクラヴァは——。
驚いた。
だが——。
そっと、メゼの背中に手を置いた。
「……いいんだ」
二人は——。
しばらく、そうしていた。
10年越しの——。
別れの抱擁。
部屋に戻ると。
ロクマデスは、まだ横になっていた。
目を閉じて。
メゼは——。
彼の隣に座った。
そして、手を握った。
「ロクマデス」
呼びかける。
「私の名前は、メゼ」
「あなたを救った人」
「あなたを愛している人」
メゼは続けた。
「あなたは、私の名前を忘れた」
「でも——」
メゼは微笑んだ。
「私は、あなたを忘れない」
「何度忘れられても」
「私は、あなたを愛し続ける」
その時——。
ロクマデスの目が、開いた。
虚ろな目。
だが——。
一瞬だけ。
光が宿った。
「……温かい」
小さな声。
メゼは——。
驚いた。
「ロクマデス!?」
だが——。
すぐに、虚ろに戻った。
目を閉じる。
何も言わなくなった。
「今の……」
グリコが駆け寄った。
「今、彼——」
「ああ」
メゼは頷いた。
涙を流しながら。
「反応した」
「初めて、反応した」
グリコはチェーンを光らせた。
共感能力で、ロクマデスの心を見る。
「……見える」
グリコは呟いた。
「彼の心の中——」
「真っ暗だけど」
「でも——」
グリコは微笑んだ。
「小さな光がある」
「すごく小さいけど」
「確かに、ある」
メゼは——。
ロクマデスの手を、強く握った。
「まだ、終わってない」
「彼は、まだここにいる」
「だから——」
メゼは決意した。
「私が、取り戻す」
「あなたを」
その時——。
窓の外で、爆発音が聞こえた。
「何!?」
トラハナスが窓に駆け寄った。
「……これは」
街の中心部が——。
燃えていた。
そして——。
黒い服を着た集団が、街を襲撃していた。
「新しい勢力か?」
トラハナスは呟いた。
「だが、どこの……」
その時。
集団のリーダーが現れた。
30代前半。
黒髪、鋭い目。
そして——。
金色の古びた剣を持っている。
「我が名は——ダクワーズ」
男は宣言した。
「ギ破壊者だ」
「この世界から、全てのギを——」
「消し去る」
メゼは——。
驚愕した。
「ギ破壊者……」
「まさか……」
トラハナスは厳しい顔をした。
「来たか……」
「最も過激な、反ギ勢力が」
ダクワーズは叫んだ。
「ギは呪いだ!」
「ギは悪魔だ!」
「ギを使う者は——」
「全員、死ね!」
集団が——。
街中のギ所持者を襲い始めた。
無差別に。
容赦なく。
「くそ……!」
メゼは立ち上がった。
「行くわ」
「待て!」
トラハナスが止めた。
「お前一人では——」
「でも!」
その時——。
ロクマデスが——。
起き上がった。
虚ろな目のまま。
だが——。
立ち上がった。
「ロクマデス?」
メゼが尋ねた。
ロクマデスは——。
窓の外を見た。
燃える街を。
そして——。
呟いた。
「……守る」
小さな声。
でも——確かに。
「みんなを……守る……」
メゼは——。
涙を流した。
「ロクマデス……!」
彼は——。
まだ、そこにいた。
記憶は失っても。
名前は忘れても。
心は——。
まだ、覚えていた。
守りたいという、想いを。




