第15話「聖地の真実」
北の山脈。
雪に覆われた険しい道を、四人は登っていた。
ロクマデス、メゼ、グリコ、トラハナス。
「もうすぐだ」
トラハナスが言った。
「あの峰を越えれば——」
峰を越えると——。
そこには、巨大な遺跡があった。
古代の建造物。
石造りの壁、崩れた柱、そして——。
中心に、巨大な円形の祭壇。
「これが……」
ロクマデスは息を呑んだ。
「ギの聖地……」
だが——。
彼らだけではなかった。
遺跡の各所に、人影が見える。
「来たか」
カサタの声。
最適化至上主義の軍勢が、東側に陣取っていた。
「神の真実を、この目で確かめる」
スブラキの声。
ギ崇拝者たちが、西側に。
「面白くなってきたな」
カラマリの声。
本能派の戦士たちが、南側に。
そして——。
北側に、一人。
バクラヴァが立っていた。
「……全員、揃ったな」
トラハナスは呟いた。
五つの勢力。
五つの思想。
全てが——この場所に集まった。
祭壇の前で、対峙する。
「さて」
カサタが口を開いた。
「ここに、答えがあるはずだ」
「ギの真実が」
「違う」
スブラキが反論した。
「ここにあるのは、神の啓示だ」
「神が我々に与えた、真実が」
「どっちも違う」
カラマリが笑った。
「ここにあるのは、本能の源だ」
「進化の原点だ」
三者三様。
誰も譲らない。
「お前たちは——」
ロクマデスが口を開いた。
「まだわからないのか?」
「ギは、ただの道具だ」
「アリストスが作った、発明品だ」
「黙れ!」
スブラキが叫んだ。
「そんな冒涜を!」
「冒涜じゃない。事実だ」
ロクマデスは続けた。
「俺は、アリストスの子孫だ」
「だから知っている」
一同は——驚いた。
「子孫……?」
カサタが眉をひそめた。
「それが本当なら——」
「本当だ」
トラハナスが証言した。
「彼のギは、原型ギ。アリストスが最初に作ったものだ」
沈黙。
スブラキは震えていた。
「嘘だ……嘘だ……」
「ギは神の……」
その時——。
祭壇が、光り始めた。
金色の光。
眩しい。
全員が目を覆う。
そして——。
光の中から、人影が現れた。
30代半ば。
長い髪、優しい目。
半透明の姿。
「……アリストス」
メゼが呟いた。
残留思念——。
300年前の科学者の、魂の残滓。
アリストスは、穏やかに微笑んだ。
「よく来たね」
「私の子孫よ」
アリストスはロクマデスを見た。
「あなたが、ここまで辿り着くとは」
ロクマデスは——。
何も言えなかった。
ただ、見つめるしかできなかった。
「皆さん」
アリストスは全員を見渡した。
「あなたたちは、ギの真実を求めて来た」
「ならば——教えましょう」
アリストスは語り始めた。
「ギは、私が作りました」
「人類を環境に適応させるため」
「善意から生まれた、発明です」
スブラキは頭を抱えた。
「違う……違う……」
「だが——」
アリストスは続けた。
「私は、間違えました」
「ギには、副作用があった」
「感情の偏り。記憶の欠損。人格の崩壊」
「使えば使うほど、人は壊れていく」
カサタは静かに聞いていた。
「それを止める方法を、私は探しました」
「何年も、何十年も」
「そして——見つけました」
アリストスの表情が、優しくなった。
「愛です」
「真の愛に目覚めれば、人はギに支配されない」
「愛は、全ての感情を包含するから」
「怒りも、恐怖も、喜びも、悲しみも」
「全てを受け入れ、バランスを保つ」
ロクマデスは尋ねた。
「どうすれば——愛に目覚められる?」
アリストスは——。
悲しそうに微笑んだ。
「それが、私にもわからなかった」
「だから——」
アリストスは目を閉じた。
「私は、失敗した」
「自分自身が、ギに飲まれた」
「そして——死んだ」
「でも、最期に——」
アリストスは目を開けた。
「一つだけ、わかったことがある」
「愛に目覚める方法は——」
アリストスは、ロクマデスを見た。
「誰かのために、自分を捨てること」
「自己犠牲」
「それが——愛の本質」
ロクマデスは——。
理解した。
誰かを救うために、自分を犠牲にする。
それが——愛。
「だが——」
アリストスは警告した。
「それは、あなた自身を失うことを意味する」
「記憶も、感情も、全てを」
「それでも——やりますか?」
ロクマデスは——。
メゼを見た。
名前は思い出せない。
でも——。
心が、知っている。
この人は、大切な人だと。
グリコも見た。
彼女も、大切だ。
トラハナスも。
みんな——。
大切な人たちだ。
「……ああ」
ロクマデスは頷いた。
「やる」
「みんなを守るためなら」
「俺は——消えてもいい」
メゼは叫んだ。
「ダメ!」
「そんなの——」
涙が溢れる。
「あなたが消えたら、意味がない!」
グリコも泣いていた。
トラハナスは——。
何も言えなかった。
ただ、拳を握りしめるしかできなかった。
アリストスは——。
静かに言った。
「その覚悟があるなら——」
「あなたは、きっと成功する」
「真の愛に、目覚めることができる」
その時——。
「嘘だああああ!」
スブラキが叫んだ。
「ギは神だ! 道具なんかじゃない!」
「あなたは——偽物だ!」
スブラキの十字架が、激しく輝いた。
信仰増幅——。
最大出力。
光が——爆発した。
遺跡全体を包む。
そして——。
遠くから、人々の声が聞こえ始めた。
「ギを讃えよ……」
「ギを讃えよ……」
「ギを讃えよ……!」
数千人。
いや、数万人。
街中の人々が——。
狂信に染まり、聖地へ向かってくる。
「くそ……!」
カラマリが舌打ちした。
「こいつ、本気で狂ったか!」
カサタも驚いていた。
「これでは——」
「全員、死ぬ」
人々の波が押し寄せる。
狂信者の群れ。
止まらない。
ロクマデスは——。
決断した。
「俺が、止める」
ロクマデスは祭壇の中心に立った。
胸のネックレスを握る。
「ロクマデス!」
メゼが叫んだ。
「やめて! それ以上使ったら——」
「わかってる」
ロクマデスは振り返った。
微笑んで。
「でも——」
「これが、俺にできる最後のことだから」
ネックレスが——輝き始めた。
金色。
真紅。
そして——透明な光。
三色が混ざり合う。
「第三覚醒——」
ロクマデスは呟いた。
「これで、俺は消える」
「でも——」
ロクマデスは叫んだ。
「みんなを、守る!」
光が——爆発した。
透明な光が、全てを包む。
狂信者たちが——止まった。
光に包まれ、正気に戻る。
スブラキも——。
光に飲まれ、膝をついた。
「……何を、していた……?」
全員が——。
正気に戻った。
そして——。
ロクマデスは。
倒れた。
「ロクマデス!」
メゼが駆け寄った。
抱きかかえる。
「しっかりして!」
ロクマデスは——。
目を開けた。
虚ろな目。
「……お前は、誰だ?」
メゼの名前も、忘れた。
グリコの名前も。
トラハナスも。
全て——。
「俺は……誰だ?」
自分の名前すら——。
忘れた。
記憶が——。
全て消えた。
メゼは——。
泣いた。
声を上げて。
「ロクマデス……ロクマデス……!」
だが——。
ロクマデスは、何も答えなかった。
ただ——。
虚ろな目で、空を見ているだけだった。
アリストスの残留思念は——。
消えていった。
最後に、一言だけ。
「愛は——犠牲だ」
「だが——」
「それだけでは、終わらない」
「真の愛は——」
「必ず、還ってくる」
その言葉を残して——。
アリストスは消えた。
祭壇の光も、消えた。
残ったのは——。
記憶を失ったロクマデスと。
泣き崩れるメゼと。
呆然とする仲間たちだけだった。
第三覚醒——。
それは、成功した。
全ての人を救った。
だが——。
ロクマデス自身は。
完全に——。
消えた。




