第14話「消えゆく絆」
翌朝。
ロクマデスは目を覚ました。
頭が——重い。
何かを忘れている感覚。
でも、何を忘れたのかがわからない。
部屋に入ってきたのは——。
黒髪の少女。
18歳くらい。剣を持っている。
「……誰だ?」
ロクマデスは尋ねた。
少女は——動きを止めた。
顔が青ざめる。
「……え?」
「誰だって聞いてるんだ。お前、誰だ?」
ロクマデスは繰り返した。
少女は——震えた。
そして、涙を流した。
「私は……メゼよ」
「メゼ?」
聞いたことがない名前だった。
「……知らない」
その言葉に、メゼは崩れ落ちた。
膝をつき、両手で顔を覆う。
「そんな……そんな……」
メゼは泣いた。
声を殺して。
でも、止まらない。
「私のこと……忘れたの……?」
ロクマデスは——。
困惑した。
この人は、誰だ?
なぜ、こんなに悲しんでいる?
「すまない。本当に、わからないんだ」
ロクマデスは正直に言った。
「俺は——お前を知ってるのか?」
メゼは顔を上げた。
涙で濡れた顔。
「……知ってるわよ」
メゼは震える声で言った。
「私は、あなたを救った」
「5年前、戦場で」
「あなたに、新しい人生を与えた」
「ずっと、あなたを守ってきた」
メゼは続けた。
「私は——」
言葉が詰まる。
「私は、あなたの……」
言えなかった。
ただ、泣くしかできなかった。
ロクマデスは——。
胸が痛かった。
この人を知らない。
でも——。
心が、何かを感じている。
大切な人を失ったような、喪失感。
「……すまない」
ロクマデスは謝った。
「思い出したい。でも——」
「いいの」
メゼは涙を拭った。
「あなたのせいじゃない」
「ギのせいよ」
メゼは立ち上がった。
「だから——」
メゼは決意した表情になった。
「必ず、止める。あなたの崩壊を」
図書館。
トラハナス、グリコ、そしてメゼとロクマデスが集まった。
「状況は深刻だ」
トラハナスは言った。
「メゼの名前を忘れた。次は——」
「俺自身の名前を忘れるかもしれない」
ロクマデスは続けた。
「そうなったら、もう——」
「終わりだ」
グリコは震えた。
「そんな……」
「だが、希望はある」
トラハナスは古い本を取り出した。
「アリストスの研究資料だ」
「それは——」
「この図書館の地下に、隠されていた」
トラハナスは続けた。
「300年前、アリストスが残した最後の研究ノート」
トラハナスはページをめくった。
そこには、古い文字で書かれた記録。
「副作用について、彼は研究を続けていた」
「そして——」
トラハナスは一つのページで止まった。
「ここに、何かが書いてある」
ロクマデスは身を乗り出した。
ページには——。
『副作用を止める方法を、私は見つけられなかった』
『感情の増幅は、必ず代償を伴う』
『怒りは憎しみを生み』
『恐怖は麻痺を生み』
『喜びは依存を生む』
『どの感情も——偏れば、人を壊す』
ロクマデスは読み続けた。
『だが——一つだけ、可能性を見つけた』
『それは——愛』
『愛こそが、唯一の解答』
『愛は、全ての感情を包含する』
『怒りも、恐怖も、喜びも、悲しみも』
『全てを受け入れ、バランスを保つ』
『もし、真の愛に目覚めることができれば』
『人は、ギに支配されることなく』
『本当の力を得られるだろう』
ロクマデスは——。
息を呑んだ。
「愛……」
「そうだ」
トラハナスは頷いた。
「アリストスが最後に辿り着いた答えが、これだ」
「でも——」
メゼは尋ねた。
「どうやって、愛に目覚めるの?」
「それが、わからない」
トラハナスは首を振った。
「この後のページは——破られている」
一同は沈黙した。
答えはある。
でも、方法がわからない。
「待って」
グリコが言った。
「最後のページ、何か書いてある」
トラハナスはページをめくった。
最後のページには——。
座標が記されていた。
そして、一文。
『ここに、全ての答えがある——A.』
「A……アリストスか」
トラハナスは呟いた。
「この座標は……」
トラハナスは地図を広げた。
座標を確認する。
「……ここだ」
トラハナスは指差した。
「北の山脈。人里離れた場所」
「何があるんだ?」
ロクマデスが尋ねた。
「伝説の場所だ」
トラハナスは答えた。
「ギの聖地——」
「最初のギが生まれた場所」
一同は顔を見合わせた。
「行くしかない」
ロクマデスは立ち上がった。
「そこに、答えがあるなら」
「でも——」
メゼは不安そうだ。
「危険よ。他の勢力も、同じ場所を狙っているかもしれない」
「構わない」
ロクマデスは断言した。
「俺は——」
ロクマデスはメゼを見た。
名前は思い出せない。
でも——。
「お前のことを、思い出したい」
「みんなのことを、忘れたくない」
ロクマデスは拳を握った。
「だから、行く」
メゼは——。
微笑んだ。
涙を浮かべながら。
「……わかったわ」
「私も、一緒に行く」
グリコも頷いた。
「私も!」
トラハナスも立ち上がった。
「我々も、協力しよう」
四人は——決意した。
ギの聖地へ。
答えを求めて。
その夜。
別の場所。
カサタが地図を見ていた。
「ギの聖地……」
彼の眼鏡が光る。
「そこに、ギの真実がある」
「最適化の、究極の答えが」
カサタは指を鳴らした。
「全軍、準備しろ」
「我々も、向かう」
また別の場所。
スブラキが祈っていた。
十字架を握りしめて。
「神よ……」
「あなたの真実を、この手で」
スブラキは目を開けた。
「ギの聖地——」
「そこで、全てが明らかになる」
スブラキは立ち上がった。
「信徒たちよ、行くぞ」
さらに別の場所。
バクラヴァが一人で立っていた。
「ギの聖地……」
彼は指輪を見た。
「そこに、俺の答えもあるのか?」
バクラヴァは——。
メゼのことを思い出していた。
彼女の目。
彼女の言葉。
『彼を守るのが、私の使命』
「……メゼ」
バクラヴァは呟いた。
「お前は、まだ——」
言葉を飲み込んだ。
「いや。もう、遅い」
バクラヴァも、歩き出した。
ギの聖地へ。
そして——。
カラマリも動いていた。
「ギの聖地、か」
彼は笑った。
「面白そうじゃねえか」
「本能で、決着をつけてやる」
全ての勢力が——。
同じ場所を目指す。
ギの聖地。
そこで——。
全てが決まる。
思想の戦い。
力の戦い。
そして——。
真実を巡る、最終決戦が始まる。
翌朝。
ロクマデスたち四人は、出発した。
北の山脈へ。
道中、メゼはロクマデスに話しかけた。
「ねえ、ロクマデス」
「何だ?」
「もし——」
メゼは躊躇した。
「もし、私のことを思い出せなくても」
「それでも——」
メゼは微笑んだ。
「私は、あなたを守る」
ロクマデスは——。
何も言えなかった。
ただ、頷いた。
そして——。
心の中で思った。
この人は、大切な人だ。
名前は思い出せない。
でも——。
心が、知っている。
絶対に、失いたくない人だと。
「ありがとう」
ロクマデスは言った。
メゼは——。
涙をこらえて、頷いた。
四人は——。
ギの聖地へ向かう。
運命の地へ。




