第13話「狂信という名の絶望」
炎に包まれた街。
人々が走り回り、叫んでいる。
だが——その叫びは恐怖ではなく。
「ギは神の贈り物!」
「ギを否定する者は悪魔だ!」
「ギを讃えよ! ギを崇めよ!」
狂信。
ロクマデスは悪寒を感じた。
「これは……」
「信仰増幅のギだ」
トラハナスが言った。
「スブラキの能力——人々の信念を極限まで強化する」
「信念?」
「ああ。ギを信じている者の心を、狂信に変える」
トラハナスは続けた。
「最も危険なギの一つだ」
その時——。
広場の中央に、一人の男が現れた。
30代前半。長い髪を後ろで縛り、白い衣を纏っている。
そして胸には——金色の古びた十字架。
「ようこそ」
男は微笑んだ。
穏やかな、慈愛に満ちた笑み。
「私の名はスブラキ。ギの使徒」
「スブラキ……」
ロクマデスは警戒した。
「お前が、ギ崇拝者のリーダーか」
「リーダーなどではない」
スブラキは首を振った。
「私はただの伝道者。ギの素晴らしさを伝える者」
スブラキは両手を広げた。
「ギは神が人類に与えた、進化の証」
「ギを使えば、人は完璧になれる」
「ギを崇めれば、人は救われる」
「嘘だ!」
ロクマデスが叫んだ。
「ギは道具だ! 神でも何でもない!」
スブラキは悲しそうな顔をした。
「哀れな子よ」
「あなたは、まだ真実を知らない」
スブラキの十字架が輝いた。
金色の光が、波紋のように広がる。
そして——。
周囲の人々の目が、光った。
「ギは神だ……」
「ギは神だ……」
「ギは神だ……!」
人々が唱え始めた。
まるで祈りのように。
「やめろ!」
ロクマデスは走り出した。
スブラキに向かって。
だが——。
人々が立ちはだかった。
「邪魔をするな!」
「ギを否定する悪魔め!」
「抹殺しろ!」
人々が襲いかかってくる。
ロクマデスは避けた。
攻撃はしない。
彼らは——敵じゃない。
操られているだけだ。
「グリコ!」
ロクマデスが叫んだ。
「お前の能力で、何とかできないか!?」
グリコは頷いた。
チェーンが光る。
彼女は目を閉じた。
そして——感じた。
人々の感情を。
狂信。
絶対的な信念。
疑いのない確信。
「これは……」
グリコは震えた。
「強すぎる……信仰が……」
グリコは人々の感情を和らげようとした。
だが——。
逆に、彼女が飲まれ始めた。
「ギは……神……?」
グリコの目が、光り始めた。
「グリコ!」
メゼが駆け寄った。
「しっかりして!」
だがグリコは——。
笑顔で言った。
「ギは素晴らしい……」
「みんな、ギを崇めるべき……」
「くそ……!」
ロクマデスは拳を握った。
スブラキは穏やかに言った。
「見なさい」
「あなたの仲間も、真実に気づいた」
「ギは神なのだ」
「違う!」
ロクマデスは叫んだ。
「ギは道具だ! アリストスが作った、ただの道具だ!」
スブラキの表情が——変わった。
初めて、怒りが浮かんだ。
「アリストス……?」
「そうだ。ギは300年前、科学者が作ったんだ!」
ロクマデスは続けた。
「神なんかじゃない! 人間が作った発明品だ!」
「黙れ!」
スブラキが叫んだ。
穏やかな表情は消え、狂気が浮かんだ。
「そんな嘘を! ギは神聖なる贈り物!」
「人間が作れるはずがない!」
スブラキの十字架が激しく輝いた。
光が——爆発した。
街中の全ての人が、狂信に染まる。
「ギを崇めよ!」
「ギを讃えよ!」
「ギ! ギ! ギ!」
狂乱。
ロクマデスは——。
胸のネックレスを握った。
これを使えば——。
でも。
記憶を失う。
また、大切な何かを忘れる。
「ロクマデス!」
トラハナスが叫んだ。
「ギを使うな! 彼の思う壺だ!」
「でも——」
「信じろ! お前の力を!」
トラハナスは続けた。
「ギなしで戦える力を!」
ロクマデスは——。
深呼吸した。
そうだ。
俺は、ギなしでも戦える。
記憶を取り戻したんだ。
傭兵としての技術を。
ロクマデスは走った。
人々を避けながら。
スブラキに向かって。
「無駄だ!」
スブラキは手を振った。
人々が壁になる。
だが——。
ロクマデスは止まらなかった。
最小限の動きで、全てを避ける。
そして——。
スブラキの目前まで迫った。
「届いた!」
拳を振るう——。
だが。
スブラキの十字架が光り、バリアが現れた。
拳が弾かれる。
「無駄だと言っただろう」
スブラキは笑った。
「信仰は、全てを守る」
その時——。
グリコが動いた。
狂信に染まった彼女が——。
ロクマデスに襲いかかった。
「グリコ!?」
「ギを否定する者は……敵……」
グリコの目は光っている。
自分の意志ではない。
「くそ……!」
ロクマデスは避けた。
攻撃できない。
彼女を傷つけられない。
「どうする?」
スブラキは楽しそうだ。
「仲間を倒すか? それとも——」
その時。
ロクマデスのネックレスが——輝いた。
透明な光。
それが——グリコを包んだ。
「……え?」
グリコの目から、光が消えた。
彼女は倒れた。
ロクマデスが抱きかかえる。
「グリコ! 大丈夫か!?」
「……ロクマデス?」
グリコは目を開けた。
いつもの、優しい目。
「よかった……」
ロクマデスは安堵した。
だが——。
頭に激痛が走った。
「っ……!」
また。
何かを忘れた。
記憶が——消えた。
何を? 誰を?
わからない。
ただ——確かに、失った。
「ロクマデス!?」
メゼの声が遠い。
視界が揺れる。
膝をつく。
「また……使ったのか……」
トラハナスの声。
「まさか……共鳴で……?」
スブラキは驚いていた。
「彼女を、狂信から解放した……?」
「どうやって……?」
その時——。
新たな気配。
「面白いショーだったな」
声が聞こえた。
振り向くと——。
バクラヴァが立っていた。
傷は完治している。
そして——その目は。
以前とは違う。
少しだけ——感情が戻っている。
「バクラヴァ……」
ロクマデスは立ち上がろうとした。
だが、身体が言うことを聞かない。
「お前の力、今なら奪える」
バクラヴァは近づいてきた。
「弱っているからな」
「待て……」
「待たない」
バクラヴァは手を伸ばした。
ロクマデスのネックレスに——。
その時。
「させない!」
メゼが飛びかかった。
剣を構えて。
バクラヴァとメゼが——激突した。
「メゼ……お前……」
バクラヴァは複雑な表情をした。
「なぜ、そこまでする」
「彼を守るため」
メゼは断言した。
「それが、私の使命だから」
バクラヴァは——。
手を引いた。
「……そうか」
そして、背を向けた。
「今日は見逃す」
「次に会う時——必ず決着をつける」
バクラヴァは去っていった。
スブラキも——。
「今日はここまでだ」
静かに言った。
「だが、覚えておけ」
「ギは神だ。それを否定する者は——」
「いずれ、裁かれる」
ギ崇拝者たちも去っていった。
街に——静寂が戻る。
人々は倒れている。
狂信から解放され、気を失っている。
ロクマデスは——。
頭を抱えた。
また、失った。
何を?
誰を?
思い出せない。
「ロクマデス……」
グリコが心配そうに見ている。
「大丈夫?」
「……ああ」
嘘だった。
大丈夫じゃない。
でも——。
「お前が無事でよかった」
それだけは、本当だった。




