通知の向こう側
私はスマホを手放せないタイプだった。朝、目覚めて最初にすることも、夜、ベッドに沈み込んで最後にすることも、必ず画面に指を伸ばす。通知がなければ落ち着かず、何かを見逃しているような焦燥感に駆られる。
ある夜、布団の中でうとうとしていたとき、画面が微かに光った。知らないアプリからの通知だった。
「あなたは今、ここにいる」
差出人の表示もアプリ名もない。最初はいたずらか、広告の誤作動だろうと思った。指で画面をスワイプし、消そうとする。しかし、手を止めるほどの不思議な違和感があった。
部屋の空気が、ほんの少し変わった気がした。窓の外は静かで、風も雨もないはずなのに、何かが私を見つめているような、そんな気配があった。
私は再び通知を確認した。画面には同じ文字が並んでいる。
「あなたは今、ここにいる」
二度、三度と同じ文章が連続する。背筋がぞくりと冷たくなる。恐怖で声が出ない。通知をタップしてみると、アプリはチャットのような画面に変わった。そこには私の名前が表示され、メッセージが更新され続けている。
「ベッドで震えている」
「右手でスマホを握っている」
「左足を軽く組み替えた」
文章は、まさに私が今している行動を正確に描写していた。
私は手が震え、心臓が破裂しそうに早鐘を打つ。画面を見つめながら、恐怖で息を詰めた。まるで誰かが目の前に立ち、私の動作を一つ残らず観察しているかのようだ。
「誰……?」
小さくつぶやくと、通知がすぐに返ってきた。
「あなた自身」
それを見た瞬間、体から力が抜け、床に膝を落とした。通知の文章は止まらず、さらに私の行動を追ってくる。
「目を閉じた。震えを抑えようとしている」
「息を止めている。手を握りしめている」
私は泣きそうになりながらも、恐怖と好奇心でスマホを握った。これが……未来の自分からの通知なのか? それとも別の誰かの悪戯か? 頭の中で混乱が渦巻く。
慌てて画面をオフにしても、通知は届き続けた。黒い画面に白い文字だけが浮かぶ。
「もうすぐ、あなたは動けなくなる」
部屋の空気が重くなり、息苦しくなる。私は震えながらベッドの隅に縮こまった。時間が止まったように感じる。しかし、通知は正確に私の未来を描き続ける。
「手が震えて、膝が震えている」
「目を開けた。後ろを振り返った」
恐る恐る振り返ると、ベッドの隣に、私自身の顔が浮かんでいた。いや、正確には顔だけが浮かんでいるように見えた。心臓が凍る。理解した瞬間、全身が硬直した。
通知は未来の私を予告していた。無視すれば、未来の私はその通りに動かざるを得なくなる。
私は必死でスマホを削除しようと試みる。だが、アプリは消えず、画面に文字が点滅する。
「あなたはもう、この通知から逃れられない」
絶望が全身を覆い、頭の中が真っ白になる。通知に縛られ、未来の自分に支配される感覚――。そのとき、空気が歪み、画面に映る私の顔がじっとこちらを見た。目が合った瞬間、通知が一斉に点滅した。
「おかえり」
気づくと、私は朝のベッドで目を覚ましていた。スマホは隣にあり、通知は消えている。しかし、手の中には昨夜の恐怖の余韻が残っていた。
画面を開くと、新しい通知が届いていた。差出人は――自分自身だった。
「今日もよろしく」
背筋が凍る。通知の向こう側には、もう一人の私がいる。未来の私か、別の時間の私か――それはわからない。
それから私は、スマホを手放せなくなった。なぜなら、通知がなければ、未来の自分が私を見つけられない――という恐怖から、逃れられなかったからだ。
終




