聖女付きの精霊になったけど聖女が男な件。
初投稿です。ちまちま書き始めたものの第一話となります。反応がある、または書き溜めが勿体無く感じたら連載版にして続きも投稿するかもしれません。
「んに"ぇええええええ!!! 私が聖女付きですか?!」
「んそうそう〜! カルディアナのところに聖女が生まれたんだけどぉ、ちょうど空いてる精霊がいなくてねぇ……貴女ももうちょっとで精霊でしょぅ? だいじょ〜ぶよぅ! ほんの数年くらい、アッというま〜に過ぎるわよぉ〜ンジゃ、まかせたわぁ〜」
「あああ"あ"!! ギガンツ様っお待ちを!!!」
「キティとおよび!!!」
生まれてまだ990年しか経っておらず、あと10年、もう少しで精霊の仲間入りが出来るかなといったところのただの妖精に対して上司にあたる彼、精霊ギガンツ様はそう言い残して(ついでに筋肉も唸らせて)虚空へと消えていった。
こうとなってはしがない妖精には精霊さまの命令、もとい指令に従うしか選択肢はない。世界の調和を保つ精霊様というのは、それだけ強い力、圧倒的権力を持つのであった。
「うっうっ、無理だよぉ私が聖女付きだなんて、そんな重大なお役目なんて背負いたくないよぉただの会社員で精一杯だったのに、私はのんびり気ままに過ごしたいだけなのに……!!」
泣き言を言いながらもカルディアナという名の国へ向けてよろよろと宙を飛ぶ。どうしたってお役目は逃げてくれないので。
ひん、ひん、と鼻を啜りながら時空の狭間に身を滑り込ませる。元が人間だとしても、妖精として生まれて990年も経っていれば小慣れたモノであった。人間としての意識をわずかでも持っているのが奇跡なくらいなのかもしれない。私は気が弱い頑固者なのだ。
狭間を通り抜ける瞬間、きゅっと目を瞑って眼を開ければ、強い力を持つ風が己の小さな身体を包み込み流れていく。そこは上司の目があれどもひたすらにあたたかく、穏やかな精霊界でなく我々世界の調律者が見守る賑やかな人間界・エトワールだ。
雄大で豊かな自然と共に、人間種と魔物、我々人間ニアラズ者達が世界を廻る魔力の流れに包まれて暮らしている。
遥か上空から見下ろすソレは、高度成長を遂げた21世紀の日本とはまるで異なる姿である。ビルもなければコンクリートもない。一番大きな建造物は東京タワーでもなければドバイのブルジュ・ハリファでもなく、この世界最大の国である帝国の大きな石造りのお城だろう。人々の手にあるのはスマホではなく前時代的農具や工具であったり、はたまた剣や杖だったりする。
前世の世界への哀愁ともいえる思いを感じながらも、この世界の一部である今の己の身は魔力に身を任せて漂うことを心地良く思う。
世界の成り立ちも、種族も、文明も、何もかもが異なる中でただ一つ、良い意味でも悪い意味でも人間達の賑やかさは変わらないのかもしれない。
「もう前世で人間はこりごりなのに……ああ、聖女はどんな子かなぁ。まぁ死なない程度に、遠くから見守る程度でいっか……悪い子にならないように、悪いことしたら天罰を与えて、死にそうになったら死なない程度に助けるくらいで……どうせ、精霊ほど強い力もまだないし」
それぞれの聖女付き精霊には、生まれた時から見守る己の聖女が可愛ゆくて仕方なくそれはそれは寵愛する者もいる。健やかに、幸せに育ち過ごすことができるようにもたらす加護は時に苛烈となり、時に甘い蜜となる。世界そのものである精霊にとって、人間の些細なことはその名の通り取るに足らないことである。
苛烈ともなり、蜜ともなるその大いなる力。だからこそ、聖女は各国で大切に保護され養育される。人間の様々な欲が入り乱れる渦中となることは必須だ。
前世でほんの二十年ほど地球を生きる人間として生きてその気持ち悪さを体験し、すぐに死んであとの数百年を気ままに過ごす妖精として過ごした私にとってはもう面倒くさくて仕方ない。
前世のことは色々忘れたが、それだけ経ってもなおその重苦しさを忘れず忌避感を覚える程度にはあの二十数年は濃密すぎた。
いくら先の対戦で精霊達が大忙しとはいっても、ただ精霊界や人間界を気ままに浮遊しているだけの妖精の身にお役目が降ってくるだなんて!!
「くそぉ、精霊達はもう何年も生きてるから端数をすぐ省略するんだ……妖精だなんてまだ力も弱い子供なんだから……1000年の壁は大きいんだから……」
恨み言をぶつぶつと唱えて、カルディアナの新たな聖女とやらを探す。生まれたばかりの聖女はまだ神様の力が強く滲んでいて我々には光って見えるし、妖精達も集まっているだろうから簡単に見つけられる。
予想通りそれ程時間も経たずに王都から離れているながらもそこそこの規模の都市、その外れの広い森に程近いそれなりに立派な作りだが小さな屋根の下に輝く光は見えた。
仲間の妖精どもも本能からしてピーチクパーチクチカチカと声なき声で囀って光って騒いでいる。
家に近づけば、ピーチクパーチクのうちの一匹が私に気がついて擦り寄ってきた。人間の幼子サイズの私よりさらに小さい、小指の爪サイズの光る玉。私の顔の周りを飛び回る一般的な妖精のソレを宥めて撫でてやる。
「あー、それで、聖女はどんな感じ? とりあえず死にかけてないよね?」
光る玉に明確な言葉はないが、嬉々とした感情が伝わってくるので聖女はとりあえず元気に生きているらしい。
段々と募ってきた妖精達に連れられて、重い足取りで屋内に滑りこむ。
ありがたいことに人間の気配はそれほどなく、静かだ。
人間なんて、面倒臭い。ああ、このまま暖かなお日様の下でゆったり日向ぼっこでもしていたいな、なんて思いつつ廊下を抜けて聖女が居るであろう部屋に入った。
薄暗い。
部屋の唯一の光源である窓が開いていて穏やかな風がそよそよと入ってきているようだ。そこにかけられた白いカーテンが光を適度に遮りづつたなびいており、カーテンの隙間から光が同じくゆらゆらしている。妖精達もチカチカ光っている。
高価で柔らかそうな絨毯が敷いてあることが浮いているくらいろくに装飾や家具もない質素な部屋の窓の下、妖精達と同じく淡く光っていた一つの赤子用ベッドの中を覗く。
輝いていた。柔らかく、そのくせ眩しいくらいに。
その光を反射するふわふわとした薄い金の髪が、まろく白い頬が。
髪と同じ金に輝く厚い睫毛が、その下の青い瞳が。
そう、どこまでも青い、青い透き通った深い瞳が。
穢れを知らずに輝いている。
愛しい世界の無垢な魂が、こちらを見つめている。
おそらくまだ目は見えていない。でも、そう思わされるくらいに目が合っているような感覚がした。
目を合わせる前の、鬱々とした重い気持ちは嘘みたいに。日向ぼっこしている時のように、じんわりと心が温かくなってくる。
こんなの、ズルいじゃないか。
ぼんやりとそれだけ思って、己が守護すべき小さな赤子を妖精達と森の草木が囁く音と共に暫く眺めていた。
「そういえば私ってば、面食いだったかも」、なんて後から思いつつ。
そうしているうちに赤子がほやほや泣き出してあわあわしていると乳母が来て、赤子のおしめを変える時に私にとっての事件は起きる。
「は、生えてるゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?!?!?」
魂からの叫びであった。赤子はもっと泣いた。
聖女は、聖女(男)であるらしかった。
この変えようのない事実は長らく私の頭を悩ませることとなる。
これが後の世に長く語り継がれる聖女(男)と精霊の、歴史書には記されない初めの出会いである。
この後の展開の要素としては、成長を見守りつつその可愛さにめろめろにされ、恋愛や乙女ゲーム、学園要素もちょいちょい入ってくるやもしれません。




