7/9
第六章:嫉妬の影
翌朝の仕込み時間。歌恋が作業台に並べた小麦粉の袋の一つに、封が切られたままの袋が混ざっていた。
「……あれ?」
気づいた瞬間には遅く、粉が舞い上がり、歌恋の制服に飛び散った。周囲にいたスタッフたちも振り返る。
「綾瀬、何やってんの?」笹森が不機嫌そうに声をかける。
「い、いえ……すみません、私がちゃんと確認しなかったので……」
慌てて後始末をする歌恋の様子を、厨房の奥から浦部が静かに見ていた。
誰も気づかなかったが、粉袋の封を緩めていたのは浦部だった。
「ちょっと確認すれば分かることなのにね。やっぱり詰めが甘いんじゃないの?」
その一言に、歌恋は何も言い返せなかった。周囲も何となく空気を察し、話題を逸らすように別の作業に戻っていく。
浦部はただ静かに成形台へ戻り、無表情のままクロワッサンの成形を続けた。
その指先は、少し強く力が入りすぎていて、生地がわずかにひしゃげていた。