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第五章:揺れる影
笹森の態度も、佐伯の接し方も、少しずつ歌恋に対して変わってきている。
それは他の誰の目にも明らかだった。
厨房の片隅で、それを黙って見ていた浦部は、内心で沸き上がる感情を持て余していた。
(……何よ、それ)
かつて自分がそうだったように、認められるまでには努力と覚悟が要る。誰かに甘やかされる余地なんてなかった。
なのに今の歌恋は――まるで、店長や笹森に守られているように見える。
成形台を拭く手が、無意識に力をこめていた。クロワッサンの焼き加減を睨みつけるように見つめる目には、わずかに焦りと嫉妬が混ざっている。
(……あの子が特別扱いされる理由なんて、どこにもない)
それでも、心の奥では、かつて一緒に笑った時間がまだくすぶっていた。