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番外編:変わる距離
ある日、仕上げ作業の時間帯。笹森がうっかり賞味期限ラベルを間違えて貼ってしまった。貼り直しがきかない状態で、出荷のタイミングも迫っていた。
「……あっ」
笹森の声が小さく漏れる。その瞬間、周囲の空気がぴんと張り詰めた。
「どうした?」と佐伯の声が厨房奥から聞こえる前に、歌恋が素早く動いた。
「私、代わりに新しいラベル出して貼り直します!」
手際よく予備シールを取り出し、商品をひとつひとつ丁寧に入れ替えていく。ミスの処理に慣れていないはずの歌恋だったが、その姿勢に無駄はなかった。
「……ふん。まあ、あんたにしては悪くなかったわよ」
最初は小言しか言わなかった笹森が、ぼそりと呟いた。
それが、歌恋にとっては“初めての会話”のように感じられた。
その日、笹森は休憩室で一緒にお茶を淹れてくれた。たったそれだけのことが、心の氷を少しだけ溶かした。