第一章:嫌われてるの、私だけ?
みんなとは1か月遅れで入社した新人パン職人見習いの綾瀬 歌恋。
天真爛漫で誰に対しても優しい歌恋。だけどちょっぴり、ドジで失敗ばかりしてしまう。店長の佐伯と笹森だけは綾瀬に対し冷たいが、他の女性スタッフは綾瀬を自分の娘のように接してしてくれていた。
朝5時45分。ベーカリー「ル・ミエル」の厨房は、仕込みの音と粉の匂いに満ちていた。新人の綾瀬 歌恋は、パン職人としての第一歩をここで踏み出して一ヶ月が経ったばかりだった。
歌恋は他のスタッフよりも一ヶ月遅れて入社していた。浦部、笹森とは同じ時期に募集された求人だったが、面接や家庭の都合で少しずれての入社。スタートが遅れた分、現場に馴染むのにも時間がかかっていた。
「綾瀬、粉、またこぼれてる。三回目だろ、それ」
鋭く通る声に、歌恋は思わず背筋を伸ばした。
「……すみません!」
振り返ると、店長・佐伯 誠が冷たい目でこちらを見ていた。無駄のない動きと指示、そして誰よりもパン作りに厳しい職人だ。
だが、その厳しさは、なぜか歌恋にだけ向けられているように思えた。
他のスタッフ――浦部、笹森には笑顔で接する場面もあるのに、歌恋には冗談ひとつ飛ばさない。
「……もしかして、私嫌われてるのかな?」
そんな疑念が、心のどこかに根を張り始めていた。