第九話電車はヤバいやつが多め
今日、僕は珍しく電車で学校に向かっていた。
理由は簡単。雨が降っているからだ。
そりゃそうさ。雨が降っている中、水浸しで走っている高校生なんかいたら変質者と思われる。さすがの僕もこういう日は電車で行く。
でも、久しぶりだから改札を通るときにSuicaが残高91円しかなくて焦ったもんだ。
懐かしいなー、少し昔にスマホケースの内側にSica入れたら便利じゃね?って思ってやったら反応しなくてバチクソ焦ったなー。今日はそんくらい焦った。
そして僕は今、胃もたれに効くという白湯を飲みながら電車に揺られていた。
何故白湯を飲んでいるかって?
朝ご飯が重すぎるからだよ!!!
◇
遡るは今朝のこと………。
「………姉さん、これ何?」
僕はいつも通り想い足を動かしリビングへと向かった。
昨日は精神的に疲れてすぐ寝てしまったから夜ご飯を食べておらずお腹がすいていた。
けどいつも出ている朝ご飯とは違い、とてつもない量の………。
「あーおはよう塁君。朝ご飯できてるわよ」
僕はいつも姉さんが作ってくれた料理を食べている。母さんは僕には作ってくれないから姉さんがお弁当とかも準備してくれる。ありがたいことだ。こればかりは姉さんに頭が上がらない。
しかしね、しかしだよ。
これはさー。
「朝ごはんでこれはないだろ………」
「?」
何の事って感じの顔をしているが無理だぞ。
勘の良い君ならわかるだろう?
僕が視て絶句しているのはテーブルの上に大量に並べられた角煮、唐揚げ、豚カツと脂っこいものばかりだった。
「いやぁ、朝ご飯でこれは流石に重すぎるって」
「えー、でも塁君昨日疲れたって言って夜ごはん食べてなかったでしょ?だからお腹すいてるかなーって。あとお姉ちゃん最近揚げ物ハマってるのよ~」
お気楽な顔をしている姉さん。
「ほらほらそろそろ行かないとじゃない?早く食べちゃいなさい」
「う……これを…全部か………」
見ているだけで胃もたれしそうでヤバいな。
そして、結局全部は食べられなかった。
◇
というわけで、ただいま多少の不快感を抱きながら電車に揺られて、乗り換えで別の駅で降り、迷っている。
あれー、11番線ってどこや?
くっそーまた迷ってしまった。駅とかどっちがどっちだか全く分からなくなるんだよなー。
とりあえずさっきからいろんなところを行ったり来たりしているが変なところについてしまう。
どうしよう…。
「えーっと、こっちが8番線の方だから………」
僕が周りをキョロキョロしていると後ろから肩をたたかれた。
「ちょいちょい君、そっちは逆方向だぞ。11番はこっち」
「ぬえ?」
後を振り向くとそこには昨日命を助けた佐倉先輩がクイと後ろを指さしながら立っていた。
「マジっすか」
「マジっすね」
いやはや僕の方向音痴にも手を焼くぜ。火傷しそう。
とりあえず佐倉先輩についていくことにして一緒に学校へ向かうことにした。
「ところで、大丈夫?なんか顔色悪そうだけど…」
「あーまぁはい。ちょっと朝ご飯が重めで」
苦笑いを浮かべながら答える僕。
嘘である。少しどころではない。
佐倉先輩は「そうなんだ」と納得したように頷いた。
相変わらず、目的のホームまでの道は人でごった返している。それはサラリーマンだけではなく、他の学校の学生や、ところどころ私立の小学生も見える。
特に目に留まったのは他校の生徒である。
よく、物語なんかでは「あれは確か、○○高というお嬢様学校の制服だったような…」なんて説明が入るが、正直なんで知ってんねんって感じである。
普通に分からん。制服見ただけで他校の名前がわかるって、どういう生活してりゃそんな能力が身に着くのか。高校オタクなのか?モノノケになったら厄介だな。昨日のやつと同じで。
にしてもちょっと会話が途切れると気まずいな。なんか話すか。
「先輩はいつも電車登校なんすか?」
僕がそう聞くと先輩は少し笑いながら答えた。
「ううん、いつもは自転車なんだけど今日は雨だからね。あと、ちょっと寝坊しちゃったってのも理由かな。そういう塁君はどうなの?駅に慣れてないってことはいつもは自転車なの?」
「まぁ、そんなかんじです」
流石に走ってきてるなんて言ったら変な奴って思われそうだから言わないでおこう。
僕の曖昧な相槌に佐倉先輩は疑うようなそぶりを見せず「そうなんだ。私と一緒だね」と明るく答えた。
少しは疑った方が良いと思うが、そういう性格なのだろう。宗教勧誘されたら速攻で引っ掛かりそう。
にしてもこの人美人だよな普通に。というか結構。
アニメなんかでは、眼鏡キャラは暗くてあまり美人ではないが眼鏡を外したら思いのほか美少女…なんてことがあるが、そんなわけあるかい。普通に美人は眼鏡かけても美人だわ。
そして一見分かりずらいがこの人結構胸もデカい。
着やせするタイプなのだろうか。近くで見てもわかりにくい。しかし僕の目はごまかせない。おそらくF…いや、GもしくはHまであるかもしれない。
………何考えてんだ僕は。
ホームに到着すると、ちょうど電車が到着した。ドアが開くと同時に、朝のラッシュアワー特有の人の波が車内から吐き出され、また吸い込まれていく。僕と佐倉先輩もその流れに乗り、何とか車内へと滑り込んだ。予想通り、座席は全て埋まっており、僕たちは吊革を掴んで立つことになった。車内は駅内よりもぎゅうぎゅう詰めで、背広を着たサラリーマンや、真新しい制服に身を包んだ学生たちが、それぞれの目的地へと運ばれていく。窓の外は、まだしとしとと雨が降っており、ビルのガラス窓を伝う雨粒が、ぼんやりと街の明かりを映し出していた。
「それにしても、電車ってすごいね。こんなにたくさんの人を一度に運べるなんて」
佐倉先輩が、感心したように窓の外を見ながら呟いた。
(いや、先輩、今まで電車に乗ったことなかったんですか…?世間知らずもここまでくると天然なのか、それとも…)
僕は内心でツッコミを入れるが、口には出さない。
「そうっすね」
当たり障りのない返答をしておく。さっきのだけではちょっと不安だし。すると佐倉先輩は、ふと、思い出したように僕の顔を覗き込んできた。
「あ、そうだ!塁君、昨日のことなんだけど大丈夫だった?その後、何か変なことはなかった?」
先輩の問いかけに、僕は一瞬身構える。やはり、モノノケの件か。霊力が覚醒してまだ一日だというのに、彼女がどこまで理解しているのか、慎重に探る必要がある。
「ええ、特に何も。先輩こそ、お家の方では大丈夫でしたか?変なこと、起こりませんでしたか?」
僕は努めて平静を装い、先輩の様子を伺う。
「うん、大丈夫だったよ!朝起きたら、なんだか妙に視界がクリアになった気がしたくらいで。あ、そういえば、昨日適当にはぐらかされちゃったけど、本当にあの『モノノケ』?って何だったの?」
(……なるほど。やはり、見えるようになっただけで、知識は完全にゼロか)
佐倉先輩の問いに、僕は内心で安堵する。厄介な事態にはなっていないようだ。
「あれはですね、俗にいう幽霊のようなものなんです。たまーに見えちゃったりしたりしなかったり………」
僕はなるべく曖昧に説明する。専門用語を並べても理解できないだろうし、かえって混乱させてしまうだけだ。
「へえ、幽霊…そういうものって本当にいるんだね。なんだか不思議」
先輩は目を丸くして、興味深そうに僕の話を聞いている。その反応は、まるでファンタジー小説の登場人物にでも出会ったかのような、純粋な好奇心に満ちていた。
「ええ、まあ。でも、佐倉先輩は、特に気にしなくて大丈夫ですよ。ああいうものに興味を持つと、向こうから寄ってきやすくなることもあるので」
正直、本当にかかわらない方が良い。映画なんかでヒロインが変な正義感を見せて足手まといになる感じ。
「そっか…気を付けるね。でも、塁君がそばにいてくれるなら、なんだか安心かも」
佐倉先輩はそう言って、僕にフワリと微笑みかけた。その笑顔は、朝の満員電車の中にあっても、一輪の花のように鮮やかで、周りの風景が一瞬だけ輝いたように感じられた。




