贄
「千弘……」
塁が呆然と名を呼ぶと、千弘は先程までの頼りがいのある表情から、すぐにいつものオドオドした顔に戻ってしまった。
「って、だ……大丈夫!? 頭、血でてるよ!?」
千弘は慌てながら塁の額の傷を指さし、心配する。
「大丈夫、ちょっと掠っただけ。頑丈だからな」
塁は額から流れる血を拭う。
「そんなことより、どうやって……つか、なんで一人で……」
塁が問い詰めると、千弘はニヤリと微笑んだ。
「フフ……言ったでしょ?大丈夫だって」
そう言うと、塁は背後から思い切り頭を叩かれた。
「って!」
思わず塁が叫ぶと、その背後から、冷気を纏ったような鋭い視線で塁を見下す女性が現れた。
「何してんのよ。早く立ちなさい。やっぱり鏡花には釣り合わないわね」
それは、クレイル第一部隊副隊長の氷室氷花さんだった。
そして、その横からは穏やかな声が聞こえる。
「おいおい、怪我してるんだからあまり強く叩いてはいけないぞ氷花ちゃん」
氷花を嗜めるのは、同じくクレイルの海良木さんだ。
「っは?き、気づかなかっただけだから仕方ないでしょ!」
氷花さんはバツが悪そうに腕を組み、少し反省したような表情になった。
「あれが骸の声……?強そうだな……」
さらに背後から気だるげな声で骸の声を視る星野さんが出てくる。
それ以外にも、クレイルの一番隊、二番隊、三番隊の隊員数名が集結し、その数は相当な人数になっていた。
塁は心の底から安堵し、自身の顔を両手で思い切り叩いて、気合を込めて立ち上がる。
「よし!闘るか!!」
今の塁には不安は無かった。
「うむ!力の見せ所だな!」
海良木さんも拳と拳を力強くぶつける。
「合わせなさいよ」
氷花さんは周囲に冷気を撒きながら、塁を横目で見る。
「まぁ……俺は……頑張る」
星野さんは小さく呟いた。
「俺も、頑張るよ」
千弘はそう言って親指の先を噛み、出た血を舐めた。
すると、千弘の周囲に赤い糸が生成され、その糸が千弘の顔の下半分をマスクのように覆う。
塁はそれが何なのか少し気になったが、とりあえず今は眼の前の敵に集中しようと『絶刀:空絶』を創り、構えた。
骸の声は苦虫を噛み潰した様な表情で「末葉ゴトキガ……!!」と唸り、またも足元から大量の手を出現させる。
「あの手!あれに頭を触れられないようにしてください!」
塁が大声で叫ぶと隊員たちは「了解!」と呼応し、各々が構え、戦闘が開始された。
骸の声が隊員たちを末葉と一蹴し、大量の手を生み出した瞬間、塁たち四人の連携が火を吹いた。
先陣を切ったのは氷花さんだった。
「ッ!下がって!!」
その叫びと共に、彼女の周りの霊力が急激に冷気へと変換される。氷花さんが握っている刀を一閃すると、巨大な氷塊の壁が出現し、骸の声が放った腕の大半をその冷気の檻に閉じ込めた。
腕は凍り付き、完全に動きを止める。
この隙を見逃さず、塁、海良木さん、千弘が突撃した。
「神獣解放!『炎虎』!『水虎』!」
海良木さんは腕を肩の上に上げ、右腕に炎、左腕に水を渦巻かせた。
ドォン!
炎を纏った右腕の拳が、骸の声の胴体目掛けて叩き込まれる。
「ケヒッ!」
しかし、骸の声も簡単には攻撃を許さず、胴体に叩き込んだと思った拳は寸前で骸の声の手のひらに収まっていた。
「っは!だが当たるだけでも良い!」
海良木さんがそう叫ぶと、凄まじい熱量と衝撃が骸の声の手の平の皮膚に深い焦げ跡を残した。
その直後、海良木さんが水を纏った左腕を一閃すると、高圧の水の斬撃が骸の声の白い皮膚に亀裂を走らせる。
そこへ間髪入れず、塁が空絶の神速の斬撃でその亀裂を狙い、一点集中で切り込む。
「チッ!」
わずかな血飛沫が舞うが、その血は骸の声が生成した手であった。
「ガァアアア!!」
骸の声は咆哮を上げ、足元の凍った腕を一気に霊力で弾け飛ばし、全方位に白い破片を撒き散らした。
この反撃に対し、千弘の赤い糸が動く。
千弘は指先から放った糸を、破片や骸の声の攻撃を避けきれない海良木の足首に巻き付け、絶妙なタイミングで引っ張り、回避させた。
千弘の糸は、攻撃と防御のすべてをサポートする完璧な支援を担っていた。
(それにしても、千弘のこの糸なんだろう……鉄の匂い…というより血か?どちらにせよ、とんでもなく強くなってやがる…!)
塁は驚愕したが、すぐに戦いに集中し、骸の声と激しく鍔迫り合いを続ける。
鍔迫り合いと言っても、塁は空絶、骸の声は硬質な腕である。
「流石に、数で来られると分が悪いだろ?」
「数、ダト?…コノ、程度……」
骸の声は、塁を力で押し戻し、すぐさま行動を変えた。
骸の声は、塁たち四人の集中攻撃から距離を取るため、足元の白い手を巨大な壁のように展開し、それを踏み台にして一気に後方のクレイル隊員たちのもとへ移動した。
「させない!」
氷花さんが追いかけるが、その間に骸の声は既に五人の隊員に取り囲まれていた。
「テメェラ……。五感ノ、調子ハ……ドウダ?」
骸の声は、その五人全員の頭に触れた。
「アアアアア!!」
隊員たちは一瞬で錯乱し、眼に光を失う。
その手には、それぞれが扱う武器や異能の光が宿っていた。
「ッ、くそ!そっちへ行ったか!」
海良木さんが舌打をちする。
五人の隊員は、骸の声の意のままに動き、猛烈な勢いで塁たち四人へ攻撃を仕掛けてきた。
「させねぇよ」
すると、空中から塁たちへ攻撃をしようとする隊員五人を地面に叩きつけ、骸の声を睨みつける星野さんが現れた。
「けど、お前を相手にするほど俺強くないから…操られてる?こいつらを相手してるぜ」
そう言って星野さんは五人の隊員を遠くへ投げ捨て、すぐさま退散する。
「チッ!碌ナ、事モシナイクセニ…デシャバリ…ヤガッテ」
骸の声は碌なことと言ったが、塁たちにとってそれはとてもありがたい行動だった。
劣勢になった骸の声は足元からまた大量の手を波のように出現させ、塁たちを押しのけた。
その衝撃で塁たちは散り散りになる。
押しのけた後、骸の声は一度塁たちから距離を取り息を整える。
「隼人さん!他の釘、すべて打ち終わりました!」
すると、校舎側から桜木先生が現れた。
骸の声のボロボロな姿を見た桜木先生は、「だ、大丈夫ですか!?」と心配そうに駆け寄る。
「大丈夫ですよ。私が盾になってでもあなたの食料を用意し―――」
桜木先生が言い切る前に、骸の声が言葉を遮った。
「腹ガ……減ッタ……」
唾液を垂らしながら呟く骸の声。
それを聞いた桜木先生は、一切の動揺を見せず問う。
「そうですか。わかりました。誰が食べたいんですか?」
すると、骸の声は、桜木先生の胸元に鋭い爪が生えた指を当てた。
それを見た桜木先生は、顔に深い愛憎の念を浮かべたような笑みを浮かべ――
「……私…ですか。……分かりました。これで、あなたの気が済むのなら……私は……命を捧げましょう」
嬉しそうに微笑んだ。




