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骸の声

 三階、八組教室前

塁が先頭でドアを開けると、そこには絶望的な光景が広がっていた。

教室の中央で、白いモノノケが女子生徒を捕らえ、まさに喰らおうとしている最中だった。

モノノケ――『骸の声』の姿は、まさしく異様だった。全身は筋肉質ながらも滑らかな灰白色の皮膚に覆われ、山羊のような大きな湾曲した角が頭部から突き出ている。下半身はぼろぼろの暗い赤褐色の布を巻き付けたアラビア風の袴のようで、その裾は幽霊のように不確かな影となって地面に溶けかかっている。長く鋭利に伸びた五指を持つ手足は、人間離れした異形そのものだった。そして何より、顔の上半分はまるで切り裂かれたように潰れており、目がない。口は大きく裂け、不気味な笑みを浮かべていた。


「アァ?」


そのモノノケは不機嫌そうに、ドアを開けた塁たちの方を見た。


(これが……骸の声……!!)


(眼の前にしただけで否が応でも解ってしまう実力差……!!)


目がないはずの顔から放たれる暴力的な威圧感に、空蹴と氷室先輩の足は硬直したかのように竦む。全身の毛穴が開き、体中から危険信号が放たれていた。

しかし、塁は立ち止まった二人を顧みなかった。


(くそっ、このままじゃ間に合わねえ!)


「カゲロウ!流せ!!」


塁は地面を蹴ると、一瞬で骸の声のもとへ移動する。

カゲロウの電気のような霊力が塁の足の筋肉を刺激し、脳が命令するよりも早く、モノノケの顔面に二発、強烈な蹴りを叩き込んだ。

ドッ!ガッ!という鈍い衝撃音が教室に響き、骸の声の頭部がわずかに揺らぐ。

その隙に、骸の声の手から女子生徒が解放され、床に崩れ落ちた。

塁は倒れそうになる女子生徒を抱え上げると、迷わず背後の窓ガラスにカゲロウを顕現させ、ガラスを一瞬で切断させた。そのまま抱えた女子生徒と共に、三階の窓から外へ向かって落下する。

落下しながら、塁は背後へ向かって叫んだ。


「空蹴!!人質はもう居ねぇ!!お前らも逃げろ!!」


その声で我に返った空蹴と氷室先輩は、顔面蒼白になりながらも、すぐさま来た道を踵を返して走り出した。

そして八組の教室には、怒りに燃える骸の声と、それを嬉しそうに見つめる桜木先生の二人だけが残された。

女子生徒を逃した骸の声は、大きく口を裂き、「グギュアアアアア!!!」と大声で轟く。その怒りの波動が、校舎を震わせた。

だが、すぐに桜木先生が穏やかな声でなだめる。


「大丈夫ですよ。まだ、これがありますから」


桜木先生はそう言いながら、小さな札と釘を取り出し、骸の声に手渡した。骸の声は、それを何か大切な道具のように受け取った。

塁は女子生徒を抱えながら、カゲロウで着地の衝撃を受け流し、そのまま校舎から離れるように全力で走っていた。


「は?」


その最中、塁は空を見上げ声を漏らす。

つい先ほどまで厚い雲に覆われていただけの空は、一瞬で完全な漆黒に変わっていた周囲の光を全く反射しておらず、深淵のような黒が地上を覆っている。


(この空間……!)


塁は千弘とともに閉じ込められた、あの底の見えない闇の体育館を思い出す。

そこに酷似した「異界」が、校庭全体を包んでいた。

校庭に大量に居たはずの一般生徒たちも、一人残らず消えている。

しかし、前回と違うところはあった。

塁以外にも、美玲や稽太、佐倉先輩など、霊力を持った者たちが先ほどと変わらず、校庭に居たのだ。

そのタイミングで、追いついた空蹴と氷室先輩も塁のもとへたどり着く。


「ハァ、ハァ……塁くん、あんた、さっきの子はどうしたの?」


氷室先輩が息を切らしながら尋ねた。


「え?」


塁が自身の手元を見ると、そこには先ほどまで確かに抱えていたはずの女子生徒が、影も形もなく消えていた。


「いや、さっきまで居たんだって。本当だよ!」


塁が動揺しながら訴える。

その言葉を無視するように、空蹴は周囲を見回した。


「これは……創城さんの結界に近いような……。しかし、そんな事……」


空蹴はブツブツと独り言を呟いた。

すると、美玲たちが塁たちのもとへ走ってくる。


「塁くん、どうなってるのこれ?」


佐倉先輩は少し息を切らしながら塁へ問う。


「僕もよくわかんないけど、とりあえず8組に『骸の声』っていうモノノケと―――」


塁がそう言いかけた、その瞬間だった。

轟音と共に、八組の壁が吹き飛び、そこから骸の声が、桜木先生を肩に乗せたまま、優雅に校庭へと降りてきた。

塁達は一斉に二人に向かって構える。

地面に降り立った桜木先生に、塁は叫んだ。


「おい、お前!何が目的か知らんが、桜木先生を巻き込むな!」


その問いに答えたのは、骸の声ではなく、桜木先生だった。

桜木先生は、柔和な笑みを浮かべながら言う。


「ああ、勘違いさせてしまったかもしれないけど、これは私が行っていることなの。私が行う『罪滅ぼし』なのよ」


「罪滅ぼし……?」


塁は言っている意味がわからず眉をひそめた。

桜木先生は骸の声の肩から降り、骸の声の腕に抱きつきながら、頬を赤らめて呟いた。


「そう。私の……”大切な人”への。罪滅ぼし……」


次の瞬間、骸の声の足元から、無数の白い手が生え始めた。

それは、まるで地の底から湧き出るかのように瞬時に増殖し、その無数の手が塁たちを襲う。

塁は素早くカゲロウで『凰剣(おうけん)(つるぎ)』を顕現させ、その手を全て正確に捌くも、その他の者たちは完全には捌ききれずに、その攻撃を食らってしまった。


「ぐっ……!!」


佐倉先輩は最も被害が大きく、腹や数カ所に衝撃を食らい、血を吐きながら地面に倒れ込む。


「先輩!!」


「大丈夫……!私に構わず、そいつを!そいつを倒せるのは、今のところ塁くんだけだから……!」


先輩は地面に倒れ伏しながらも、その声には強い意志が宿っていた。

塁はその言葉を受け、骸の声に振り向くと、すぐさま剣を振るおうとした。

しかし、振り向いた先にあったのは、既に骸の声の拳だった。


「ガッ!!!」


その攻撃は塁が防御体勢を取る暇すら与えず、顔面に正確に打ち込まれた。衝撃はすさまじく、塁の体は数十メートルも後方へ吹き飛ばされる。まるでボールのように地面に数度打ち付けられた塁は、辛うじて『剱』を地面に食い込ませ、勢いを殺して身体を止めた。

片膝を地面につけながら、塁は骸の声の疾さと強さに戦慄する。


(んだ今の…疾ぇなんてもんじゃねぇ。僕が反応すらできなかった)


骸の声は、ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべながら、ゆっくりと塁の方へ歩みを進める。その動きは緩慢だが、それがかえって恐怖を煽った。


「行かせるか!!」


「僕も結構強いんですよ!」


このまま塁に追撃を許すまいと、稽太と空蹴が即座に動いた。


「破ァ!!!」


稽太は指先に青白い霊力の塊を凝縮し、それを一気に骸の声へと放つ。


漆式ななしき!!!」


空蹴は異能『空蹴り』の溜め技である『漆式』を繰り出し、猛然と骸の声へ飛び蹴りを仕掛ける。


しかし、それは無力だった。


骸の声は、稽太の霊力弾を鼻先で笑うようにいとも簡単に弾き、霊力弾は勢いを失うことなく校舎の一角を破壊した。そして、骸の声は一瞬で稽太の眼の前に移動し、腹に強い一撃を加える。稽太は耐える間もなく、力なく倒れ伏した。


続く空蹴の『漆式』は、骸の声が身体を殆ど動かさず、首を傾げる程度で避けられる。そのまま空蹴の脚を掴み上げ、空中へ投げ捨てた。


(まずい、おそらく追撃が来る……!しかし、この上下感覚が掴めない空間で体勢を立て直すのは……!!)


空蹴が思考する一瞬の間に、骸の声の足元から伸びた白い腕が、空蹴の四肢を掴んだ。まるで子供が玩具を叩きつけるかのごとく、空蹴を強く地面に食い込ませた。


「ガハッ!!!」


決して、稽太や空蹴が弱いわけではない。彼らもクレイルの中では相当な実力者だ。並のモノノケや異能力者なら束になろうと、彼らには及ばない。


しかし、それは“並の実力”であればの話である。クレイルは骸の声の強さを少々見誤っていた。特異級、強くて災禍級の下。

その程度に思っていた。

しかし、その強さは、災害の代名詞たる災禍級の中でも上に値するほどの圧倒的なものだった。


「ケヒッ、ケヒッ!」


骸の声は二人を片付けた後、不気味に嗤いながら、再びゆっくりと塁へ歩みを進めた。

塁は一度大きく深呼吸をして、『剱』を低く構える。

骸の声は塁から少し離れたところで足を止め、突如、喉元を手で抑えた。


「ア、アー……コレデ、アッテルカ…ナ?」


骸の声はそのまま、マイクのテストでもするかのように声を出す。その声は、甲高く、ひどく不快な摩擦音を伴っていた。

塁は何がしたいのか分からなかったが、油断せずに骸の声を見つめ続ける。


「てめぇのその手。足元からしか出ねぇのか?それとも遠隔で僕の足元とかからも出せんのか?まぁ、どっちにしろ、僕の眼の前で異能を使うったのは悪手だったな」


塁の問いに対し、骸の声は一度首を傾けてから、感情のない、少し高めの声で塁へ話しかけた。


「オレ……ハ、マダ……異能ヲツカッテ……ナイゾ?」


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