避難訓練
「と、まぁ結論で言うと、地震で神白が宇宙空間に放り出されたら、速攻で窒息死した挙句、身体中の血液が気化して体が二倍くらいに膨れ上がってバカきしょくなる訳だ。わかったかお前ら」
「ちょっと待て―い!!!!」
昼休みが終わり、六時間目の避難訓練に向けての灰田の授業が始まった。
最初はしっかりと地震が怒っった際の避難方法や、教室以外の場所に居た際の避難場所などについてしっかりレクチャーしていたが、段々おかしくなっていき、最終的には僕が宇宙で生き残るにはという授業に成っていた。
「どうした神白。声でかいな発情期か?」
「僕の発情期とか誰得だよ!!僕が言ってるのはなんで僕が勝手に殺されてるのかってことだ!!というか地震の話どこ行った!!?」
「仕方ないだろお前しか例えがねぇんだから」
「僕以外にも居るだろ!この空間だけでも30人以上居るわ!!」
「何いってんだ。大事な生徒を例えでも殺すことなんてできねぇよ」
「僕もお前の生徒だわ!!!」
僕は眼を血走らせながら教室に声を響かせる。
灰田は平然とした顔で剃りきれていない髭を撫でている。
「先生な、さっき久しぶりに力水買ったんだよ」
何この人。
話題の転換早すぎて一瞬分かんなかったわ。
「そういや、力水ってなんて読むんだろうな。力水?それとも普通に力水?それとも斜め上の力水?」
「そこは僕も良く分かんないけど、力水だけは絶対無い」
そこで美玲がその議題に終止符を打つ。
「『ちからみず』って書いてあるよ。ほら」
そう言って机の中から力水を出し、その缶に指を当てる美玲。
「ホントだ!!『ちからみず』って書いてある!」
子供のようにはしゃぐ灰田。
僕はその様子を見て、なんで机の中に力水入ってんだよと思ったが、敢えて何も言わない。
「で、もとの話に戻るんだけどさ。この裏っ側にある間違え探しがなかなか解けなくてよ。7つの間違いがあるらしいんだけど、最後の一つが見つけらんなくて困ってんだよ」
「どれどれ?」
僕は隣の美玲が持っている力水の缶を見る。
確かに7つの間違いがあると書いてある。
「今のところ見つけられてるのが、後ろのポスターの文字と、猿の手、フラスコの溶液、博士の手、博士の眼、博士の服くらいだな」
灰田は力水片手に指を折って数を数える。
博士多くない?
「ここじゃないの?ここ」
僕が灰田の言葉に疑問を持っていると、またも美玲が指を指す。
指を指した先には、イラストの中の机の上に力水が置いてある部分。
僕はその部分を見比べる。
するとそこにはわかりにくいが間違いがあった。
「力水って書いてあるのが、力氷になってる?」
「ホントだ!!!『力氷』って書いてある!!」
僕が独り言のように呟くとそれに反応して灰田が再び声をあげる。
「いやー、ずっと残ってたモヤモヤが晴れたぜ。気になりすぎて、夜中も10時間しか寝れてなかったからな。助かったぜ」
「快眠じゃねぇか」
僕達がくだらない会話をしていると、黒板の上のチャイムから普段聞こえない声が聞こえる。
『訓練、訓練、地震が発生しました。生徒の皆さんは机の中に潜って、頭を出さないでください』
結構な音量で流れた声に僕は少しびっくりした。
そしてすぐさま机の椅子を出して中に入る。
周りも同じように机の中に身体を縮こめて入る。
なんか、こういう狭い空間って安心するよな。
昔、ドラえもんが押し入れの中で寝ているのに憧れて、押し入れの布団を全部出して中で昼寝したっけ。
そしたら姉さんが「開けないと息詰まっちゃうわよ」と言って、襖を少し開けて来て、僕は(開けたらドラえもんじゃないじゃん)と思っていたけれど、いざ襖をすべて閉めて中にいると意外と暗くて、怖くなったから結局少し開けるという選択をしてしまう。
昔からモノノケとは関わってきていたけれど、暗いところや雰囲気があるところなんかは未だに少し怖い。
「へいへい」
僕が昔の思い出を思い出して、しみじみしていると美玲が僕の膝を突いてくる。
「なんだよ」
「イチイチしようぜ。イチイチ」
「っへ、僕は強いぜ。ナメてかかると痛い目見るけど良いのか?」
「ナメてもらっちゃあ困るのは私の方だね。私は嘗て、見聞色の覇気を持っていると言われたくらいだからね」
「かかってきたのお前だけどな。つーかイチイチごときに見聞色使うなや」
「おい、お前らあんま喋らない。喋ってるのバレたら俺のせいになるんだからな」
僕と美玲が人差し指を指し合っていると、頭上から灰田の声が聞こえ、僕達は素直に指を引っ込め、縮こまる。
それからしばらくした後、教室に「地震が収まったので、ゆっくりと机の中から出て、焦らずに校庭に避難してください」という放送が聞こえる。
「っだぁー。ちょっと潜ってただけなのに腰いってぇな」
それを聞いた僕達は机の中から出て、身体を伸ばす。
「あーい、じゃあ廊下に並んでそのまま6組の後ろについて校庭まで降りろー」
面倒くさそうに灰田は頭をかく。
僕達は少しの間1~6組が出ていくのを待つ。
来た順で並ぶため、僕は後ろの方で「まだかなー」と思いながら、窓から外の景色を見る。
今日は珍しく、空は厚い雲に覆われており、曇っている。
(雨降りそうだな…)
そんな事を考えていると、6組が降り終わったのか、8組や9組が階段前まで列を組んで出てくる。
9組の方には桜木先生の姿が見える。
何故だか少し嬉しそうに見える。
何か良いことでもあったのだろうか。
6組が降り終わったため、僕達7組は前から順に少しずつ階段を降り始めた。
僕も前に進もうとしたら、8組の女子が8組のクラスの前で頭を抱えて少しふらつき、壁にもたれかかった。
一瞬、その場がざわざわとしたが、そこで桜木先生がその女子に声を掛ける。
「大丈夫?気分悪いの?ちょっと休もうか」
そう言って桜木先生はその女子の手を取り、8組のドアを開ける。
「でも…人数確認……」
女子生徒は小さな声を漏らす。
その声は少し気分が悪そうだ。
「大丈夫、先生方に連絡しとくから今は休もう?体調悪いのに無理に動いたら悪化しちゃうしね」
「…はい」
女子生徒は口元を抑えながら、桜木先生と共に8組の教室に入る。
その様子を横目で見ながら、僕は7組のクラスメイトと共に階段を降りた。




