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干しイカ

 クレイルの部隊見学というあんまし面白みもないのに地味に長いイベントから数日が経っていた。

あの日から、千弘が学校を欠席している。

欠席してる理由は知らないが、おそらく風邪とのこと。

しかし、心配である。

前に千弘は「僕、こう見えて結構身体強いんだよ。一年でも風邪2~3回くらいしかひかないからね!」と可愛く言っていた。

僕はその時何も考えず、千弘をベチャベチャに舐め回そうとしたが、今思うとあれは『俺風邪引かないんだよねーイキり』というやつだったのかもしれない。

少しくらい反応してやればよかった。

反応してやってれば、今みたいに身体を壊すことはなかったかもしれない。

いや、今更考えても遅いか。

というか、普通『俺風邪ひかない体質なんだよねアピール』するか?

相場は『俺昔から身体弱くて風邪ひきやすいんだよね―アピール』じゃないか?

ほら、『俺寝てないんだよね―アピール』だって、どっちかって言うと自虐じゃん?

僕はそんなくだらないことを考えながらトイレを出て、教室へと向かった。

今は昼休み、教室の至るところから生徒たちの騒ぐ声が聞こえる。

廊下を歩いていると、男子生徒が横を走って通ったり、女子生徒達数名が世間話をしながら歩いたりしている。


(絶対なんか起きるやんこれ)


嫌な予感を感じながら教室のドアを開け、中に入るとものすごいイカの匂いが鼻をくすぐった。


「クッセ!!んだこれ!!」


咄嗟に鼻を摘んで、匂いをシャットアウトするも、口を経由して僕の嗅覚をイカが占領する。

クラスの中を見ると、皆鼻に洗濯バサミをつけている。

そして、教室の端に寄って「換気しろ―!!」とか「してるけど、外にもッ!!!」と何か焦っている。

鼻をつまみながら足を進めると、中鳶が僕のもとへ近づいてくる。


「やぁやぁカミロ氏。ようこそ地獄へ」


「地獄っつうか、魚市場だろ」


「たしかし」


「というか、どうなってんだ?何この匂い」


「いつもの人ですよ」


「そうか、いつもの人か」


僕は納得したように首を縦に振り、いつもの人の席へ向かう。


「あ、塁くん。戻ってきたんだね。長かったけど、うんこ?」


「美玲、なんだそれは」


いつもの人とは、美玲である。

美玲は明らかに普通の女子高生が食うわけない茶色い物体を食いちぎっていた。


「何って、干しイカだよ。知らないの?」


「いや、知ってはいるけど。なんで干しイカ?」


「食べたかったから」


そうか、食べたかったからか。

しかし、不思議だ。

なぜ美玲が干しイカを食べるだけで、こんなに教室中がイカ臭くなるんだ?

僕は教室の隅々まで目を凝らして見る。

すると、僕の鼻が窓の方から以下の匂いが流れてくることに気づく。


「まさか…」


僕は目を細めながら窓へ向かって足を運ぶ。

窓は、一見普通に見える。

だが――――


「ふん!!」


窓に着いていた外の背景をプリントしたシールを剥がす。

剥がした窓から見えるのは巧妙に隠された洗濯用ハンガー。

その洗濯用ハンガーの洗濯バサミにつながっているのは串を刺した干しイカ。


「…………」


僕はそれを睨みつけながら、取るために窓から半身を外に出す。

するとベランダの床、つまり教室からは見ることがない場所に干しイカが乗ったザルが立てかけられていた。


「えぇ!!!」


それもとんでもない量が立てかけられていた。

僕の教室のベランダの端から端までザルが立てかけられている。

僕は一度、ベランダに出て、ざるをすべて回収する。

ついでにハンガーも。

そして、ハンガーを手に持ちながら美玲の方に視線を向ける。

美玲は僕の視線に気づいたのか、僕から視線を向け、汗をかいている。


「ふぅ……」


僕は一度、大きく深呼吸をする。

そして――――


「オラアアアァァァ!!!!!!」


スタープラチナ並の勢いですべてのザルをぶん投げる。


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!」


それを見た美玲が涙を流しながら僕に詰め寄ってくる。


「どぅ゙じでぇ゙クチャクチャ、ぞん゙な゙ごどクチャクチャ、ずる゙の゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙クチャクチャ」


「干しイカクチャクチャさせながら喋んじゃねぇ!!!」


僕がそう言うと、美玲は一度離れ、干しイカをすべて口の中に入れ、少しの間クチャクチャさせ、飲み込む。


「あ、挟まった。ちょ塁くん爪楊枝持ってない?」


「持ってるわけねぇだろ。図々しいな」


「ずっとこのままか……」


1人絶望する美玲。


「というか、なんで学校のベランダでイカ干してんだよ」


「え?いや、なんか干しイカ食べたいなーって思って」


「買えよ!」


教室中にイカの匂いがついてんじゃねぇか!!


「まぁまぁ、そんなかっかしないの。ほらこれ食べる?」


そう言って美玲は鈍い黄金色に輝く物体を取り出し、僕に差し出す。


「てめぇ干し芋まで干してやがったのか!!!! 」


「安心してよ。ちゃんと虫が寄らないようにネットも貼っておいたし」


「論点そこじゃねぇ……!」


「まぁまぁ、防虫はしっかりしたからいけるよ?塁くんのは特別にちゃんと虫除けスプレー塗っといたし」


「食えるか!!!」


僕と美玲が言い合っていると、教室の扉が開き、灰田が入ってくる。


「うぃー、ってクッサ!!!」


教室に入るやいなや教室中に充満する匂いに鼻を摘む。


「なんだこの匂い。誰か夢精でもしたか?」


教師が立場上絶対に言ってはいけない言葉を言う灰田は黒板の前に立つ。


「おーいお前ら何してんだ?早よ席つけ。今日は6時間目に避難訓練あるから、そのために避難訓練の何たるかをお前らに教えなきゃいけないことになってんだ」


そういえば、今日は避難訓練だった

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