この人僕のこと殺そうとしてない?
僕は腕まくりをしながら訓練場の中心にある戦闘用?っぽい場所へと足を運ぶ。
「ルールは?どうやって戦うの?ダンスバトルとか?」
「なわけないでしょ」
氷花さんも僕の後ろをついてくるように歩き始める。
「ちょ、ちょっと!」
氷室先輩は何か言っているが、僕を止めることはできない。
「先輩…大丈夫ですよ」
僕はさわやかな笑顔を見せながら目を細める。
「塁君……」
僕は一度「フッ……」と笑って言った。
「こいつボッコボコにして全裸土下座させてやるんで」
「お姉ちゃん刀貸して」
「すいません!調子乗りました!!」
早くも僕は氷室先輩に土下座をかます。
なかなかに良い姿勢だ。
長年の修行で身についた黄金比の土下座。これは窓際に追いやられたサラリーマンにしかできない芸当だぜ。
「はぁ……まぁいいわ。その代わり、絶対に勝ってね」
「任セロリ」
「早く行きなさい」
「はい」
僕は速足で氷花さんの正面に向かう。
「んで、ルールは?」
「あんた度胸あるわね。そこは尊敬するわ」
なんだろう。素直に喜べない。
「ルールは簡単。私と木刀で本気の勝負。斬り合うだけよ」
「本気の一撃当たったら僕死ぬくない?」
「大丈夫よ。死なない程度に手加減するから。それにある程度の怪我は萌葱さんが治してくれるし」
「萌葱さん?」
「うちの回復役の人よ」
「はぁーん」
「じゃあ始めるわよ。あんたはハンデとして異能使っていいわよ。武器を出しなさい」
「ほいほい」
僕は氷花さんに言われたようにカゲロウで『絶刀:空絶』を生成する。
一応、殺さないように刃は潰してね。
僕は空絶を両手で握り、中段に構える。
氷花先輩は、木刀一本を無造作に、しかし完璧な体勢で構えた。
「鏡花、あなたが合図してちょうだい」
「ああ、はい」
周囲の視線が、一気に緊張を帯びる。
そして、遠くで氷室先輩が小さく手を振り下ろすのが見えた。
「始め!」
その合図が空間に響くか響かないかの刹那、氷花先輩の姿が残像を残して消えた。
ヒュッ、という空気を切り裂く音。
次の瞬間、僕の首筋に木刀の切っ先が迫っていた。僕は咄嗟に身体を後方に反らし、間一髪でその一撃を避ける。鼻先を掠めた木刀の衝撃波が、肌をチリチリと焼いた。
「意外と反射神経良いわね……」
氷花先輩の口元から、微かに、そして悔しそうにその言葉が漏れた。
だが、驚く暇はなかった。
避けた先の僕に向かって、氷花先輩はとんでもない速度の跳躍で間合いを詰め直してきた。彼女の木刀は、最早ただの木ではない。
上段、下段、胴、そして突き。
幾度となく怒涛の攻撃が僕の防御を叩き込む。
キンッ!ガンッ!
僕は『空絶』を振るい、その猛攻を凌ぐ。
しかし、受けるたびに腕が痺れた。
(木刀ってこんな硬かったっけ?)
木と木がぶつかっているはずなのに、まるで鋼鉄同士が激突しているかのような重い衝撃が、僕の手に伝わってくる。
彼女の力は、普通の人間が持つ膂力ではない。
避けているだけでは埒が明かない。そう直感した僕は、次に振り下ろされた木刀を、強めに弾いた。
キィン!
氷花さんの木刀を強めに弾く甲高い音と共に、氷花さんの体が半歩よろめいた。
僕はその隙に、大きく後方に飛び退いて距離を取り、呼吸を整える。
そのとき、僕の視界に入ったのは、氷花先輩の異様な変化だった。
彼女の周囲には、いつの間にか冷気が渦を巻いており、口を開くと白い息が激しく漏れ出ていた。
彼女が立っている地面の土には、うっすらと霜が張り始めているようにさえ見える。
その様子を見た瞬間、戦闘区域の外にいた第一部隊の隊員たちが一斉に顔色を変え、慌てて氷花先輩の背後に回り込み始めた。
まるで、彼女の後方から何か恐ろしいものが噴き出すのを防ごうとしているかのようだ。
よくわからないが、とにかくヤバいものが来る。
僕の本能がそう叫んでいた。
「ちょちょちょ、タンマタンマ!」
僕は叫んで両手を上げるが、氷花先輩の目は既に僕を見ていなかった。
彼女は口元の白い息を気にすることなく、木刀を力強く振り上げた。
次の瞬間、木刀の切っ先から巨大な氷の塊が生成された。
それは凄まじい勢いで膨張し、僕めがけて巨大な壁のように成長する。
ゴオオオオオオ!
冷気の轟音と共に、僕は反応する暇もなく、その圧倒的な氷塊に飲み込まれたと思った瞬間、どこからか声が聞こえた。
「『精華』」
しかし、次に僕が目を開けたとき、体は無傷だった。
僕と氷花先輩の巨大な氷の塊は、二人の間でピタリと静止していた。
その氷塊と僕の間に、誰かが立っていた。
「だ、誰…?」
「まったく…私が居ない間に何があったのかな。まぁいいか。『排斥』」
その人がそう言うと、その人の横に赤黒い鎖が現れ、渦を巻いてそこから先程氷花さんが出したと思われる氷が逆に氷花さんへと向かって放たれ、止まっていた氷を砕き割って氷花さんを吹き飛ばす。
「ぐっ!!」
氷花さんはその氷を木刀で受けたようだが、木刀は2つに割れ、その勢いを殺しきれず、壁に打たれる。
「え、えぇ…何?」
僕はまだ状況をうまく飲み込めていなかった。




