ラットプルダウン
「すげぇなお前!隊長に筋肉で勝てる奴なんてそうそういねぇぞ!!」
「いつもどういう筋トレをしてるの?すごい腹直筋ね!」
「あぁ……まぁ、あざっす」
二番隊の隊員の人たちに詰め寄られる僕。
男性だけでなく、女性にも。
少しうれしいが、数が多すぎる。
ちょっとむさくるしい。
「そのへんでやめておけ。急に来られたら戸惑うだろう」
「す、すみません!」
隊員さんたちは銅修さんの一言で、元居た場所に戻る。
なんだかすごいリーダーのような素質を感じる人だなと思った。
「すまないな。悪い奴らではないんだが、久方ぶりの新人がとてつもない筋肉を持っていたから、少し興奮してしまったようだ」
「いや、別に僕は…」
「イヤーすごかったね塁君!」
「っで!」
僕は美玲に思い切り背中をたたかれる。
イタイ。
「というかなんか今日はイキってないね」
「さすがに初対面相手にイキらないよ」
「じゃあ私は?」
「バチボコに煽り倒す」
「死ね!」
「死ね!」
僕と美玲は少し話してから殴り合いを始める。
そこで氷室先輩が銅修さんに話しかける。
「すみません五月蠅くて」
申し訳なさそうに頭を下げる氷室先輩に銅修さんは笑顔で答える。
「いやいや、元気なのはいいことだ。若いうちは元気が一番だからな」
さっぱりしてるというか、器が大きいというか、とにかく威厳があるなこの人。
「ほら!あんたらもそこらへんにしておきなさい!」
「「いで」」
氷室先輩の拳骨一突きで僕たちは大人しく並ぶ。
「ははは、お前も大変だな氷室。だが、良い拳だ。鍛錬は忘れていないようだな」
「はい」
楽しそうに話す二人の様子を見て僕は美玲に耳打ちする。
「なぁ、やっぱり氷室先輩って銅修さんとデキてるのかな?」
「デッキってるでしょ」
「そうか、デッキてるのか」
「違う違う。良い?デッキてるだよ?デッキてる。リピートアフターミー、デッキてる」
「デッキてる」
「全く違うわ。あなたのはデッキてる。私のはデッキてる。わかる?」
「ハーマ〇オニーみたいなこと言うな。というかなんも変わってないような気がすんだけど」
「そりゃ変わってないし」
「死ね!」
「死ね!」
「あんたらさっきからうるさい!!」
「「すんませーん」」
氷室先輩にまた怒られた。
「ほら、海良木さんが案内してくれるらしいから来なさい」
「「はーい」」
言われるがまま、僕たちは氷室先輩と銅修さんの後ろについてくる。
なんとなく僕&美玲の首につながれたリードが氷室先輩の手元にある気がする。
一番最初に連れてこられたのはランニングマシンのスペースだった。
隊員の人たちが並んで走っている姿はまさにジムで見たような風景だった。
ジム行ったことないけど。
「すげー、ランニングマシンって初めて見たかも」
「塁君持ってないの?」
僕の後ろからひょっこりと顔を出す千弘。
「持ってないな。高いし。スペースとるし」
別にスペースがないわけじゃないが、器具が多すぎると姉さんが舐めるし。
カブトムシみたいに。
「いくらぐらいするの?」
「本当にちゃんとしたやつは100万超えてた気がする」
「へー、うまい棒何本分だろう」
「十万本くらいじゃない?」
ここにあるのは全てその”ちゃんとしたやつ”だからここだけで軽く1000万行ってるぞ。
恐ろしやクレイル。
恐ろしやアルベールさん。
「今度足でも舐めさせてもらおう」
「足舐め?」
稽太が反応した。
僕は速攻で口をふさぐ。
「ここは皆よく使うが、ほとんどが雨天の時だけだな。外で走ったほうが気持ちがいいしな」
最近は暑くてちょっとキツイけど。
「時に塁よ。お前は一日に何km走る?」
「え?えっと…」
急に話を振られ、戸惑う僕は顎に手を当てる。
「大体…最近は30kmぐらいですかね」
「あんたそんな走ってんの?」
氷室先輩は少し引いている。
なんでだよ。
「学校の生き返りでその半分か、三分の一くらいだからね。あとは自主トレ」
「うむ、なかなかだな。走るのは好きか?」
「最近は暑いんでそんなに。でも走ること自体は嫌いじゃないですね」
「そうか、良いことだ。いつか一緒に走れる日を待ちわびているぞ」
次に向かったのはシンプルな筋トレスペース。
ここには様々な筋トレマシンがあり、多くの隊員が筋トレをしていた。
「私こういうの見たことはあるけど、やったことはないんだよねー」
美玲が器具を軽く撫でながらつぶやく。
そういえば、僕もこういうちゃんとした器具は使ったことはない。
一応自分の部屋には懸垂用の器具はあるが、あとはダンベルとかだけだ。
でもあれ軽いしなー。
ぶっちゃけカゲロウがいれば済むことだから、あんまり役に立ったことはないな。
「なら少しやってみるか?」
銅修さんの一言に美玲と僕は反応する。
「いいんすか?」
「うむ、初心者は大歓迎だからな」
初心者ではないけどね。
「へっへっへ、塁君!これでどっちが多くできるか勝負しようぜ!」
美玲が指さしたのはラットプルダウンの器具。
「おい待て、そういうことなら話は別だ。俺もやらせてもらうぞ」
そこで橘も参戦する。
そういやまだ居たのか。
「なんで橘君って勝負ごとになると絡んでくるの。友達いないの?」
美玲がすんごいドストレートに聞く。
僕も少し気になってた。
「ふ、ふん!友人など俺には必要ない!」
腕を組みながらそっぽを向く橘。
「そういや、同じクラスだけど誰かとしゃべってるところ見たことないな」
「きっと友達いないんだよ」
「おいやめて差し上げろって。気にしてるんだから笑ってやるなよ」
「「ギャハハハハハハ!!!!」」
「お前らとことんクズだな」




