かけっこだ
「ふっ…かけっこといってもこの前の入隊試験の時みたく異能を使ってはいけないというルールはないぞ?」
「は?そりゃずりぃだろ。お前何でもできんじゃん」
「っは!私はそんなんあってもいいけどね!」
美玲と橘はやる気満々。
この雰囲気になってしまうと、断れないよなぁ。
「ったく…負けたらマンション奢ってもらうぞ」
承諾する。
「待てその話はそっちでやってたやつじゃないか?俺も巻き込まれているのか?それにマンションって奢るっていうのか?」
「当たり前だろ」
「逃げたらみんなの前で土下座してもらうからね」
「む?土下座だけでいいのか?意外と軽いな」
「うん、あっつあつの鉄板の上でね」
「まさかの焼き土下座!?」
「はっはー!ざまぁみろ。うちの美玲さんは容赦ないぜ!」
「塁君もね」
「僕も!?」
これは負けることができないと僕は気合を入れる。
僕と美玲、橘はダートコースのスタート位置につく。
周りからの視線が集まる。
それはただ単に興味を持ってみる視線と、こちらの能力を吟味する視線がほとんどだった。
僕は胸に手を当て心拍を確認する。
運動会や体育祭などの少し距離を走る際にはいつもやるルーテインだ。
あ、ほかの人と一緒に走るときとかね?さすがにランニング毎時にやってたら面倒だし。
「えーじゃあ、位置についてー!」
三番隊の隊員さんが赤い手旗を上に振り上げる。
「よーい!」
その言葉で僕たちは構える。
それとともに緊張が走る。
僕たちにも、周りにも。
「どん!!!」
その短い一言と同時に僕たちはいっせいに走り始める。
出だしはまぁ良し。
土埃を蹴り上げながら、僕たちは硬いダートコースを突き進む。
隣を走る美玲と橘の気配が、一瞬で重力から解放されたかのように軽くなるのを感じた。
まず飛び出したのは、橘だった。
彼は地面を蹴りつけ、体を前傾させたその瞬間、僕の耳に掠れた小声が届いた。
「アクセル・ブースト、ウィンド・ブラスト…!」
次の瞬間、彼の体全体が薄い青白い光に包まれ、足の先から圧縮された空気が放たれる。
その光と風が彼の異能によるものだと、僕は瞬時に理解した。
彼は地面を蹴ったというより、空気を滑るようにして僕の視界の端から一気に前方へと突き抜けた。
その速度は残像すら残さない第三部隊の隊員たちとほぼ同じと言っても過言ではない。
美玲は、橘とは対照的だった。
彼女の体から立ち上る霊力は目に見えないが、一歩ごとに重い霊的な波動が地面を圧し、バネのように強烈な推進力を生み出している。
純粋なフィジカル強化による速度は、橘の異能による加速には及ばないものの、一歩の踏み込みの深さと爆発力で猛追している。
そして、僕。
異能も霊力もない僕は、ただ己の肉体だ。
その鍛錬を、今、この瞬間にぶつける。
橘が100メートル地点で既に五メートルほどのリードを奪っていた。
美玲がそのすぐ後ろを、霊力の波動を纏いながら追いかける。
僕は、歯を食いしばり、彼らの霊的な出力を全身で感じ取りながら、ギリギリの差で三人目を走っていた。
「くっそ!」
橘は余裕の笑みでこちらを振り返りながら、さらに速度を上げた。
美玲は食らいつくように身体を低くし、霊力をさらに押し込める。
ここからだ。
僕の武器は持続力と、音速に耐えうる肉体の設計だ。
残り200メートルを過ぎた辺りで、橘の青白い光が僅かに乱れた。一方、美玲は逆に加速し、橘のすぐ真横に並びかける。
異能に頼る橘に対し、美玲の強化されたフィジカルが、ダートコースの不規則な地面の抵抗に強かったのだ。
そして、その一瞬の隙を見逃さなかった僕の鋼の肉体が唸りを上げた。
グンッと、足の筋肉が限界を超えて収縮し、まるで圧縮されていたバネが解放されたかのような速度で地面を蹴り飛ばした。
霊力も異能もない。
あるのは、「負けたら焼き土下座」という理不尽な重圧と、その土台を支える常軌を逸したフィジカルだけだ。
「仕方ない…少し、本気を出そうか」
僕の肉体は空気の壁を切り裂き、橘と美玲のすぐ後ろ、二人の背中を射程圏内に捉えた。
「なっ!?」
橘が驚愕に目を見開く。
残り50メートル。勝負は、純粋な破壊力と肉体の意志に委ねられた。
僕は少し首を2人に傾け、小さくつぶやく。
「この勝負、僕に勝ちだ」
この一歩で、僕は勝敗を決める。
僕は本気で足の筋肉に力を入れる。
そして力強く地面を蹴り上げた。
しかし……。
「あっ♡」
思いっきりコケた。
砂が僕の足の踏み込みに耐えられず、めり込んだ。
そして僕は顔面から地面に勢いよく倒れる。
「ちょちょちょちょっと待て!!!」
ちょうど僕の後ろにいた橘はスピードを落としきれず、僕の方へ一直線で進んでくる。
「あっ♡」
そして橘も倒れる。
故にゴールを勝ち取ったのは―――。
「イェーイ!私の勝ちー!!」
美玲であった。




