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第七話:オタクは厄介4


「佐倉先輩?どうして此処に…」


塁の問いに、佐倉琴音はわずかに眉を下げて答えた。


「少し前から見てたのよ。あなたの反応からして、多分帰ってないんじゃないかなって思って…戻ってきたの」


彼女の視線が、地面に伏せられたオタクモノノケへと向けられる。


「………い、いつから見てました?」


塁の問いに、佐倉琴音は小首を傾げる。


「え?…大体、プールに入ってったところ辺りからだけど…」


「ほっ、よかったー」


安堵の息を漏らす塁に、佐倉琴音は純粋な疑問を投げかける。


「何が?」


「いえいえ、何でもありません!別に女子更衣室になんて入ってないですよハッハハ!」


なぜか早口になる塁。内心はひどく焦っていた。


「女子更衣室?」


佐倉琴音は、まだ状況を飲み込めていないような表情で首を傾げたが、すぐに「まぁいいわ」と呟き、地面に這いつくばるオタクモノノケに近づいていく。切断された右腕とは逆の左腕に、そっと触れた。オタクモノノケは涙目で彼女を見上げる。


「よいのですか?」


小声でカゲロウが塁に問いかける。


「まぁいいんじゃない?これでアイツが納得するなら、倒すまでもないし」


塁が二人を見守る中、オタクモノノケがか細い声で佐倉琴音に語りかけた。


「さ、佐倉ちゃん…」


その呼びかけに応えるように、佐倉琴音も静かに口を開く。


「ごめんなさい。私は、あなたのことを思い出せません。どんなに心を探しても、あなたの記憶は見つからない。けれど…」


彼女の声に、微かな震えが混じる。瞳の奥には、深い悲しみと、しかし確かな慈しみが宿っていた。


「あなたが、私を想ってくれたこと。その純粋な、そして切ないまでの気持ちは、決して忘れません。あなたのような人が、確かに存在したということも。だから…」


佐倉琴音は、まるで祈るかのように、震える声で懇願する。


「どうか……どうか、安らかに成仏してください…」


その願いのこもった言葉に、オタクモノノケは「佐倉ちゃん……」とかすれた声で応えた。しかし、オタクモノノケの反応は、塁たちの想像とは違った。


「ふ、ふざけるなよ!!クソが!!吾輩のことを…覚えていないだと!?吾輩がどれだけお前のことを想っていたと思ってるんだ!!」


狂気を孕んだ咆哮と共に、先ほど塁に放ったような拳が、佐倉琴音目掛けて振り抜かれる。佐倉琴音はそれに怯み、頭を守るように両手で顔を覆った。

拳が当たる直前、塁が割って入る。その動きは、見る者すべてが息を呑むほどの速さだった。


「厄介オタクかよ。最低だな」


大砲のような拳を真正面から受け止め、弾き返す。そして、即座に剣を構え――。


凰牙(おうが)人越(じんえつ)()ち」


一閃


夜の闇を切り裂くような剣閃が走り、オタクモノノケは、その巨体を一刀両断された。

それと同時に僕とオタクモノノケ、そして佐倉先輩の間を突風が吹き抜けた。


「あ…ああ……」


オタクモノノケは霊力が殆ど無くなっていたのか、一瞬で完全に消滅し、シンとした静寂がグラウンドを包み込む。空には満月が煌々と輝き、その光が校舎の影を長く伸ばしていた。


「カゲロウ、戻れ」


塁が呟くと、彼の首に巻かれた漆黒のマフラーがわずかに揺らぎ、その中に大剣が吸い込まれるように消えていった。佐倉琴音は、まだ少し震える手で顔を覆ったまま、その場に立ち尽くしていた。その表情には、恐怖と困惑が入り混じっていた。


「ったくよぉ…厄介な野郎だったぜ。アイツ、絶対VTuberが引退したら『ふざけんな金返せ!』とか言い出すタイプだろ」


塁は、先ほどの激しい戦闘でズタズタになった地面を、まるで砂遊びでもするかのように足でならしていた。その間にも、彼の目はちらりと佐倉琴音の様子を伺っている。


「ダイジョブっすか?先輩」


塁の声に、佐倉琴音はゆっくりと顔を上げた。彼女の瞳には、まだかすかな動揺と、しかし確かな疑問の色が宿っていた。


「あ、うん…ごめんなさい。少し、びっくりして…」


彼女は小さく震える息を整え、塁の方へ向き直った。その視線は、マフラーへと吸い込まれていった剣の残像を追っているようだった。


「その、見てる時から気になってたんだけど…今のって………」


塁はわざとらしく咳払いをした。


「ま、世の中、見えないものの方が多かったりしますからね。先輩は今日、ちょっと特別なものを見ちゃった、ってことです。これも何かの縁ってやつですから」


「特別な…もの…」


先輩は少し何かを考えながら空を見上げる。


「さっきの人も…人じゃないかもだけど、幸せな所に行けたのかな……」


無理でしょ。


「い、行けるかもっすねー……」


「そっか……だといいね」


そう言って先輩は静かに笑った。


「そうだ、時間って大丈夫?もう結構遅いけど…」


「あ!!」


僕は咄嗟に校門近くにある時計を確認する。

時計の針は7時の30分を過ぎようとしていた。


「7:30!?まずい!!姉さんに何されるか……!!」


「よく見えるね…」


佐倉先輩は時計の方を見て目を細める。


「すみません!!僕ちょっと急ぐので!」


「あぁちょっと!グラウンドどうするの?」


そうだったぁ……。

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