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第六話:オタクは厄介3


「あの子は、吾輩のことが好きなんだ!」


よし、会話は無理そう。


「……えーっと、君が佐倉先輩のことが好きなんじゃなくって?」


「あの子…佐倉ちゃんは吾輩の初めての友達だったんだ。吾輩はもともと友達が少なかったけど、彼女は吾輩みたいなやつにも話しかけてくれたし、席替えで隣の席になったときは『よろしくね』って言ってくれた。それに消しゴムを落としたときなんか『落としたよ』って言って拾ってくれたし、これはもう吾輩のことが好きっていうことだよね。うんうんそうだ。」


すげー早口で過去を語り出したよ。

まぁでもわからんでもない。

女子に消しゴム拾ってもらったら勘違いするよな。

わかるわかる。


「けど…吾輩は死んでしまった………」


「ま、まぁそれは残念だったな。ちなみにどうやって?」


「家にあるフィギュアを舐めめ回しているときに親が部屋の中に入ってきて、それに驚いて机の角に頭をぶつけて…」


こういうこと言うのもアレだけど、死因くだらなすぎだろ。


「けど、吾輩は死んでから楽しくなってきたんだ。みんなからは見えなくなったけど生前も同じような感じだったからダメージはないし、むしろ何をしても周りから気づかれることはない。吾輩は何でもできるんだ。もちろん、佐倉ちゃんを好き勝手もできるし…」


グヒヒと汚らわしい笑いを見せる。

うーんキモ。


「なんだと!?」


ヤベ、口に出てしまった。


「そもそも、お前なんなんだよ。急に佐倉ちゃんと普通に話して…何なんだよ何なんだよ!!」


おっと、少しマズイな。敵意が生まれてきた。

これは危ない兆候だ。モノノケは人間よりも自分の感情をコントロールしにくい。少しでも敵意が芽生えたらそこからドンドン沈み込んでいく。

それより驚きなのは、さっきのを見られてたってとこだ。


「ま、まぁまぁ落ち着けって」


「うるせぇ!!吾輩の佐倉ちゃんと馴れ馴れしくしやがって!!!」


その瞬間、オタクモノノケが肥大化しだした。これはうちに秘めた霊力が表に出たな。

分析しているとオタクモノノケが唸り声をあげながら右ストレートを打ち込んでくる。


「ぐおおおおぉぉぉ!!」


「おっと」


おいおい。自分の立場が分かっておられないようで?

こっちはお前を倒す手立てはいくらでも持ってんだぜ?


「凰剣『剱』」


カゲロウが手元に収束し、長刀の黒いサーベルを構築する。

今日は剣の気分だ。

剱は太く、大きく、ゴツい男のロマンが詰まった様な武器だ。それに黒いからね。

僕は剱を構え、オタクモノノケに言い放つ。


「生憎だが、お前の勘違い恋愛事情に付き合ってる時間はないんだ」


僕がそう言い放つと、オタクモノノケは怒号をあげる。


「勘違いじゃない!吾輩と佐倉ちゃんは両思いだ!!!」


あー、こりゃ重症だわ。


           ◇


 静寂に包まれた夜のプールサイド。月光が水面に揺らめき、微かな風が波紋を広げる。水のせせらぎだけが、この場の静けさを際立たせていた。塁と、その対面に立つオタクモノノケ。両者の間に張り詰めた空気が、プールの塩素の匂いと共に鼻腔をくすぐる。

最初に動いたのはオタクモノノケだった。その巨体が地を揺らし、まるで砲弾のように巨大な右拳が塁目掛けて振り下ろされる。


「大砲パンチ!!!」


それはまさにその名の通り、破壊の象徴たる「大砲」であった。しかし、その巨体が故か、動きは緩慢に映る。いや、厳密に言えば、塁にとってはあまりにも遅すぎた。


「はっはー!見えちまえば、どんな攻撃も止まって見えるんだぜー!」


大剣を軽々と操り、紙一重で攻撃をかわす塁。時には宙を舞うように回転し、その身のこなしには一切の迷いがない。だが、塁には時間がない。校舎からはまだ教師たちの気配がする上、下校時刻はとっくに過ぎていた。


(バレたら結構ヤバそうだな…)


「早めに終わらせるか」


塁の内心とは裏腹に、オタクモノノケの怒号が響く。


「お前になんか……負けるかぁぁぁぁ!!!」


嵐のような連撃が塁に迫る。しかし塁は、最小限の動きでそれを躱し続け、じりじりと距離を詰めていく。


「な、なぜ当たらない!?」


当たらない苛立ちに、オタクモノケが呻く。


「僕、結構、目ぇいいんだよね」


特に、動体視力には絶対の自信がある。この剣術は、塁が我流で編み出したものではない。彼の師匠から教わったものだ。師匠は生粋の日本人で、日本刀の扱いに慣れ親しんでいたため、初めて西洋のサーベルを手にした際には「西洋のサーベルは初めて使う」と戸惑っていたほどだ。しかし、彼はわずか一ヶ月でサーベルの強み、弱点、特性を完全に理解し、それに最適な剣術を創り上げた。塁はただ、その剣術を習得し、己のものにしたに過ぎない。真に恐るべきは、師匠の才覚なのである。


「ウごふぁ!」


かっこつけていたら不意にプールサイドの水たまりに滑る。その隙を突かれ、オタクモノノケの拳が塁を捉えた。だが、間一髪で首を傾けたことにより、重症には至らない。頬を掠めた程度の傷で済んだ。

先ほどまで立っていた場所から、グラウンドの端まで吹き飛ばされる塁。勢いを殺すため、剣を地面に突き立てる。地には深く切り傷が刻まれ、土煙が舞い上がった。


(あー、こりゃ後で埋めとかないとな…)


プールのコンクリートではないだけマシだと、塁は息をつく。


「ま、どっちみち避けてばっかじゃ倒せないしね」


「避けなかったらお前は死ぬだけだぞ」


ゲラゲラと下品な笑い声を上げながら、オタクモノノケがプールから飛び出し、地面に大きなクレーターを作りながら着地する。


「あ、お前そこ壊すなよ。結局直すの僕なんだぞ!?」


「知るかよ、ヴァーカ!!!」


「Wow、ネイティブ~」


再び塁目掛けて、巨躯から放たれる右ストレート。だが、先ほどまでと違うのは、塁が避ける体勢ではないことだ。塁は大剣のフラー(刀身の中心部)を体の中心に構える。その瞬間、飛来した拳が細切れになる。まるで、目に見えない刃に切り刻まれたかのように。


「ぐぎゃああぁぁ!!いっでええぇぇ!!!!!」


肘から上が無残にも細切れになり、体から離れた破片が灰のように崩れ散る。オタクモノノケは、あまりの痛みにのたうち回る。


「おら、騒ぐんじゃねぇ男だろ。それによく言うだろ?殴ったほうの拳も痛いって」


「ううううぅぅ……お前のは剣だろぉ………」


「あ、そうだった」


痛みで顔を歪めるオタクモノノケに、剣を肩に担いだまま塁が歩み寄る。それを見たオタクモノノケは、無様にも命乞いを始めた。


「ま、待ってくれ。吾輩はまだ死にたくないぃ!!」


しかし、塁の足は止まらない。


「つーか、もう死んでんだろ」


塁は肩から剣を降ろし、構え、オタクモノノケに振り下ろそうとしたその時だった。


「やめて!!」


背後から、澄んだ声が響く。振り返ると、そこには佐倉先輩が立っていた。月の光を浴びて、彼女の表情はどこか儚げに見える。


「佐倉先輩?どうして此処に…」

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