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異反者  作者: 二代目とくとくかい
第一部:慚愧服膺篇
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第五話:無力化

累の目の前に立ちはだかるのは、氷室先輩が「お姉ちゃん」と呼んだ謎の女。

彼女は冷徹な手つきで鞘に添えた手に力を込め、ゆっくりと刀身を露わにする。


「鏡花を襲おうとした報いよ……覚悟しなさい」


その瞳には一点の曇りもない殺意が宿り、抜かれた刀身からは、周囲の空気が凍りつくほどの凄まじい霊力が溢れ出していた。


「襲ったって……盛大な勘違いをしてらっしゃらない?僕は助けてやったんだが?」


「助けた……? 吐き気のする虚言ね。なら、あの腹の傷は何だというの」


氷室姉の眼光がさらに鋭さを増す。


「だからあれは……いや、待てよ……元を辿れば僕のせいか?」


累が自問するように小さく呟いた瞬間、彼女の瞳は完全に「敵」を屠る色に染まった。


ザィィン!!!


「っぶねぇ!!」


累が危機一髪で身を翻すと同時に、一瞬で間合いを詰めた氷室姉の剛剣が空を切り裂いた。

躱した背後にあった民家は、直後、轟音とともに巨大な氷塊へと飲み込まれ、沈黙する。


(……洒落になってない。あれに当たったら一瞬で彫刻送りだ)


累の額を冷たい汗が伝う。即座に地面を蹴り、距離を取る。


「これは……死ぬ気でやらないと本当に死ぬな」


累は独学の、それでいて生存本能に裏打ちされた特有の構えを取る。


(避けた……? 勘が良いだけではないわね)


氷室姉は累を射抜くように見据え、冷静に分析する。同時に、刀身へさらなる霊力を注ぎ込むと、瞬時に氷の牙が刃を覆った。


「死ね!!」


一閃。

大振りに振るわれた刀身から、無数の氷の礫が槍のように累へと襲いかかる。


「ほっ、はっ、とおお!!」


累はまるで重力から解き放たれたかのような軽快さで、飛来する氷の弾丸を紙一重で回避していく。

そのまま、止まることなく氷室姉の懐へと距離を詰めた。


(……あれ? 思ったより体が動く。軽いぞ)


「これも捌けるかしら!!」


叫びとともに、氷室姉は無数の氷槍を一箇所に収束させ、一本の巨大な氷柱へと変貌させて放つ。

累は正面から迫るその「壁」を跳躍で避けると、あえてその氷柱の背に乗った。

そのまま全力で氷の上を疾走し、最短距離で彼女の眼前へと肉薄する。


(刀使いは懐に入ればこっちのもの……漫画の知識が正しければな!)


累は奥歯を噛み締め、渾身の力で右拳を振り上げる。


(せめて、刀だけでも叩き折る!!)


しかし、その一撃が空気を裂く瞬間。

氷室姉は極めて滑らかな動作で刀から手を放し、累の突進の勢いを利用してその腕を往なした。


「――ッ!?」


ドッパァァン!!!!


カウンターで叩き込まれたのは、氷の硬度を纏った掌底だった。

顔面を直撃した衝撃に、累の視界が歪む。

体は木の葉のように吹き飛び、数軒先の民家の壁を突き破ってようやく止まった。


「チッ……霊力の探知は得意じゃないけれど、仕留め損ねたかしら」


吐き捨て、氷室姉は墜落した累を探しに、刀を鞘に収め、歩き出す。

一方、瓦礫の山に埋もれた累は、壁にめり込んだまま溜息をついた。


「はぁ……なんか僕、今日ぶっ飛ばされてばっかじゃない……?」


体の頑丈さだけは一人前だ。


「あの野郎……美玲に殴られて脆くなってた方をわざわざ狙いやがったな。くぅ、痛ぇ……」


殴られた右頬はパキパキと音を立ててひび割れ、陶器の破片のようなものがポロポロと剥げ落ちる。


「おい」


すると、胸のあたりから聞き覚えのある、しかし不気味な声が響いた。


「あ、そういやお前いたんだったな」


累が翼隙間を覗き込むと、そこから「黒いの」がニョキっと顔を出した。


「当たり前だ。感傷に浸ってる場合か。このままじゃお前、本当に負けるぞ」


「……なあ。話せば分かってくれないかな、あの人」


「あの形相を見たろ? ありゃあ理屈が通じる相手じゃねぇ。完全に『妹を傷つけた害獣』を見る目だったぜ」


「だよねぇ……やっぱやるしかないか。でも、相手は氷室先輩のお姉さんだ。大怪我でもさせたら、後で先輩に合わせる顔がないよ」


累は最悪の展開を想像して顔をしかめる。


「別に倒す必要はねぇ。無力化なり何なりすりゃいいだろ」


「無力化って……テーザー銃でもあるまいし。気絶させるにも、真っ向勝負じゃ分が悪すぎる」


「フッ、俺にとっちゃそんぐらい―――」


ッキィィン!!


会話を遮るように、すぐ傍の民家が巨大な氷の結晶に貫かれた。


「やっば!」


累はすぐさま瓦礫から抜け出し、路地裏を全力で疾走する。


「無力化って、具体的にどうすんだよ!」


「俺の霊力をお前の体にぶち込む」


黒いのは累の胸から首元まで這い上がり、耳元で囁く。


「どういうことだ?」


「さっきお前が言っただろ、テーザー銃とかいうやつだ。あれは確か、電気でビリビリさせる武器だったよな?」


「……なんでお前がそんな現代知識知ってんだよ」


「知るか。なんとなく記憶にあるんだよ。理由なんてどうでもいいだろ」


「……まあ、お前が怪しいのは今に始まったことじゃないか。で、考えがあるんだな?」


累が並走する黒いのを見つめる。


「ゲヒ! 話が早くて助かるぜ。じゃあ作戦を――」


ッキィィン!!!


突如、進行方向の地面から巨大な氷の壁が突き出した。


「視つけたわ」


壁の上には、冷徹に見下ろす氷室姉の姿。


「ッ……!! 時間がねぇ。作戦説明は抜きだ!」


「はぁ!? お前、この状況で丸投げかよ!」


「違う、作戦は俺が裏で進める! お前はとにかく、死ぬ気であいつの攻撃を捌き続けろ!」


氷室姉が氷壁から音もなく舞い降りる。その手には、再び死の冷気を纏った刀。


「……ッ! ああもう、わーったよ! 任せたぞ!」


「ああ。せいぜい死ぬなよ」


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