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第四十八話:イタイねぇ…

「手加減しましょうか?」


「ナメてんのか?僕が手加減してやんだよ」


離れた位置から煽ってくる波月。

僕はそれを伸脚しながら流す。


「そういえば貴方霊力ないんですってね。そんなんでよくモノノケと戦えますね。不思議です」


「僕だってカゲロウがいればてめぇら死んでるぞ」


「それなら俺だって、異能使っちゃうと貴方を殺しちゃうかもしれませんよ?」


「へっ!僕を殺すなんて一兆年早いぜ」


「御託はいらん。さっさと始めろ」


僕と波月が言い合っていると、橘が割って入った。


「そうですね。俺も早く貴方の本気を見たいですしね」


「フッ…本気を出すまでもない」


なーにこいつら。キモ!!


「もういいですか?始めますよ?」


呆れたように話す空蹴。


「えー、神白塁 対 波月理&橘煌。試合、開始!!!」


               ◇


観戦組は一番緊張していた。

特に蓬野高校メンバー。稽太は置いておいて、千弘や佐倉先輩、氷室先輩などは他の誰よりも緊張していた。


「塁くん、勝てるかな…」


不安げに呟く千弘。


「勝てるわよ。あいつなら」


倒置法で言う氷室先輩。


「不安よね…カゲロウさんはどう思う?」


カゲロウを撫でながら呟き、問う佐倉先輩。

カゲロウはもう慣れたのか、特に何も思っていない。


「そうですね…たしかに奴らは強い。だが、最強というわけではない。現に橘や波月とは比べ物にもならないほどの強さを持った者がこのクレイルのトップです故」


カゲロウはアルベールと相対していた塁の影の中からアルベールを見ていた。

その底しれない強さを。

それは橘や波月のような強い異能や大量の霊力からくる強さではなく、自身の鍛錬からくる強さであったことをカゲロウは知っている。

故にカゲロウは全く不安ではなかった。

アルベールと同じように塁にも鍛錬から得た力があるのだから。


「やっほ~皆おつかれー」


観客席の沈黙を破ったのは、数分前に相手の異能によって倒れた朝倉美玲。

皆は「え?」と同じ様な反応をした。


「あれ?美玲さん、体はもう大丈夫なの?」


佐倉先輩は美玲に近づき話しかける。


「ん?あぁ大丈夫大丈夫」


「本当に?もう毒は抜けたの?」


「ああ、あれね。あれ毒じゃないよ」


「「「え?」」」


美玲は頭をボリボリとかきながら言う。


「えっと…どういうこと?」


氷室先輩は困惑した様子で美玲に問う。


「ちょっと恥ずかしいんだけどね、お昼に食べた生牡蠣が当たったみたい」


「あ…そう」


ここにいた全員が声には出さず、心のなかで叫んだ。


(夏に牡蠣は食うなよ…!!)


「ちーちゃん!歌舞伎揚げ~!」


美玲は千弘の方へふらふらと寄って行く。


「ああ、うん。はいどうぞ」


千弘はカバンの中から美玲用の歌舞伎揚げを出す。

クレイルの本部へ向かう際、塁から美玲が暴走しないためにと渡されていた歌舞伎揚げだ。硬いやつのほうが美玲は喜ぶらしい。最初は内心、犬みたいだな~と思ったが美玲は本当に犬のように貪り食い始めた。


「歌舞伎揚げ美味しい!歌舞伎揚げ美味しい!」


まるで、ティッシュを食うかの如く。

元気な様子を見た蓬野高校メンバーは塁の試合に戻る。


「試合、開始!!!」


空蹴の声によって火蓋が切って落とされた。

試合が始まると同時に、波月と橘が猛攻を仕掛けてきた。波月は素早い拳で、橘は鋭い蹴りで、まるで嵐のように塁を襲う。


(速い…!)


千弘が息をのむ。

塁はそれらを紙一重でかわし、受け流す。しかし、2対1では反撃の機会すら見いだせない。

塁は一度距離を取り、地面に強烈な蹴りを加えた。砕け散ったコンクリートの破片を弾丸のように波月と橘へと蹴り飛ばす塁。


「シュートォォォォ!!!」


二人はそれを軽々と弾き、波月は嘲るように言った。


「君の攻撃はホコリを舞い上げる程度なのかい?」


波月は自身の服を少しはたきながら言う。

そして塁は波月へと視線を向け、再び距離を詰める。だが、波月が塁を見た瞬間、彼の姿は消えていた。波月が困惑した表情で周囲を見渡すと、背後から「ガッ!!」という音が聞こえる。振り返ると、そこには塁の拳を片手で止める橘の姿があった。


「俺のことを忘れてもらっては困るな」


橘はそう言い、塁の拳を力強く握り、部屋の端まで投げ飛ばす。


「塁くん!!」


佐倉先輩の悲鳴が響く。


塁は「そうだったぁぁ!!」と叫びながら、轟音を立てて壁に衝突した。


波月は壁にめり込んだ塁を見て、橘に尋ねる。


「ありがとうございます。けど、良いんですか?これが終わったら、俺とも戦うことになるんですよ?」


波月の言葉に、橘は不敵な笑みを浮かべる。


「問題ないだろう。ハンデくらいやらないと可哀想だからな」


その余裕の表情に、波月は少し悪寒を覚えたが、顔には出さず「…そうですか」とだけ答えた。二人はゆっくりと塁の元へと歩き始める。

壁の衝突で生まれた砂煙の中から、塁は「えほっ、えほっ…煙ッ!」と咳き込みながら出てきた。服についた埃をはたき落とす。


「結構頑丈ですね」


その様子を見た波月は呟いた。


「頑丈なのが、取り柄なんでねっ!」


塁はそう言いながら、高速で波月の元へと移動する。しかし、波月は先程までとは段違いな速度で塁の速さに対応し、防いだ。


「やれやれ、橘君との戦いに温存したかったんですけど、結構しぶといんで出力上げますよ~」


波月はそう言いながら、さらに速度を上げてくる。互いの拳と拳がぶつかり合う音。一瞬のうちに、百発以上の拳が飛び交った。


(あのスピードについていけてる…!)


鏡花は驚愕する。

だが、波月の攻撃は次第に重みを増していき、ついには腹に強烈な一撃を喰らってしまった。


「ぐっ!」


塁は苦痛に顔を歪ませ、再び壁へと吹き飛ばされる。その衝撃は、先程の橘の一撃よりも遥かに重く、部屋全体が揺れるほどの衝撃が走った。

橘は(こいつ…やはり本気を出していなかったな……面白い)と心のなかで呟きながら、ゆっくりと歩き始める。

先程とは違い、煙が晴れても塁は俯き、壁にめり込んだままだ。

波月は勝利を確信したような笑みを浮かべ、塁に近づいていく。


「あれ?ちょっとやりすぎちゃったかな?」


波月の言葉に、橘も追随するように口を開いた。


「やれやれ、まだギブアップしないか…」


塁はまだ黙ったままだ。

その様子を見て、蓬野高校のメンバーは不安に駆られる。


(もうダメなのかな…)


千弘は下唇を噛みしめた。しかし、カゲロウだけが主である神白塁のことを信じていた。

何を言っても反応しない塁を見て、橘は「もうだめだな」と言った。波月も「このまま始めてしまいましょうか」と横目に橘を見る。しかし、その中に割り込む者がいた。


「おい…」


塁は下を向いたまま、ゆっくりと立ち上がる。その様子を見た波月は、「はぁ…わかりましたよ…満足するまで付き合ってあげましょう!!」と言いながら、拳に霊力を集中させた。


「”あれ”を使うか……」


塁は静かに呟いた。

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