第四話:オタクは厄介
放課後、僕は一人教室で本を読んでいた。
本と言ってもラノベだが。
僕の趣味はアニメ、漫画、ラノベとなかなかにオタク趣味だ。
アニメや漫画は家でも見られるがラノベはそうはいかない。家でラノベを読んでいるとほかの誘惑に負けてなかなか読み進めることができない。
だから僕は学校なんかで本を読んでいる。勉強が家だと捗らないから図書館に行くみたいな感じに近い。
ちなみに今読んでいるのは『小さい先輩と大きい後輩』という身長差恋愛ライトノベルだ。
帰りのHRが終わり、皆が部活に行ったり帰宅したりする中、僕は一人長々とラノベを読んでいた。
僕は結構ゆっくり本を読むタイプなのだ。
素人は速読などと言って本をどれだけ早く読めるかを重要視しがちだが、僕が思うに別に速読だろうが遅読だろうが何でもいいと思うし、どっちかっていうと遅読の方がいいんじゃないかと思う。
速読は確かに本や文章を短い時間で読めるというメリットがある。しかし本を早く読むと内容をよく理解できずに読み進めて誤読してしまうと思う。まぁ本当に理解できる人ならいいと思うけど、大抵の人間は速読をすると本の内容を理解しきれずまたもう一度読み直すという意味のないことをするからだ。それならゆっくりでもいいから内容をしっかりと理解し一回で済ませる方がいいんじゃないかと思う。
「お、正義…それは悪手だぞ………ほら、怒っちゃった」
全くこいつの取柄は身長だけか?
そこで僕は一旦ラノベから目を離し、窓の外を見る。
辺りはもう夕日で赤くなっている。その後の時計を見ると下校時間の20分前だった。
「そろそろ帰るか」
ラノベをリュックの中に入れ、しっかりとジッパーを閉める。
そして心の中で『スティッキーフィンガー!』と叫ぶ。たまらんね。
リュックを背負い、教室の扉を開き下駄箱まで歩く。
先ほどまで聞こえていた吹奏楽部の練習の音も小さくなっている。ふと窓から外にいる運動部を見るやはり運動部は下校時間ギリギリまで練習するのだろうか。
いや、大体の高校は中学までガチで部活しないとこが多いって聞くしそこまでかな。
あー、中学のころ思い出した。√16ね、あの顧問。
静けさが広がった廊下を一人虚しく歩く僕。
階段を降りすぐ近くにある下駄箱に自分の上履きを入れた瞬間上の階から叫び声が聞こえた。
「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
………やれやれだぜ。
手にしていた靴を下駄箱に戻し、上履きを吐きなおす。間違えた履きなおす。
さーて、本日のイベントはなんですかねー。
軽やかなステップで階段を上り、悲鳴が聞こえた方へ急ぎ足で向かう。
着いた先は、美術室だった。
身なりを整え、咳ばらいをし美術室に入る。
「すんませーんゴキブリでも出ましたか?すげぇ悲鳴聞こえましたけど…」
ドアを開けて中を見ると、女子生徒が一人震えながら教室の隅に震えながら壁にもたれかかっていた。
一本の三つ編みを右肩から下げ、少し右側に寄った前髪、丸眼鏡、きっちりとスカートをひざ下十センチの長さにしている女子生徒。そして極めつけは…口元のホクロ!うーん1ポイント。
にしても、この見た目は…委員長タイプだな?
「あのー大丈夫ですか?やっぱりゴキブリ?」
「ひっ」
僕が近づいて声をかけると女子生徒はこちらに気づき恐怖に染まった目線を向けてくる。
それと同時に僕が僕だと気づき、少し安どした様子を見せた。
しかし心のうちにあるのはまだ恐怖。
よしここは相手を落ち着かせないとな。
「一発芸行きまーす。『定食屋でカツ丼を頼んだのにカツが乗ってなかったときのIKKO』………いや、これ丼だけ~!」
「………」
「面白過ぎて息できなくなっちゃったか」
「違います!」
なに!?こいつ、僕の一発芸を見て笑わないだと!?ザ・イロモネア出たら厄介だな。
まぁともかくさっきまでの表情よりは落ち着いたな。これも僕のおかげ。
「とりあえず大丈夫?すげー悲鳴聞こえたけど」
「そ、そうでした」
「やっぱりゴキブリ?」
「さっきからそれしか言ってませんけど、そんなにゴキブリが大事ですか!?」
「ゴキブリじゃないならなんだ?でっけぇ蜘蛛とか?」
皆が思うデカい蜘蛛よりもっと大きい蜘蛛を知っているから全くビビらない自信がなくもないぜ。
「まず虫から離れてください」
「へいへい。で、結局何?」
「う、嘘じゃないですからね?………実は先ほど黒い何かが私の身体に触れていて………」
「やっぱゴキブリじゃん」
「だから違います!」
省略。
なんとなく話を聞くとその黒い何かというのは人型で唸り声をあげていたとのこと。
会ったついでに軽く自己紹介なんかもした。この女子生徒の名前は佐倉琴音。僕の一勘つ上の先輩で二年の学級委員長をやっているらしい。
フッ、僕の勘が当たったね。
多少会話をしていると彼女も落ち着いたのか僕のことを「神白塁君か……じゃあ塁君だね。よろしく」と言ってきた。いきなり人を下の名前で呼ぶとは大したもんだ。
そして、おそらく彼女が視たのはモノノケだろう。通常一般人のような霊力が少ないものはモノノケを認知することができない。まぁ生まれた時からだんだん減っていくから子供の頃なんかは時々見えたりする人もいるけどね。だが大人になってもそういうモノが視える場合がある。僕が知ってる中ではその条件は二つ。
一つ目は、モノノケが過剰に人間に関与した場合。
二つ目は、モノノケと人間が互いに相手のことを意識した時。
あ、意識ってそっちじゃないよ。そんな美女と野獣みたいなゲテモノラブロマンスなんてないから。
この場合わかりやすい例で言うと、心霊スポットで幽霊が「人間ブチコロスぜぐへへへ」って人間に近づいて、人間の方も「幽霊出るのかなドキドキ」ってなってると見えたりするそんな感じだ。まぁこっち界隈だとモノノケだけど。
多分この人のは前者だろう。しかし理由がわからないな。ブチ殺すのが目的なら脆弱な人間ごとき瞬殺だろうに殺さずただ触れるだけ…か。
「カゲロウ」
「はっ」
「霊力の残りはある?」
「微量ながら残っております」
「辿れそう?」
「はい」
よーし。そういうことならパパッと解決しちゃうか。
あ、でも下校時間ヤバそうだな………まぁいけるか。
「だ…だめ」
何て呼べばいいか……まぁいいや佐倉先輩が小さい声で囁くように僕に話しかけ、服の裾を掴む。
「行っちゃ…だめ」
今度は先ほどよりもはっきりとした声で言ってくる。
「あれは何か…この世の理から外れたもの…。だから関わろうとしちゃ…だめ……!」
先輩の声は震えているが、どこか力強さや、曲げられない意思を感じた。
僕は腰に手を当て、ため息をつく。
「大丈夫ですよ。僕もそういう危ないことには関わりたくないんでね。先輩はもう帰っちゃっていいっすよ」
「………君は?」
あーえっと………うーん。
「ちょっとウン…ラフレシア摘んできます」




