第三十五話:二度目の鉄槌
「喰らえ、飛びかかりッ!」
美玲は幹を力強く蹴り飛ばし、砲弾のような勢いで星野へ肉薄する。
対する星野は、相変わらずの気だるげな表情を崩さぬまま、最小限の後方跳躍でその猛進を回避した。
「――と見せかけて!」
だが、美玲の狙いは単純な体当たりではなかった。
空中で器用に身を翻して地面に手を突くと、バク転の要領で星野の首筋に両脚を絡め取る。
「直で流し込めば、どうなるんだろうね……ッ!!」
宙吊りのまま強引に上半身を起こし、両拳に凝縮させた異能を星野の眉間目掛けて叩き込む。
しかし、星野は無言のまま、柳のように上半身を真後ろへ逸らした。
「ぐへっ」
標的を失った美玲の拳は空を切り、勢い余って自分の後頭部を地面に強打する。
その一瞬の隙を逃さず、星野は首に回された脚を振り解き、素早く間合いを取った。
「くぅ~……女の子を殴るなんて、体裁が……」
「いや、殴ってないし。……そこは『最低』じゃないの?」
頭を押さえて涙目で立ち上がる美玲に、星野は冷静にツッコミを入れる。
「間違えちった」
美玲の予測不能なノリに内心で毒づきつつも、星野の思考は止まらない。
(まだ異能の正体が掴めない。……まずは小手調べだな)
星野は瞬時に脚部へ霊力を集中させると、森の深部へと踵を返した。
「あ! 逃げるのか!? 待てっ!」
背中を見せて走る星野を、美玲が吠えながら追いかける。
「待てーい! 男なら正々堂々と戦わんかい!!」
(無視無視……)
星野は背後からの罵声を鮮やかにスルーし、巨木を起点に鋭角に左へと折れた。
美玲も遠心力に抗いながら、必死に食らいつく。
「ッ!!」
曲がり角の死角を利用し、星野が足元から拾い上げた二つの小石を軽く放った。
「とう! とりゃ!!」
美玲は止まらず、異能を纏った拳でそれを弾き飛ばす。
そのまま追撃を続行しようとした瞬間、逃げていたはずの星野が、落ちていた太い枝を拾い上げ、鞭のように美玲の胴を薙いだ。
「へっ! 効かないねぇ!」
流れるような手さばきで、美玲は迫る枝をがっしりと掴み取る。
「やっぱ得物の扱いは苦手だな……」
星野は未練なく枝を手放すと、再び後方へステップ。
「そもそもさぁ、こんな枝一本で美玲ちゃんを斬れるとでも?」
「俺は無理だけど……黒谷さんや氷室さんなら、これでも十分だろうね」
「誰だよ……っ!!」
美玲は奪った枝に霊力を流し込み、星野の顔面へ投擲する。
「隊長だよ。……第一部隊のね」
星野は首をわずかに傾けてそれを躱し、再び地面の石を拾い上げた。
(石や枝に、彼女の異能の効果は乗っていない。……効果対象は、生物の生身限定か?)
確証を得るため、星野は拾った石を握り込み、空いた方の拳に霊力を乗せて叩きつけた。
石は一瞬で砂状に粉砕される。
彼はその粉末を、目潰しとして美玲の顔面へぶちまけた。
「くっ!」
美玲が腕で顔を覆い、視界を遮断した瞬間。
「ぬっ!!!!」
ガードの隙間から、星野の重厚なタクティカルブーツが迫る。
強烈な前蹴りが美玲の顔面を捉えた。凄まじい衝撃に、美玲の身体が木の葉のように吹き飛んでいく。
(靴にもダメージはないな。……やはり、肌と肌が触れ合う距離でのみ発動するタイプか)
冷静な考察を終えた星野は、近くに生えていた細身の木を根こそぎへし折ると、それを頭上に掲げた。
「ならば、俺は徹底して遠距離戦を貫くだけ……だな!」
倒れ伏した美玲目掛けて、丸太同然の木を容赦なく投げつける。
轟音と共に砂煙が舞い上がった。
「うげっ! 虫だ、気持ち悪ぃ……!」
投げた反動で、木に付着していたであろう虫が数匹、星野の服へと飛び移る。
彼は情けない声を上げながら、必死に虫を払い落とした。
「はぁ……取れた……」
ようやく一息ついた星野が、地面に目を戻す。
「さて……大丈夫、だよな?」
静まり返った砂煙の中、美玲はピクリとも動かない。
頭からは血が滴り、木が直撃した痛々しさが伝わってくる。
「……ちょっとやりすぎたか。萌葱さん、起きてるといいけど……」
罪悪感に駆られ、傷の具合を確かめようと腰を屈めた瞬間。
美玲の瞳が、カッと見開かれた。
「ッ!!」
「隙ありぃ!!」
美玲が何かを掴み、至近距離から星野の顔面に押し当てる。
「ジジジジジジッ!! カサカサカサッ!!」
それは――捕獲されたセミ、カミキリムシ、カナブン、そしてセミの抜け殻の混ざり合った「虫の塊」であった。
「うぎゃああぁ……ごふッ!?」
「逃げるんじゃねぇぜ?」
暴れる星野を羽交い締めにし、無理やり口の中にセミの抜け殻をねじ込む美玲。
さらについでとばかりに、服の中にカナブンとセミを放流していく。
「ふぉあああああぁぁぁ……!!」
「オペラみてぇ」
絶望の叫びを上げながらのたうち回る星野を、美玲は冷めた目で見下ろし、首をゴキリと鳴らした。
「さて……」
ニマリ、と口角を吊り上げ、拳を天高く掲げる。
「――鉄槌!!!」
「げッ!!」
脳天に叩き込まれた渾身の正拳。
星野の意識は、文字通り火花を散らして沈黙した。




