初登校
いてて、昨日師匠に殴られたところがまだ少し痛むな。
昨日の夜、社の壁を少し壊してしまいバレないようにコッソリ帰ろうとしたら師匠に見つかり、思い切り拳骨を食らった。
別にちょっとくらいいいじゃないかってな。
さてとそろそろ学校に行くか。
ちゃんと道は覚えたから今日はたどり着けるはず。多分。きっと。
制服を着て、靴を履き玄関を出る。
「行ってきまーす」
と言っても返事なんて姉さん以外言ってくれる人はいないんだけど。
外に出て地面に手を付け足を後ろに伸ばし、壁に着ける。
要はクラウチングスタートだ。
「Take your marks」
肺の中に大量の空気を入れる。
「SET」
よーし、今日もなかなかの発音だ。
まずはダッシュで走り、中播から後半にかけて徐々にスピードを下げて行こう。
ちりも積もればなんとかになるってよく言うしねー。
日々のちょっとずつの筋トレが良い筋肉を創るんだ。
「目指すは初速120Km/hだー!!」
初速を早くするのは難しいけど、早ければ早いほど戦いでは有利になるからね。
「主よ、それは水泳では………」
「あれ?そうだっけ?」
まぁそんなのどうでもいいっしょ。
僕は風を切るように走った。
衝撃波と共に。
◇
学校の周辺につき、周りから変人扱いされないよう普通のスピードで歩き始める。
校門付近まで行くと沢山の学生がいた。
友人同士で楽しそうに話す生徒、部活動に勤しむ生徒、花壇に水をやる生徒、そしてその生徒たちに挨拶をする体育教師っぽい人…。
うん、なんかいいねこういうの。すごく平和だ。穏やかな空気が校門を包んでいる。
昨日、下手したら生徒が1人死んでいたかもしれないということなんて全く知らないような雰囲気だ校門を抜け校舎に入り、下駄箱に靴を入れ上履きを取り出し履く。新品だからとても綺麗だ。
上から下からと何人もの生徒が上り下りしている階段を”一人で”上る。なんか虚しくなってきたな。
うげ、まったく階段を横に並んで上るなよ迷惑な野郎だな。
前にいるのは友人と仲良さげに話しているギャルのような女子生徒。え、待って髪染めてね?
校則的にどうなんだろうかそれは。
にしても、こういう時ってどうするのが正解なんだろうね。
「すいませーんちょっと通りまーす」
なんて言えたらいいんだけど、僕にそんな度胸はない。あったらとっくに言ってるわボケ。
横に並んで進行妨害してるくせにチンタラチンタラ歩きやがって。Time is money。お前らは僕の大事な時間を奪っているのだ。
お、行けそう。
ちょうどギャルのような見た目の女子の友達が別の階で別れた隙を狙って一瞬で通り抜ける。
キマったね。
僕が階段を上っているとカゲロウが小さく唸る。
「うーん………」
「どうした?」
「いえ……先ほどの娘…少し妙ですね………」
妙?ああ、あの金髪?ヤバいよね。
少し横目でさっきのギャルを見る。うわ、後ろからじゃあ分からなかったけど目も変な色。カラコンかな?
まぁいっか。
階段を登り切り自分のクラスに着く。まだチャイムは鳴ってないから別に目立たないはずだが、なぜか数人の生徒は僕の方を見ている。なんでやろ。
えーっと確か席は………ここかな?ちょうど廊下側の列の席に荷物を置き席に座る。
隣の席は………荷物は置いてあるけど席には誰も座ってないな。
寝ようか、ハンドグリップで筋トレしようかと思ったが、後ろの席の生徒が僕の肩を軽くたたく。
「ね…ねぇ、君……名前…何?」
話しかけてきたのは、いかにもモブっぽい見た目をした男子生徒。
微妙な二重瞼。短めの髪。若干痩せ気味の顔。そして極めつけは顔のそばかす。
うーん、THEモブって感じだ。
「…僕?」
「う、うん」
「あー、えっと、神白塁って言います。よろしく。」
とりあえずは質問の回答から。
「そ、そっか塁君か。よろしくね。僕は鈴木洋介っていうんだ。」
もしや、これは友達申請か!?
神白塁にとって友達とはとてつもなく貴重なものである。
神白塁は昔から空気が読むのが苦手だったり、話の内容が思いつかなかったりで友達ができなかった。
いや、実際友達は数人いたがそれも浅い仲であった。普通の学生のように一緒に遊びに行ったり、ご飯を食べに行ったりするなんて言語道断。
「うんよろしく」
僕は心の中でガッツポーズしながら笑顔で返事をした。
「いやー緊張した。実は僕、同じ中学の人いなくて結構心細かったんだよね。それに塁君、入学式来なかったでしょ?そのせいで不良なんじゃないかって噂されてたから」
マジか。僕そんな風に見られてたの?
そんな風に他愛もない世間話?をしていると教室のドアが勢いよく開き、美玲が顔をのぞかせた。
そして彼女の手には何故かバカでかいペヤソグが握られており、口の周りにはソースらしきものもついていた。
「あれー、HR始まっちゃうって思って急ぎ足で来たのに…時間間違えたかな?」
歩きながらペヤソグをすすり僕の方に近づき、僕の隣の席に座る美玲。
ん?緒と待てよ。
「あ、塁君じゃん。おはよー」
「えっと美玲さん?ひょっとして僕の隣って…」
「あーね、まぁお隣同士頑張ろうや!」
終わった。
毎回僕はこうなんだ。何か良いことがあると必ずその出来事の前後で良いことか悪いことが起きるんだ。
今回の悪いこととは美玲。お前だ。そして何を頑張るんだ。
「えっと、美玲さん?それってツッコんだ方が良い?」
「え、何が?」
ダメだ。完全に何の事って顔してやがる。まぁそういうキャラなんだろう。
「これ期間限定なんだって!超大盛で食べ応え抜群だよ!」
美玲はペヤソグを掲げながら目を輝かせてそう言った。
ペヤソグは油の塊みたいなものだからあまり食べないけど、確かにおいしそうだな。
「っ!?あげないよ!!」
「いや、いらねぇよ!」
確かにおいしそうとは思ったが、別にそんな食い意地張ってはいねぇよ。
「そもそもなんで学校でペヤソグ食ってるんだよ」
朝飯でも食ってないのか?
だとしたら頷けるけど…いや、頷けるわけねぇわ。
「え?朝ご飯は食べたよ」
「勝手に僕の思考を盗聴してんじゃねぇ!」
というかどうやってるのそれ!?
アルミホイル巻かなきゃ。
「朝ごはん食べたのにそれ食べてるのか?」
「何言ってるのかな塁君。ペヤソグは別腹だよ」
へー、ペヤングっておやつと同じベクトルなんだ。
「じゃあおやつは普通の腹に入るのか?」
「またまた何言ってるのかな塁君。おやつは飲み物だからご飯とかペヤソグとかとは違うところに行くんだよ」
お前の身体の中がどうなってるのか知りたいわ。
人体実験の非検体としてお前を闇の組織に売ったら高く売れそうだな。
「ホールケーキとか」
「ホールケーキて…そんなデカいやつ飲み物感覚で飲んでたらのどに詰まらせて下手したら死ぬわ。そこはプリントかにしとけ。アレならギリ噛まずに飲み込めるだろ」
「プリンは空気だよ」
「飲み込む動作すら必要ないというのか!?」
僕たちが激しい口論を続けている間、洋介は不思議そうな顔をしていた。
「えっと……もしかして二人って中学からの友達?」
「ん?いやいや昨日会ったばっかだけど…なんで?」
「だって二人すごい息ぴったりだもん」
洋介は少し笑いながらそう言った。
息ぴったり?こっちは突っ込み疲れたよほんの数分なのに。
というかこんな長々とくだらない会話をしているけど気づいたらもうHRが始まっている時間だ。
どうなっているんだ?先生は?
そう思っていたら、教室の前のドアから誰かが気だるげに入ってくる。
「うぃーっす」
入ってきた男は見た感じ30歳ほどの見た目でぼさぼさな髪をセンター分けっぽくセットし、長い後ろ髪を後ろで結んでいる。髭はちゃんと剃れておらず少し髭が残っている。目はうつろというより、三日くらいオールしたみたいな目をしている。
するとその男はこちらの存在に気づき、「おお」と声をあげる。
「君かー。入学式迷子になってこれなかった奴って」
けらけらと笑いながら低い声を出す。
右手にはクラスの名簿を持っているのでなんとなく見当はつく。
「初めまして。このクラスの担任灰田凪だ」
やはりこのクラスの担任だ。
「えーっと確か名前は…」
「神白塁です」
「あーそうそう。よろしくな神崎トオル君」
誰だよ。
こんなんが担任とか大丈夫かこのクラス。
「あい、じゃあ先生は朝から犬のフンを踏んで不機嫌なので朝のHRはなしで」
ああ、ほらもうやってる。
「あ、今の”フン”と”踏ん”でで掛けたんだけどどう?」
知らねぇよそんなん。
周りの生徒たちもつまらなそうな目で先生を見ている。地獄の空気だ。
とよくわからん感じでHRが終わった。




