第二十二話:TRUM
カゲロウは、その長尺刀を少女たちに向け、轟くような声で言った。
「選手交代だ。さぁかかって来い。塵芥と成る覚悟があるなら…な」
戦闘は、まさに豪快そのものだった。
カゲロウは、その長尺刀を力強く一閃する。
少女たちが密集している箇所を、風と雷鳴を伴って振り抜くと、五体、六体がまとめて切り刻まれ、黒い塵となって弾け飛んだ。
そして、その長尺刀はカゲロウ自身の身体でできているため、刃渡りが自在に変形し、鞭のようにうねるように広範囲を薙ぎ払った。
しかし背後からカゲロウの猛攻撃をかいくぐって少女型のモノノケは接近する。
それをカゲロウはその剛腕で殴りつけたり、地面に叩きつけたりする。
装甲の表面を走る黒い光は、少女たちの体を一瞬で焼き焦がし、再生速度を鈍らせた。
その姿は、まるで黒い雷神が荒れ狂っているようであった。
「塁は駄目だ。害虫駆除の何たるかをまるで分かってない。蟲っつうのはよぉ…頭を千切っても手足は動き続けるからよぉ……まずは四肢をもぎ取ってからだろうがよぉ!!!」
カゲロウはそう叫びながら周囲に黒い稲妻を放つ。
その稲妻に当てられた少年型のモノノケたちは体が痺れたように動きが鈍くなる。
「おら、来いよ。切り刻んでやるぜ」
カゲロウは再び長尺等を構える。
残った5体の少年型のモノノケはカゲロウのその挑発にたじろぎ、互いを横目で見つめる。
そして、覚悟を決めたように二体の少年が雄叫びを上げ、カゲロウに飛びかかる。
「徒手空拳の意気や良し。なら俺もそれ相応の礼をくれてやらねぇとな」
構えていた二本の長尺刀がカゲロウの身体の中に吸い込まれる。
そして残るはカゲロウの闇よりも黒い拳。
「っと、結構力あるんだな」
少年二人はカゲロウの正面と後方の二手に分かれ、同時に攻撃をする。
その攻撃をカゲロウは軽々と受け止め、軽口を叩く。
「だが、あいつほどじゃあねぇ」
受け止めた拳を力強く握りしめ、一度横に流す。
「知ってるか?どうやら真っ直ぐこっちに向かってくる力ってのは横方向には弱いらしい。あのババアが塁に言ってたの覚えてて良かったぜ」
そのまま腕を回転させ、少年二人を地面に叩きつける。
そしてカゲロウは地面に叩きつけた二体の少年の顔面に向かって拳を放つ。
「ま、あのまま押し返してても出来たがよ」
二体の顔面を潰し、カゲロウは立ち上がり、残った3体を睨みつける。
残った3対は互いに見つめ合い、先程の少女たちのようにそれぞれを捕食し始めた。
「あ?なんだ、まだ次のがあったのか」
互いに吸収した少年たちの姿は今までの姿とはかけ離れた正真正銘の化け物と成っていた。
「4…いや5mはあるな。骨延長ってやつか?」
それだけでは説明がつかないほど、少年たちの集合体は巨大で剛健であった。
「だが…俺にとっては的がデカくなっただけのことだ」
カゲロウはニヤリと笑い、再び長尺刀を構えた。
◇
「あいつ、あんなん出来たんだな……」
カゲロウが少女型のモノノケと大暴れしている最中、塁はそれを遠目で眺めていた。
そしてすぐに腰が抜けたように地面にペタリと座り込んでしまった千弘に目線を合わせるようにしゃがむ。
「なぁ千弘。……さっき会った『悠くん』って奴………そいつと何かあったのか?」
千弘の表情が、一瞬で暗い影に覆われた。
「…………」
千弘は視線を逸らし、戸惑いを隠そうとする。
「あいつ…というか、あいつら明らかにお前だけを狙ってた。それに、お前もあいつを知ってる感じだった。千弘、頼む。状況が状況なんだ。教えてくれねぇか?」
千弘は顔を俯かせ、唇を噛みしめた。
カゲロウの長尺刀が風を切り裂く音だけが、二人の間に響く。
やがて、千弘は小さな声で、しかし、決意を込めたように語り始めた。
「……うん、知ってる。彼は…悠くんは……僕の、最初のお友達だった………」
◇
中学二年になったばかりの頃の僕は、相変わらず引っ込み思案で、クラスに馴染めずにいた。
休み時間はいつも自分の席で本を開くか、窓の外を眺めるばかりで、なかなかお友だちはできなかった。
そんなとき、僕に声をかけてくれたのが悠くんだった。
「いつも一人でいるけど、何読んでるの?」
彼は少し茶色がかった髪をしていて、人当たりの良い笑顔を向けてくれた。
初めてクラスメイトから気にかけてもらえたことが、僕は本当に嬉しかった。
悠くんは、人見知りな僕に対しても根気よく話しかけてくれて、僕は次第に彼に心を開いていった。
そのおかげか、僕はクラスに馴染めるようになり、何人かお友達もできた。
だから僕にとって、悠くんは初めてできた心からの友だちだった。
しかし、時が経つにつれて、彼の僕に対する態度は少しずつおかしくなっていった。
会話中に、僕の顔や全身を舐め回すような視線で見るようになり、何でもない瞬間に異様にボディタッチが増えた。
腕や肩を触られるたびに、少しゾッとするような嫌悪感を覚えたけれど、僕はそれを友だちが少ないから、この程度のことは気にしなくていい、と自分に言い聞かせていた。
悠くんを失うのが怖かったのだ。
そして、ある日の放課後。
悠くんに大事な話があるから、皆が帰るまで教室に残っていてほしい、と呼び出された。
何かあるのだろうかと気になりながらも、僕は皆が下校した後の静まり返った教室に足を運んだ。
ガラリと引き戸を開けて中に入ると、そこにいたのは悠くん一人だけだった。
僕が中へ入った瞬間、悠くんは迷うことなく音を立てて扉の鍵を閉めた。
僕は声を出す暇もなかった。
彼は勢いよく僕の方へ歩み寄り、そのまま強く突き飛ばした。
バランスを崩した僕は、ドンッという音と共に、机と机の間に押し倒されてしまった。
な、何するの…?
恐怖で声が震えた。
見下ろす悠くんの顔は、いつもの優しい笑顔とは違い、執着に歪んだような表情をしていた。
「ずっとお前のことが気になっていたんだよ、千弘」
彼は、まるで秘密を打ち明けるように囁いた。
僕は全力で否定した。
ま、待ってよ!僕は男だよ…!
僕が男であるということを伝えても、悠くんの瞳の色は変わらない。
それどころか、彼の顔はさらに僕に近づいてきた。
そして、彼はゆっくりと自分のズボンのベルトに手をかけ、バックルを外し始めた。
カチャリ、という金属音が、静かな教室に響き渡る。
それを見た瞬間、僕の頭の中に響いていた警鐘が悲鳴に変わった。
僕は自分の身に何が起ころうとしているのかを明確に理解した。
恐怖と嫌悪感で体が動かなくなりそうだったが、僕は湧き上がった力を振り絞って、全力で悠くんを押しのけた。
離して!
彼は不意を突かれ、机の角に頭をぶつけて蹲る。
僕はその隙に、開けてしまった自分の服を手で抑えながら、死に物狂いで鍵のかかっていない窓へと飛びついた。
ガタガタと音を立てながら鍵を開け、廊下へと飛び出した。無我夢中で走り出す僕の背後で、教室の戸が静かに開く音が聞こえた。
走り去る最中、怖くて一瞬だけ後ろを振り向くと、教室の入り口に立っている悠くんの姿が見えた。
彼は静かな闇のような瞳で僕を見つめ、口元だけを微かに動かして呟いた。
「覚えてろよ……!」




