第二十一話:サラッと必殺技が出る
真っ黒な地面から、血色のない腕が次々と生え出す。
這い出てきたのは、顔の半分が欠落した少女型のモノノケたちだ。
彼女たちは口から黒い涎を垂らし、歯をガチガチと鳴らしながら塁を包囲していく。
(三…四…五…あいつら、増殖型かよ)
塁は冷静に状況を俯瞰しながら、影の中から漆黒の七支刀を引き抜いた。
「カミロ氏……」
「下がってろ。危ねぇから二人で固まってて」
心配そうに声をかける中鳶を片手で制し、塁は神絶を構え直す。
それを見た少女たちは、口が耳まで裂けるほどの不気味な笑みを浮かべ、一斉に地を蹴った。
その速度は、渡り廊下で相対した時とは比べ物にならないほど鋭い。
「……少し、ギアを上げるか」
塁は神絶を後方へ引き絞り、爆発的な踏み込みと共に突き出した。
その反動を利用し、黒い閃光となってモノノケの群れへ突っ込む。
「よくアニメでさ、手駒を先に潰して最後にボスへ行くけど、それ面倒じゃね?って思ってたんだよ」
一瞬の交差。
塁の通り道にいた少女たちの手足が、音もなく切り裂かれ、ボタボタと地面に落ちる。
しかし、塁はその勢いを殺すどころか、さらに加速させた。
狙いはただ一つ。
中心で啜り泣いている、元締めと思われる少年の元へ。
「カゲロウ、合わせろ!!」
右足を突き出し、刀を両手で強く握りしめる。
黒い刃から黒い稲妻が四方八方へと狂い咲き、咆哮を上げた。
凰牙:『人越の太刀』
一直線に放たれた黒雷を纏う一閃が、少年の身体を両断した――かに思えた。
「ッ!?」
手応えがない。
振り下ろした刃の先には、霧を穿ったかのように、傷一つない少年の姿があった。
神絶の刃は確かに少年の身体を通り抜けているが、まるで実体がないかのように空を切っている。
「見せて……見せてよぉ……?」
すると、塁を囲むように地面から再び少女たちが無数に湧き出した。
その異常な数に気圧され、塁は後方へ大きく跳躍し、千弘たちの下へ戻る。
「カミロ氏、必殺技スカった? ドンマイ?」
「うるせぇよ」
中鳶の地味にイラつく励ましを撥ね退け、塁は少年の周囲で蠢くモノノケの群れを見据えた。
(さっきの感触……物理攻撃が効かないのか? 詰んだ。ムリムリ、やってらんねぇよ)
思わず神絶を影に戻すと、足元の闇から低い声が響いた。
カゲロウだ。
「解ったぜぇ……あのガキの正体がな」
愉快そうに声を弾ませ、カゲロウが影から這い出してくる。
「解った? どういうことだよ」
「久々だったからな、解析に時間がかかっちまった。あの歔欷の餓鬼……恐らくだが、そこの童の『精神体』そのものだ」
カゲロウは冷たい指先で千弘を指した。
「はあ? 解析? 意味が分かんねぇんだけど」
「言ってなかったか? 俺ぁ喰ったモンの性質や理屈をバラバラにして解析できるんだよ。さっき廊下で女のモノノケを喰ったろう? あの味に違和感があったから、ずっと裏で調べてたんだ。ありゃあ、人間から剥ぎ取られた『感情』だ」
(そういう大事なことはもっと早く言えよ……!)
「じゃあ、あのガキが千弘の精神体ってのはどういう意味だ?」
「ああ、それは――」
カゲロウが核心に触れようとした瞬間、少女たちの群れに異変が起きた。
数人のモノノケが互いに貪り食い合い、一体へと吸収され始めたのだ。
「……なんかデカいのが来るな。説明は後だ」
塁はすぐに戦闘に移ろうと目つきを鋭くする。
「いや、お前が出る必要はねぇ」
「はあ? 何言ってんだ?」
塁が戸惑う間に、吸収を終えたモノノケは、学ランを着た少年の姿へと成る。
しかし、その顔は先程の『悠くん』とは別の、歪んだ憎悪を貼り付けたような顔だった。
その少年たちの周りにも追加と言わんばかりに数体の少女型のモノノケが湧く。
「俺が出ればいいっつってんだよ」
「ごめん、説明省きすぎてマジで何言ってるか分かんないんだけど」
「チッ、ったく……」
カゲロウは不機嫌そうに舌打ちをすると、影の中に深く沈み込んだ。
次の瞬間、影の濃度が爆発的に増し、周囲の空間がズズズと蠢き始める。
「な、なんぞや?」
中鳶が声を上げる中、影から「それ」が躍り出た。
現れたカゲロウは、累が変身した姿とは明らかに異なっていた。
全身を漆黒の甲冑で覆い、無機質な黒い仮面を被った巨漢。筋肉質な胴体からは圧倒的な威圧感が放たれ、右手には塁の身長をゆうに超える漆黒の長尺刀が握られている。
「霊力も溜まった。三分だ。三分間だけ、俺がこの形を保ってやる」
カゲロウは地を這うような声で告げる。
「その間に千弘をどうにかしろ。あの餓鬼は、そいつの中にある『凄愴』や『畏怖』といった負の感情の塊だ。この閉鎖空間をぶっ壊すには、そいつを救うか、あるいは断ち切るしかねぇ」
「ま、待てよ! 神絶を預けたら、僕はあいつらが来たら手も足も出ないぞ!」
「だから、あいつらの相手は俺がするっつってんだろ。このままじゃ俺まで割りを食っちまう……急げよ」
カゲロウは一言小さく呟き、二本の長尺刀を構えた。




