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異反者  作者: 二代目とくとくかい
第一部:慚愧服膺篇
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第二話:異能

七支刀は抵抗を感じさせないほど滑らかに、蜘蛛男を縦一文字に切り裂いた。


「ア、アア……ア…………」


断末魔にもならない掠れた声を漏らし、蜘蛛男は傷口からさらさらと黒い灰のように崩れ、虚空へと消えていく。

累はその様子を、静止画のように冷徹な眼差しで見下ろしていた。

やがて、その手に握られた異形の刃が、吸い込まれるように彼の肉体へと溶けて戻っていく。


「あ、終わりました。多分。アレが結局何だったのかは、よく分かんないっすけど」


累は、つい今しがたバケモノを屠ったとは思えないほど軽い調子で振り返り、鏡花に声をかけた。


「え? あ、ああ……ありがとう……?」


鏡花はまだ事態の収拾に脳が追いついていないのか、困惑気味に感謝を述べる。


「傷、大丈夫ですか?」


累は彼女の傍に歩み寄り、視線を合わせるようにひょいと腰を下ろした。


「ええ、まぁ。そこまで深くはなかったし。毒も、あいつが祓われたからもう消えたわ」


「よし。じゃあとりあえず出ましょうか。ここ、鼻が曲がりそうなほど臭いし」


「そうね…けど、あなたは大丈夫なの?」


鏡花は心配そうに、そして少し疑うように累を下から眺める。


「僕?別に何とも無いっすけど」


しかし累は、異形と成った顔面の顎なのかわからない部分を手で撫でる。


(うーん…正直見た目はモノノケのそれだけど…敵意とかは感じないし、さっきと様子も変わんないし……)


数秒間、鏡花は異形と成った累を観察し、結論を出す。


「はぁ…まぁ良いわ。取り敢えず今は出ましょう」


「っすね」


鏡花が立ち上がるのに合わせ、累は気絶したままの女子生徒をひょいと横抱きにする。

二人は崩れた床の穴から、ようやく日の光が差し込む地上へと帰還した。


「にしても、アレって何なんです? 氷室さんはなんか詳しそうでしたけど……」


「あれは『モノノケ』。巷じゃ幽霊とか妖怪って呼ばれる存在よ」


「すげー。じゃあ僕、さっき妖怪退治しちゃったってこと? 霊媒師みたいな?」


「まぁ、結果的にはそうなるわね。……ただ、今のあなたも、どっちかっていうと『あっち側』に見えるけど」


鏡花は隣を歩きながら、累の姿を見て小さく吹き出した。

さっきは戦いの真っ最中で余裕がなかったが、改めて見ると隣を歩くこの少女、驚くほどの美人だ。

モデルと言われても信じてしまいそうな整った顔立ちに、累は身体の方にも目線を移す。


「うん、まぁこれから育ちますよ」


「ん?何?」


「いえ、なんでも。そういや、今の僕って傍目から見てどう見えてるんすか?手とか身体とか見る限り、普段の姿には見えないっすけど…」


累が尋ねると、鏡花は「うーん」と真剣に考え込んだ。


「黒くて不気味な、角の生えた化け物……?」


「うわ。直球すぎて結構傷つく」


「ふふ、ごめんなさい。見た目は少し怖いけど……助けてくれた時は、カッコよかったわよ」


鏡花が少しだけ柔らかい笑みを浮かべて、早歩きになる。


(ついに来たか、僕のモテ期……!)


「すまんな。口説いているつもりかもしれんが、あいにくタイプじゃないんだ」


「ぶっ殺すわよ」


「すみません」


軽口を叩きながら館を出た二人は、近くの公園のベンチに女子生徒を横たえた。

鏡花は手際よく彼女の容体を調べ始める。


「うん、外傷は特になし。腕に毒針の跡があるけど、原因の個体が消えたからもう大丈夫ね」


「そりゃ重畳ですわ」


「にしても、なんであんた達みたいな一般人があんな場所にいたのよ? 常識的に考えて立ち入り禁止だって分かるでしょ」


「いやー、その……」


累は気まずそうに視線を泳がせた。


「ええと……実は道に迷いまして。そしたら同じ制服のこの子を見つけたんで、道を聞こうとしたら、そのままあそこに入ってっちゃったんで……」


「はぁ……。まったく、何から言うべきか。とりあえず! 明らかにヤバそうな建物には近づかない! それから、自分の学校の場所くらい把握しておきなさい!」


「スマソ……」


「というか、いつまでその格好でいる気なのよ」


鏡花に呆れ顔で指摘され、累は自分の体を見下ろした。


「さぁ……ていうか、なんなんですか、これ。戻り方が分かんないんですけど」


「私に聞かないでよ。大体あんた、さっき蜘蛛男が言ってた通り、霊力が『ゼロ』なのよね。本当に、欠片も感じられない。それなのにその異形化……前代未聞よ」


「その『霊力』ってのが無いと、普通はこういうことできないんですか? 霊丸撃てないとか?」


「そうね。霊力は生物なら少なからず持っているエネルギーよ。身体能力の強化や五感の向上、肉体の強度を上げる基本技能。それに、一定量あればモノノケを視認できたり、異能を発動させたりするための燃料にもなる」


「い、異能? 伊能忠敬?」


「固有の特殊能力よ。霊力を注いで発動させるの。……まぁ、あんたには無縁の話かもしれないけど」


「氷室さんも持ってるんすか?」


「ええ、私の異能は――」


その時、ベンチの女子生徒が「んん……」と声を漏らし、身じろぎした。


「あ、起きましたよ」


累が顔を近づけて覗き込む。


「むにゃ……どこは誰? ここは私……?」


「主語が渋滞してるけど。おはようございます」


累がしゃがみこんで挨拶をした、その瞬間だった。


「死ねぇ! ボケナスゥ!!」


「ダボゴルァ!!!」


ベシャァッ!!


女子生徒の小さな拳が、累の右頬に深々と突き刺さった。


「なんだこいつ! 私の唐揚げをどこにやった!!」

「何言ってんだてめぇ! つーか、クソ痛ぇぇ!!」


累の頬が、物理的な衝撃以上に異常な熱を発し、シュウシュウと煙を上げながら削れていく。

その光景を目の当たりにした鏡花が、絶句して目を見開いた。


「嘘……異能を発動している……!? この状況で、無意識に……?」


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