第十八話:東雲千弘
「くらえ!ファイヤートルネード!」
「ピピー!オウンゴール!試合終了!」
あ、ミスった。相手のゴール向こう側だ。
「何やってんだよ神白ぉー!!」
陽キャ男子に叱責される僕。
「(´・ω・`)」
「そんな顔しても無理だぞ」
チッ、どうせ僕が点数とっても、もともと負けてたんだから変わんねぇだろ。
結局、練習試合は大敗北という結果で終わり、戦犯は僕ということになった。なぜかは良くわからない。
「おーし、お前らー片付けろー!」
やけに声がデカい体育教師。けどそこまで嫌いじゃない。忘れ物しても「ああ、それ今日あんま使わねぇしいいよ」と許してくれる。好き。けど、ちょっとモミアゲがゴルゴ13みたいでずっと見てると笑いそうになる。
「ゴールは次の時間も使うから片さなくていいぞ」
ラッキーである。
しかし、ボールは片づけるのか。ちょっとめんどくさい。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り、皆が教室へと帰っていく。僕も行くか。
そこで気づく。皆が自分のクラスに帰ってるのに一人だけ帰らず籠を片している人がいる。
体育委員かな。
その男子は小柄で細身。ああ、確かにあれじゃきついか。仕方ない。
「うう、早くしないと~」
「Hey、手伝ってやるぜ」
僕より弱そうだし、話しかけても大丈夫だろ。
そう思って話しかけるとその男子は後ろを振り向く。
うわっ何こいつスゲー顔可愛いんだけど。めちゃくちゃパーツ整ってるなー。
正直、僕でなきゃ女子と勘違いしてしまうだろう。いや女子と言われても納得できる顔だ。
だが、僕はごまかせない。喉元にふくらみがある。これは喉仏だろう。みんな勘違いしがちだが喉仏ってのは男子だけにあるものじゃない。一応女子にもある。けど男子より目立たないのでないと思われてるらしい。ちな佐倉先輩情報。
けど、こんなにくっきり出てたら男子でまず間違いないだろう。男の娘ってやつだな。
「男子でもその体つきじゃ、一人だけだとキツイだろ?手伝うぜ」
「え?ぼ…お、俺男にみえる?」
うっほ声まで可愛いじゃん。下の毛生えてなさそう。
「あれ、違った?」
僕がそう言うとその男子は焦ったように首を横に振った。可愛い。
「ううん、男子!男子だよ!」
「お、おうそうか」
「でも良くわかったね。俺昔から女の子みたいって言われてたから」
「ふっ、その喉仏みりゃわかるぜ。ま、僕でなきゃ見逃しちゃうね」
かっこつけて言うと、その男の娘は目を輝かせて「すごーい、かっこいい!」と言ってくれた。へっ、ちょろいぜ。
「そういや、お前名前何?」
流石に代名詞じゃ分かりずらいから名前を聞く。そうすると男の娘は答えた。
「ああ、ごめん。俺の名前は東雲千弘って言うんだ。よろしく!」
名前までちょっと女の子みたいだ。これで名前が剛田武とかなら「あー男子だ」ってなるけど、なるほどな。これじゃわからんわ。
「僕は神白塁。よろしくな千弘」
「うん!」
ニッコニコな笑顔。かーわーいーいー。さて、片づけるか。
ボールの入った籠を押してると、またどこからか視線のようなものを感じ、周囲を見渡す。
「……?。どうしたの?」
しかし、誰もいない。
「……いや、何でもない」
何だろうなー。気持ち悪い感じ。
と、籠から目を離すと途中で段差に籠がガクッっとなってボールが一個落ちて、野球部の防球ネットの後ろ側に転がっていく。
「ああ、いけね」
籠を止め、防球ネットの後ろ側に走って取りに行く。
「あ、待ってー」
それについてくる千弘。ポメラニアンみたい。
防球ネットの裏は薄暗く草木が茂っていた。背が高い草が多いからよく見えんな。お、あったあった。
ボールの方まで行こうとすると、途中でゴンッと鈍い音とともに頭に強い衝撃を受けた。
「あっ//」
そして、地面に倒れる。ああ、意識が……。
「塁君!?大丈夫!?」
千弘も走って近づいてくる。そして、同じようにゴンッと音が聞こえ倒れる。
「あぅ!」
そして、僕たちは意識を失った。
◇
「…きて……くん…塁くん起きて」
「ん……ああ、おはようございます。髪切った?」
「え?切ってないけど…」
………………十点減点。そこは「きってねぇよ!」だろ。銀魂見てこい。
と、つまらない茶番は置いておいて…。
「って、暗っ!」
空を見上げると、先程まで曇っていたとはいえ、朝だから明るかった空が真っ暗になっていた。
夜になったのかと一瞬思ったが、それにしては星がなさすぎる。近代、地球が明るくなりすぎて星が見えなくなって来ているが、それにしても無さすぎる。皆無。正真正銘の暗黒。
「っていうか、敵!!さっき気絶させられただろ!いなかったか!?」
「ああ、うん。勘違いしてるのかもしんないけど、塁くんあそこの鉄パイプに頭ぶつけて気絶したんだよ」
千弘が後ろを指差す。そこには防球ネットに繋がる支え用の鉄パイプ。そのうえ、ご丁寧にも深緑色。薄暗い防球ネットの裏に生い茂っている草に擬態するように設置されている。ギリースーツか。ややこしい。
起き上がり周囲を見渡す。………やはり、暗すぎる。そして怪しすぎる。暗いのに、暗いのは空だけだ。
”空だけが”暗い。普通、こんだけ空が暗かったら他んとこの、例えば地面とかが見えないはずだ。なのに空以外はなんら変わりなく存在している。奇妙だ。
「こ、これってどういうことなのかな…?」
怯えた様子で問いかける千弘。かわいい。美玲も顔は整っている方だけれど、下手したらこいつのほうが可愛いかもしれん。
「わかんない。まぁ、とりあえず探索してみるしかないよな」
「そ、そうだね!」
ふん!と気合をいれる千弘。かわいい。下手しなくても美玲より可愛い。
防球ネットの裏から抜け出し、校舎へと向かう。
人の気配が全くしない。恐ろしいほど静かだ。鳴り響くのは僕達の呼吸の音と、千弘のペタペタとした弱々しい足音だけ。僕は常日頃から無意識に足音を完全に消してるから千弘の音だけだ。なんで足音を消してるかって?そりゃあ…ねぇ…あ!し、師匠との修行で身についた…とか?………………あーもう!足音消して気づかれずに人の背後に立つってなんか強者っぽくてかっこいいだろうなっていうくだらない考えで鍛えてました!なんか文句でもあんのか!?あ”あ”?
廊下を歩き、一階の教室を見て回る。正直こんなことをするよりもカゲロウに聞いたほうが早いんだけど、千弘がいるからできない。急に何もいない空間に話しかけ出したらやばい奴って思われるだろ。
少し歩いたが一階にはなにもなかった。
二階に移ると、階段の近くにあるトイレの中から物音が聞こえた。
その時、足元の影から小さい黒い点が耳元まで登り声が聞こえた。
『主よ、モノノケです』
話しかけてきたのはカゲロウだ。いっつも思ってたけどなんでこいつこんなダンディーな声してんのかな。重低音エッグ。
ていうか、千弘はモノノケ見えないんだから別に声小さくしなくていいのに。
「千弘、ここで待ってて」
「え?お、俺いっちゃだめなの?」
不安そうな泣きそうなうるうるしためで僕を見ないでくれ。もしかしたら視えちゃうかもしんないからさ。ごめんよ。
「えーっと、ちょっと僕、特大のラフレシア摘んでくるからさ。ちょっとまっててよ」
「あーなるほど。うん、行ってらっしゃい」
納得した様子で頷く千弘。
トイレの中に入り、剱を創り出す。さて、とりあえずは警戒しておこう。
「カゲロウ、まだ中いるよな」
「はい、一応いますけど………」
カゲロウが何かを言い出そうとした瞬間。トイレの外から叫び声が聞こえた。
「うわあぁ!!」
「!?」
千弘の叫び声。僕は全速力でトイレを出て千弘の方へと向かう。
「大丈夫か!……っな!!」
千弘のところへついたときにはもう遅かった。
「うう、なにこれぇ…」
そこには涙目になりながらあられもない姿にされている千弘の姿があった。天井と床から生えている蔓でできた手のようなものに体中が掴まれている。
両手を手の後ろに縛られ、足はピーンと伸ばされ絡みついている。顔や身体にもたくさん触手のように絡みついて服も多少破かれている。大体お腹辺りか。色白の肌が露わになっている。
そして、千弘の目には写った。だんだんと自分を掴む手が現れるのを。
そして、僕の頭には流れた。
(これ…助けたほうがいいのかな。もったいない気がする)
「み、見てないで助けてよぉ…」
いけね。
瞬時に手を切り裂き、落ちてきた千弘を抱きかかえる。
「ダイジョブ?」
くっそ、もう少し堪能したかったが、相手はモノノケ……流石にリョナ(暴力的行為)は無理だしなー。
「うう、俺もうやだよぉ。遠くいかないでね?」
「ガハッ!!!」
吐血した。
「っていうか、今の何?変な手?みたいなのあったよね」
ああ、マジか。見えるようになっちゃった?結構順応早いなこいつ。
「僕もよくわかんないけど、この世界の怪物みたいなもんじゃないかな。そもそも今いるここが:普通じゃないし」
「そっか、確かに!」
千弘をおろし、先程まで千弘を掴んでいた蔓の手を見る。おかしい。
普通、モノノケは祓うと消滅するのだが、このモノノケは消滅しない。なん何だこいつは。
「カゲロウ、喰え」
カゲロウに喰べさせて解析してみよう。カゲロウには食事は必要ない。消化器官とかもないし、そもそも栄養を取り入れるということが必要ないからだ。けど、モノノケが消滅する寸前とか、弱いモノノケとかを喰うことがある。それは単なる食事ではなく、カゲロウ自身の霊力回復のためである。カゲロウの形状変化や硬度の変化は変えるごとに毎回霊力を消費する。一応、カゲロウ自身が霊力を生産することはできるけど、単純に他から取り入れて回復早くするほうが効率いいから喰ってるってだけ。ゲームのマナポーションみたいな感じだ。
喰らうことと同時に喰ったモノノケの霊力の質を解析することも可能だ。まぁ簡単なことしかわかんないけど。霊力の質だけじゃ相手の弱点とかはあかんないからな。どんなタイプかくらいしかわかんないらしい。
「ムシャ、ごく…。うーん、これは…………いままで食べたことのない感じですね。わかりません」
使えねーこいつ。
「それと、主よ」
「んな?」
「トイレの中のモノノケもまだいるので油断しないようにしてください」
ああ、そうだったそうだった。




