第十三話:ロリとかロリじゃないとか
「ね、ねぇ累くん? 何と会話しているの? 何か深刻な悩み事でもあるの?」
久遠なんちゃらちゃんとか名乗る謎の存在と会話していると、横から氷室先輩が心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
「何とって……え、先輩、この子が見えてないんですか?」
「見えて……? うーん、私には誰もいない空間に向かって喋っているようにしか見えないんだけど……」
「どうなっているんだ、一体……」
とりあえず、この「時間を司る」と豪語する神様(自称)に真実を問うてみよう。
「久遠ちゃん、どうなってるの? もしかして久遠ちゃんって、僕の幻覚?」
「いんや、幻覚や妄想ではない。儂は儂として、しっかりとこの現し世に存在しておる。しかし神という存在自体、そもそも人間なんぞに認知されるのを好まん。故に視えないというわけじゃ」
「なるほど、なるほど……つまりどういうことだってばよ?」
「つまり、神というのは人間や他の畜生から視界を奪う術を生まれながらにして持っておるというわけじゃ。今はその『視えないモード』をオンにしているだけという話よ」
へぇ、いいなそれ。
女湯入り放題じゃん。
「じゃあ、そのモードをオフにしてもらえます? このままだと僕、ただの精神病患者扱いですよ」
「うむ、普通の人間なら断っておったが、氷室の血を引く者ならば良かろう」
そう言うと、彼女は指先をパチンと弾いた。
すると、先ほどまで「頭の痛い人を見る目」で僕を見ていた氷室先輩の視線が、ふいに久遠ちゃんが立っている空間へとスライドした。
「えっ!? な、なに急に。誰!?」
「まぁまぁ、そう慌てるでない。たしか……鏡花じゃったか?」
「ほら、いるでしょ? ちゃんと。僕が話してたのはこの子だったってわけ」
「この子……? いや、実年齢は知らないけど、見た目が……」
何故だろう。
先輩の目がさっきよりさらにドン引きしているように見える。
「どういうことです? 明らかに可愛らしい女児でしょ。僕の好みドストライクな」
「女児? 私には髭モジャのおじいさんにしか見えないんだけど…」
おじいさん?
先輩、眼ぇ腐っとんか?
「……その食い違いは仕方あるまい。神というのは特定の姿を持たん。人間なんかに姿を露にする時は、毎度その者の神へのイメージがそのまま投影される仕組みになっておるのじゃ」
へぇ、じゃあ先輩と僕とじゃ、見えている姿も声も別物なのか。
「まあ、お主の投影は少し特殊じゃがな」
「さっき女児とか言ってたわよね。……あんた、一体何を想像してたわけ?」
うっ……視線が痛い。
でも仕方ないだろ、僕の中の神様のイメージはいつだって仙狐さんみたいな可愛らしい存在なんだから。
「ていうか、神!? この子、本当に神なの?」
「そうじゃと言っておろうが! 全く、神を信じないとは聞いておったがここまでとは。もう一度言うぞ? 儂の名は久遠刻守之神! 時を司り、支配する、時の神じゃ!」
久遠ちゃんは僕に言い放った時と同じように、先輩に対しても鼻高々に自身の正体を誇示する。
「ねぇ累くん、大丈夫? この子、友達がいなくてこうやって遊んでるだけとか……」
先輩はその特殊すぎる自己紹介を聞いて、僕にコソコソと耳打ちしてくる。そんなこと言われても……。
「し ん じ ろ!! もう! ここまで強情だと儂も怒るぞ!」
「ぐへへ、僕は怒られた――すみません」
まぁまぁそんな睨まないでくださいよ、氷室さん。
「全く、神という存在はもうこの時代の人間には信用に値しないのだな……。ほれ、これで信じるかの?」
久遠ちゃんが指をパチンと鳴らした。
すると彼女の背後に、巨大な時計盤を模した荘厳な後光が浮かび上がる。精緻に絡み合う無数の歯車、その隙間に埋め込まれた極小の時計たち。
光の中心から「ゴーン……」と、世界の終わりを告げるような深く重い鐘の音が響き渡った。
「えええぇぇ、かっこいい……」
すんげぇジオウの変身みたい。
その後光が現れると同時に、どこからか現れた白い亀が彼女に頭を垂れ、地面からは巨大な蝉たちが列を成して湧き出し、一斉に鳴いては砂のように霧散していった。
「全は老い、一に戻る。不変の存在でさえ、いずれは朽ち果ててゆく。儂は、その全を平等に愛す存在じゃ……」
僕と先輩は、何故かその言葉が絶対的な真実だと信じさせられてしまう。
目前の存在は美しく、儚く、そして抗いがたい絶対的な神性そのものであった。
「ま、これでわかったじゃろう? 儂は正真正銘、神様なのじゃ」
彼女がそう言うと、背後の後光は魔法のように消え去った。
「えっとぉ……どうしますこれ。一旦、土下座くらいしときます? 僕、割と頭を下げるのには抵抗ないですよ。ロリの前だと」
「よいよい、そんなことはせんでも。儂はそういうのは好かん」
そっか、土下座したかったんだけどな。
あわよくばそのまま、雑ぁ魚雑ぁ魚とか――――。
「で、何しに来たんじゃお主らは。神社でマグワイなどしてはおらんのだろうな? 確かにそこらで致すよりは安全じゃが……儂が見てて『ぬっ』ってなる」
「ああ、いや実はかくかくしかじかで……」
氷室先輩が必死に事情と特訓の必要性を説明する。
っていうか、今サラッと「マグワイ」とか言ってたような……気のせいか?
「なるほど、そういうことだったのか」
「はい。そういうわけで、少しの間、ここを借りられればと思っているのですが……」
「ふっふっふ、何を言っておる。そういうことなら、この儂に任せるが良い!」
「へ?」




