第十三話:スーパーフェミニスト
ショッピングモールからの帰り道、僕は自身の今後について考え込んでいた。最強の異能力者になるという、かつてはすべてだった神白風舞への憧れ。最近は、自分には自分にしかない個性があるのだから、そこまで固執しなくてもいいのではないかという思いも芽生え、情熱は昔よりは冷めている。だが、強くなりたいという欲求は確かにある。それはそれとして。
これから、どうすればいいのだろう。モノノケを倒す?だが、そんなに滅多に会えるものではない。蜘蛛やオタクモノノケに立て続けに会ったのも、本当に久しぶりのことだったし……。うーん、世界平和とかは僕の柄じゃないしな。どうしたものか。
「もしもし、そこのあなた」
僕が難しい顔をして苦悩していると、一人の女性が話しかけてきた。その女性は少しマダムな見た目で、30代半ばといったところか。まあ、どこにでもいるおばはんだ。
「僕ですか?」
「はい、あなたです」
なんだろう。道がわからないとかだろうか。だとしたら聞く相手を間違えたな。僕、方向音痴だし。
「あなた……悩んでいますね?」
突如言われたその言葉は、僕が想像していた言葉とはずいぶんとかけ離れていた。
「え、いえ、別に……」
僕は思わずとぼけた。見ず知らずの人に内心を見透かされるのは、なんだか居心地が悪い。しかし、女性はにこりと微笑んだ。
「おや、ご謙遜を。あなたの額には深い皺が刻まれ、その瞳には未来への迷いがはっきりと映し出されていますよ」
一体何が見えているんだこの人。僕は思わず額を触った。皺なんてなくね?
「わたくしは困っている方を見ると放っておけない性分でしてね。もしよろしければ、少しだけお時間をいただけませんか?きっと、あなたの助けになれるはずですわ」
淀みない、しかしどこか人を惑わすような甘い声で女性は言った。僕は一瞬警戒したが、切羽詰まった様子でもなく、ただ純粋な善意のように見えた。それに、ちょうど考えあぐねていたところだ。何かヒントが得られるかもしれない。
「はあ……まあ、少しだけなら」
おもしろそうだし。
僕がそう言うと、女性の笑顔がさらに深まった。
「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」
女性に促されるまま少し歩いた。まぁ、歩いたと言っても数百メートルだけだけど。
到着したのは、駅から少し離れた場所にある、古びた洋館だった。煉瓦造りの壁には蔦が絡みつき、大きな木製の扉は重厚な雰囲気を漂わせている。窓にはステンドグラスがはめ込まれていたがなぜか厚いカーテンで夕日の光がさえぎられていた。教会のようにも見えるが、どこか不気味な気配を纏っている。こんなとこあったんだ知らなかった。
「さあ、着きましたわ。どうぞ、お入りください」
女性は優雅な手つきで扉を開けた。中からは、甘く、それでいてどこか痺れるような香りが漂ってくる。
中へ足を踏み入れると、そこは広々としたホールになっていた。正面には祭壇のようなものが設えられ、その上には一枚の大きな絵画が飾られている。描かれているのは、まさにこの場所の中心に立つ、一人の美しい女性だった。
ホールにはすでに多くの信者が集まっており、皆、白いローブを身につけていた。そして、一人残らず女性だ。ウッホホ、典型的〜。
彼女たちは皆、恍惚とした表情で絵画を見つめ、静かに祈りを捧げている。異様な光景に、僕の背筋に冷たいものが走った。連れてきてくれたマダムな女性も、信者たちの列に加わり、うっとりとした目で祭壇を見上げていた。
しばらくすると、ホール全体の照明が落とされ、祭壇の奥から一筋の光が差し込んだ。そして、ゆったりとした足取りで一人の女性が現れた。
息を呑むような美しさだ。
彼女は絵画に描かれていた女性と瓜二つだった。淡い青色に光る銀髪が揺れ、鮮やかな赤の瞳が僕をまっすぐに見据える。最近紅い眼よく見るなー。
「ようこそ、迷える魂よ。私がイザベラ。あなたが求めている答えは、きっとここにあります」
女性は優雅に微笑んだ。その笑みはどこまでも美しく、寛容な聖女そのものに見えた。信者たちの間から、感嘆と畏敬の息が漏れる。
しかし、そのイザベラの視線が、ホールにいる唯一の「男」である僕を捉えた瞬間、その表情は一変した。優雅な微笑みは瞬く間に消え去り、代わりに禍々しいまでの憎悪が瞳に宿る。
「………おかしいですね。穢れた悪魔が我々の神聖な領域に足を踏み入れているようですが……」
ん?あの方今なんと?
彼女の声は、先ほどまでの甘さを微塵も感じさせない、冷たく研ぎ澄まされた刃のような響きを帯びていた。信者たちがざわめき始める。
「誰がこの穢れた男を連れてきた?」
イザベラの声がホールに響き渡る。連れてきてくれたマダムな女性が、おずおずと手を挙げた。
「わ、わたくしが……」
「そうですか。あなたが…………そういえばあなたはまだ入って日も浅かったですね」
イザベラがにこやかな笑顔で言う。しかしその表情はどことなく背筋が凍るような表情であった。
そして次の瞬間、イザベラはまるで瞬間移動したかのように一瞬でその女性の目の前に現れると、その華奢な手で女性の顔の下半分を掴んだ。
なんだ、あの力。普通の人間が出せるスピードじゃないぞ。
「穢れし男に誘われた貴様も、同罪」
「お…お許しを……」
掠れた声で許しを乞う声。信者たちはそれを静かに見ていた。
「大丈夫、神はあなたをきっとお許しになるわ」
そう言って、そのまま女性の首をへし折ろうとするイザベラの腕を、僕は間一髪で掴んだ。
「ちょいちょいあんた。それはあかんでしょ」
僕が割って入ったことで、イザベラの紅い瞳が僕を睨みつける。
「……なさい」
小さな声が聞こえた。
「悪ぃ聞こえん。なんつった?」
「触るなっ汚らわしい!」
イザベラは激しい嫌悪感を露わにし、僕の腕を振り払った。その反動で後方へと大きく跳び退く。そしてつかんだ腕と逆の手から赤く、そして黒く輝く大きな鎌を作り出し、先ほどつかんだ腕を切り落とした。
「何やってんの!?痛そー」
そう思ったが、切り落とした腕は血をだらだらと流したがその流れている血が固まり、腕の形に変化し徐々に肌色に変わり、元通りになる。
「ええ!?」
戻った!?十中八九、異能力者だと思うけど霊力ってそんな回復量だったっけ。
「カゲロウ」
「はい」
カゲロウが起きた。
「あれ、どう思う?」
「そうですね………あの娘…人間ではありませんね。いえ、人間に近しい存在なのですが、モノノケにも近いです。吸血鬼とかじゃないですか」
吸血鬼とかって。そんな適当でいいのか?まぁ能力とか考えるとあれは血を操るって感じかな?うん、確かに吸血鬼っぽい。
ってじゃないじゃない。
「ていうかなんで僕が汚らわしいんだよ。ちゃんと風呂入ってるぞ」
僕は問いかけた。男への異常なまでの嫌悪。それはどこから来るものなのか。イザベラの紅い瞳が、僕を射抜く。
「……なぜ、だと? 男など、この世に不要な存在だからだ。奴らは、醜く、下劣で、女を己の都合の良い道具としか見ていない。昔、私は男に……この身を、乱暴されかけたことがある。あの時の屈辱、あの肌の不快な感触、二度と思い出したくもない悪夢だ。男というものは、すべて獣と変わらない。理性など持たぬ。ただ己の欲求を満たすためだけに生きている。そのような汚らわしい存在が、この美しい世界に存在すること自体が許しがたい。見ているだけで反吐が出るわ」
イザベラの声は怒りと憎悪に満ち、その場にいる信者たちまでもが怯えるほどだった。
「それに………」
付け加えて、なにかを言おうとしたが途中でやめる。
「だからこそ、私は決意した。この世から男という存在を排除するために、この聖なる団体を立ち上げたのだ。全ての男を抹殺し、女だけの清浄な世界を創り出す。それこそが、神の御心」
(なんだ、ただのスーパーフェミニストか)




