第二話 この日、俺は大きな分岐点の間違った方に向かってしまった。
「君を眷属にするんだよ。」
そう言って、吸血鬼のやつは口角を上げる。鋭い八重歯が、薄い唇の間に見える。
俺は月食の夜、ゲームで負けが続き、ストレスが溜まり寝ようとすると、いつの間にか、窓から入ってきた吸血鬼に押し倒されていた。
「眷属って……なんだよ。」
俺は冷静を保っていられない。震える声で聞いてみる。
「眷属は眷属だよ。君を噛んで、私の眷属にしちゃうの。」
吸血鬼のやつは、俺を獲物を見るような目で、見下ろしている。
怪しい微笑みに、目が離せない。
「眷属になったら、君は私の命令に逆らえない。ちょうど下僕が欲しかったんだよね。」
「は……、下僕?下僕が欲しいなら、他のやつでいいだろ。」
「それは嫌だね。君はちょうどいい下僕になりそうなんだよ。気分がそう言ってる。」
おいおい待ってくれ、どうして俺がこいつの下僕にならなきゃダメなんだよ。なんでこいつの気分で眷属にならなきゃダメなんだよ。
そうだ、俺は強い。ゲームで動体視力は鍛えられている。こんなちっこいやつ、一瞬でボコボコに……。
そう思って、俺はこいつに殴りかかった__
しかし、数秒後、俺はこいつの下にいた。え、何が起こった。俺が右の拳でこいつを殴ろうとしたと同時に、右腕を引っ張られて、そのまま背中を床に向かって押さえつけられて__
「はぁ、残念だ。」
吸血鬼野郎は、俺の背中を踏みつける。
「まあ、混乱するのは目に見えていたけど、まさか殴りかかるとはねー。」
口先ではそう言いながら、まるで殴られることも想定内だったような棒読みで、俺の頭を床に押し付ける。
「ちょっと痛いけど、動かないでね〜」
うなじに何かが当たる。すぐに、首に鋭い痛みが走る。
「ゔっ……」
身動きを取ろうとするが、こいつの力はとても強い。普段から鍛えている男性以上に強いんじゃないか。
抵抗するほど、背中を押さえつけている膝に体重がかかる。肺が圧迫されて苦しい。
普段から引きこもってゲームばかりしている俺ごときが、この力に敵うはずがない。
うなじの痛みが熱さに変わる。俺には何が起こっているのかもわからない。
吸引されている不快感が伝わってくる。あ、血が吸われている……?でも、俺はうつ伏せで、背中を上から抑えられているから、何が起こっているのか見えないし、確認することもできない。
どれぐらい時間が経ったのだろうか。いつの間にか俺のうなじから、吸血鬼野郎の口が離れていた。ずっと噛まれていたところが熱いから、八重歯が抜かれたことに気づかなかった。
「君の血は美味しくないね。まあ、不健康な生活しているし、当たり前だね。」
俺は一度立ち上がる。しかし、一気に血を吸われたからか、気分が悪くなり、しゃがみ込む。
「ああ、まだ立ち上がらないで。もう少し待って。まだ終わっていないんだ。」
こいつは俺の後ろに回り込み、またうなじに噛み付く。次は何かを流し込まれている感覚がする。
どくどくと、どんどん何かが流れ込んでくる。
「お、お前、俺に……何しているんだ……。」
吸血鬼はしばらく噛みついた後、口を離してこう言った。
「君に私の血液を流し込んで、眷属、つまり、所有物にしたってわけ。まあ、完全に眷属になるには、ちょっと時間はかかるかな?」
少しボーッと吸血鬼を見つめていると、急に、ドクンと視界が揺らぐ。
「うぅっ……」
視界がクラクラする。頭がガンガンする。熱い、熱い。体が警鐘を鳴らしている。危険な状態だと。しかし、俺は
こんな状態から抜け出す方法を知らない。
『私の名前はテッセン。』
吸血鬼、テッセンの言葉が、頭のなかに響く。
『私は、君の支配者。君は、私の下僕であり、奴隷であり、眷属である。』
頭の中に、すっと言葉が入ってくる。テッセン様の言葉が、俺の脳内に刻み込まれる。
体が焼けるように熱い。意識が引き込まれてしまう。
「て、テッセン……さま……?」
俺は怖くなる。無意識に主であるテッセンに縋り付いてしまう。
「なに?」
俺は、テッセン様の言葉に反応することなく、視界が真っ暗になる。力が抜ける。
しかし、俺の耳は、最後の最後まで、はっきりとテッセン様の声を捉えていた。
『これであなたは私のモノ。』
脳裏の映像に、スタートの文字が見えた気がした。
これをきっかけに俺は、俺の人生ごと、ゲームの世界のような、ゲームの世界だと思いたい、不思議な世界に迷い込んでしまった。




