第一話 何もかもが嫌になる毎日。
「ああ〜!くそが!」
ドンっと机が揺れる。
「またこいつ俺のこと殺してきた、なんだよ!よってたかって俺を殺しにきやがって!返り討ちにしてやる!」
焦れば焦る程、どんどん腕前が落ちていく。
焦れば焦る程、どんどん他のプレイヤーに殺される。
「あ〜〜!またかよっ!」
試合が終わり、ヘニョヘニョ〜といったBGMと共に画面に表示されるのは、溶けかかった『LOST』の文字。
運営が全力で煽りに来ているようにしか思えない。
「くそが!」
俺はもう一度試合を開始した。後ろの気配も、ヘッドフォンを着けているので気づかない。
今度は順調だ。どんどん敵を薙ぎ倒していく。
「よっしゃあああああ!俺を怒らせるからこんなことになるんだよ!お前ら全員死ねええええ!」
しかし、調子に乗っていたらまたやられるのがオチというもの。
「くそ!どいつもこいつも俺のこと舐めてるのか!?」
試合が終わり、デジャブのような画面。
俺はついコントローラーをモニターに投げつける。
バキッ
「あ。」
モニターが割れる。それと同時に、反動でモニターが後ろに倒れ、机から落ちる。モニターにつながっていたコードに引っ掛かり、机に集合したエナドリの空き缶の集合体がガラガラッと音を立てて床に落ちる。
幸い、PCに繋いでいたモニターのコードが、PCから抜けてくれたおかげで無事だった。
「はぁ……。なんだよお前ら!」
むしゃくしゃして床に転がった缶を踏み潰す。それだけじゃ飽き足らず、踏み潰した缶を蹴飛ばす。
「なんでいつもこうなんだよ……」
ヘッドフォンを外して机に置き、ベッドに入って寝ようと振り返ったその時、ひらひらと舞うカーテンの前に立つ、白くて長い髪と赤い瞳が特徴的な、この季節には珍しい薄着を纏ったいかにも怪しげなヤツが突っ立っていた。
「やっと気づいてくれた。邪魔するのも悪いかなーって思ってね。」
ソイツはニヤッと笑う。むしゃくしゃしていた俺は、床に落ちていた缶をソイツに投げつける。しかし、すぐ買わされる。俺のイライラはますばかり。
「お前、どっから入ってきたんだよ。」
「どっから……って、みりゃわかるでしょ?あの窓からだよ。開いてたよ?」
そういって、ソイツはカーテンの向こうにある、全開になった窓を指差す。そうだ、俺は換気をしようと窓を開いた時、ちょうど試合が始まったから、そのままにおいて……。そのままその扉の存在を忘れてゲームに没頭してしまったようだ。
「開いてたっていうか、開けてたんだよ。というか、お前、ここマンションの6階だろ?どうやって登ってきたんだよ。」
薄着のソイツは答える。
「えーとね、吸血鬼の力を使ったんだ。」
「吸血鬼?」
俺は眉を顰める。吸血鬼なんて、ゲームとかアニメの中でしか聞いたことがない。
「えー?もしかして、疑ってる?僕、本当に吸血鬼だよ?」
そういって、ソイツはにぃーと八重歯を見せる。
「人間でも八重歯あるやついるだろ。嘘つくなよ。警察に突き出すぞ?」
そういって、俺は、スマホを探す。しかし、ない。どこにもない。
「もしかしてぇ、お兄さんが探してるのって、これのこと?」
そんな時、ソイツは俺のスマホを右手に持ち、ひらひらと見せつけてくる。
「このままだとぉ、警察に通報できないねぇ?ざ〜んねん!」
今すぐこのガキを分らせたい。いつもの俺なら、そう思うだろう。しかし、ゲームでボロ負けした後。この煽り口調は頭にくる。今すぐコイツを殴りたい。殴り殺したい。不快だ。俺の目の前から消えて欲しい。
「ねぇ、お兄さん、僕が吸血鬼かどうか、疑っているんでしょ?それならさ……試してみる?」
そういって、相変わらず俺のスマホを持ったまま、前屈みになる。待て、その薄着の隙間から覗いているのは谷間か?でも、俺の目の前にいるコイツは華奢な体つきをした子供のような見た目をしている。俺はロリコンじゃない。俺は犯罪者ではない。
ソイツは上がった口角をそのままにして、目を真顔に戻す。この目力、俺の考えを見透かしているような、そんな気がした。
すると、ソイツはもっと屈みだした。そして薄着の隙間から見える……薄いピンク色のスポーツブラ。前言撤回。俺は今すぐこのメスガキを分らせたい。吸血鬼なんて、幼い見た目をしていても中身が成人していることも多い。よって、俺はロリコンでもなければ犯罪者でもない。そうやって、コイツに劣情を抱いてしまう自分を正当化する。
「どうやって試すんだよ。」
冷静になって聞いてみる。本当なら、ここで押し倒してもいいのだが、少し泳がせてみてもいいだろう。いや、正直にいうと、少し怖気付いている。一応、こんな俺にもリアルで好きな人だっている。ここでコイツに欲をぶつけてしまうと、彼女に失礼だ。俺は、恐怖のお陰で、理性を保った。
「それはね?」
ソイツは俺に近づく。俺は後ろに下がるが、さっき床に散らばったエナドリの空き缶を踏んで、尻餅をつく。ソイツはその隙を見逃さず、一気に俺に近づく。そして、俺に覆い被さり、耳元で囁く。
「君を眷属にするんだよ。」