レイリア王女は恋をしました。恋をしたその人の名は……
レイリアは悲しかった。
どうしてなんでなんで私だけがこのような目に遭うの?
レイリアはマディニア王国の王女である。
王子である兄二人が上にいるが、王女はレイリア一人だ。
レイリアだけが、平民の母を持ち、二人の兄は王妃の息子である。
だからって、これはないでしょう。
16歳になった時、国王陛下の娘だと判明し、王家に引き取られたのだ。
毎日毎日、勉強勉強。それはそうだ。市井で育ったレイリア。
貴族のマナーなんてまるで解らず、このままでは王女としては、まずいと言う事で。
レイリアは家庭教師がついて、毎日毎日勉強をさせられていた。
字は読める。教会で教わった。
だが、この王国の歴史とか、貴族の家の名称。他に色々と何も解らない。
マナーだって食事一つとっても難しくて。
学んでも頭に入ってこなかった。
涙が零れる。
今まで苦労の連続だった。
母は食堂で働いていて、とても貧しかったから。
だから、王女様なら、豪華な暮らしが出来ると思ったのに。
それはそれなりに美味しい物は食べられるけれども。
食事の時もマナーの先生が煩くて煩くて。
国王である父と、義母に当たる王妃。そして兄二人と共に食事をとる事もまだ出来ない。
マナーの教師と三食。食事のマナーを教わりながら、食事をするのだ。
おやつの時間だって、いちいち、マナーを煩く教わりながら、おやつを食べる。
国王は王妃が怖いらしく、会いにすら来ない。
王妃は時々、顔を見せて、扇を手に顔を歪めて、
「全くこれだから市井の娘は。こんなのが王女だなんて。恥ずかしくてどこにも嫁に出せないわ。嫁に出したら王家の王女はこんな出来の悪いどうしようもない娘だと、マディニア王家が馬鹿にされます」
貶める事しかされなかった。
兄二人も、ちっとも顔を見せないので、全く交流がない。
孤独で寂しくて、寂しくて。
夜は今日、やった勉強の復習をしなければならない。
机の前で本を広げ、ノートに書き写して、復習していたら、外から華やかな音楽が聞こえてきた。
王宮の夜会が催されているのだ。
私だって、夜会に出て踊りたい。
だけれども、まだまだダンスを上手に踊る事が出来なくて。
ダンスの先生にも叱られてばかり。
あああ、そうだ。
ちょっと覗く位なら。ちょっと夜会を見てみたい。
私だって出席したいのよ。
しかし、夜会用のドレスなんて持っていなかった。
まだ必要ないと用意もされていないのだ。
レイリアはこっそり夜会に潜入することにした。
廊下に出て、広間に行こうとしたら、警備の騎士に呼び止められる。
「ここから先はお通しする訳にはいきません。王女様」
「私だって夜会に出たいのよ」
「国王陛下から許可が出ておりません。ですから部屋へお戻りを」
「ええええっ。でもでもだってっ」
その時、声がかかった。
「俺と一緒なら文句あるまい」
ディミアス・マーレリー大公。
彼も実はレイリアの三人目の兄にあたる。
ただ彼は王子二人に勘定されていない。王族を外れて王宮にある図書館の図書館長をしているからだ。
王子はディオン皇太子と、フィリップ第二王子。そして、このディミアスが王族を外れた三人目の兄である。
ディオン皇太子と双子の兄弟だが、ディミアスは顔にあざがあり、病弱だった為、王子として育てられなかった。現在はマーレリー大公として、王宮図書館の図書館長も務めている。
そして、レイリアはディミアスの事をまるで知らなかった。
「あのーーどなた?」
「兄なんだが。俺はディミアス・マーレリー。ディオンの双子の兄弟だ。ただ王族を外れているから」
「お兄様――」
レイリアは抱き着いて、
「夜会に出たいですっ。どうか連れて行って下さい」
「おとなしくしていると言うのなら、ドレスは困ったな」
するとディミアスに近づいてきた、一人の女性が。
「わたくしはディミアス様の妻、ミリーです。ドレスはわたくしが貸してあげますわ。王女様」
「有難うございますっ」
控室に連れて行って貰い、ミリーが予備に持って来たという桃色のドレスを貸してもらった。
髪を結う時間も無いので、飾りを簡単につけて、ディミアスとミリーと共に夜会の会場に入る。
そこで、兄であるディオン皇太子や、フィリップ王子、国王や王妃たちに見つかるとまずいので、入り口で別れて、こっそりと夜会を観察することにした。
初めて見る夜会。
皆、高価な夜会服やドレスを身に纏い、おしゃべりに興じている。
使用人に声をかけられた。
「飲み物は如何ですか?」
「有難う。ジュースを頂戴」
オレンジジュースを貰って、味わっていると、ふと、肩までサラサラの金の髪を流した、とても美しい男性を見つけてしまった。
どこの人かしら。
思わずふらふらとその男性の傍に寄って、話しかける。
「あの、貴方はどなたかしら?とても綺麗な人」
「え?私は隣国アマルゼの外交官の連れで、伯爵のエリク・ハリウスと申します」
「まぁ、エリク様」
胸がドキドキする。これは運命の出会いかしら。
「そちらのテラスでお話をお聞きしたいの。一緒に来て頂けないかしら」
「ええ。喜んで」
テラスに移動する。
王宮の庭を照らす灯りがぽつりぽつりと見える景色。
それをテラスの手すりの前で、並んで見つめながら、レイリアはドキドキしていた。
「あ、あの……マディニア王国には何の用事で?」
「いえ、ちょっと興味があったので。観光に来ただけですよ」
「そうなんですか。あの、ご、ご結婚は?」
恥ずかしくてエリクの顔が見られない。
「結婚はまだですね。いずれはしたいと思っておりますが」
「そうなんですか」
「そういう貴方は?お名前を伺っていませんでしたね」
「わ、私は」
そこでハタと思った。
レイリア王女ですだなんて言ったら、まずいのでは?
せっかくディミアスお兄様に連れて来て貰ったのに。迷惑をかけてしまう。
「私は伯爵令嬢ですわ。伯爵令嬢。そ、そうそうマギー・エスタル。マギー・エスタルよ」
適当に知っている伯爵令嬢の名をかたってしまった。
彼女の名を偶然、聞いたことがあるのだ。
「マギーですか。とても素敵な名前ですね」
見上げてみたら、エリクは微笑んでいて。
その顔がとても綺麗で。
思わずレイリアはエリクの手を握り締めて、
「少しでもお話出来て、幸せでした。だからその思い出に口づけをしてくれませんか?」
真っ赤になって思いっきり強請った。
エリクは困ったような顔をして、
「そういう訳にはいきません。思い出にダンスを。二人だけで踊りませんか?」
「私はダンスはまだまだ下手で」
「下手でも誰も見ていませんから」
テラスで踊る二人だけのダンス。
出会ったばかりの美しいエリク。
自分は王女なのだ。結婚だって国王や王妃が決めて、自分の思い通りにならないだろう。
だったら一夜の夢。こうして素敵なダンスを……
レイリアは涙を流した。
王族になんてなるんじゃなかった。
豪華な生活に憧れていたけれども、結婚も自由に出来ないなんて。
あまりにも悲しくて涙を流した。
☆
アラフは焦っていた。
この方、マディニア王国の王女様だよね???
資料に書かれていた情報の人物とよく似ているんだけど。
マギー・エスタルっていう伯爵令嬢は実在する。
赤毛だったはずだ。
この令嬢は黒髪で。
いやいや、王女様と偶然出会って、ダンスだなんてそんな馬鹿な……
だから適当に合わせてごまかすことにした。
万が一、本物だったら非常にまずい。
こちらだって偽名を使って知り合いの外交官に連れて来て貰ったのだ。
そう、アラフは辺境騎士団の四天王。
屑な美男を調達し、騎士団員達を喜ばせる。
その作業を率先だってやるのが、四天王の役目。
そして、アラフは四天王のリーダーだった。
マディニア王国のディオン皇太子は正真正銘の屑である。
破天荒の勇者である彼は、胸と背中に黒百合のあざを持つ、神イルグに愛されている勇者だ。
セシリア皇太子妃という非常に出来た妻を持っているのだけれども、男の愛人を持っている屑である。
側妃なら解る。
子を沢山望むなら側妃だって必要だろう。
だが男の愛人とは何事だ?屑ではないのか?だったら辺境騎士団に……
他にもマディニア王国には美しい男がいるが、ローゼン騎士団長は王国一の伝説級の美しさだ。
だが、さすがに屑ではない男を連れ去る訳にはいかない。
女性を泣かす屑は許さない。
辺境騎士団において制裁を加える。
しかし、マディニア王国に関しては、騎士団長から止められた。
「あそこは色々とまずい。あそこだけは手を出すな」
納得できなかった。
情熱の南風アラフの名が廃る。
どう不味いのかディオン皇太子を見る為に、わざわざ、アマルゼ王国の外交官に頼んで、一緒に連れて来て貰ったのだ。
夜会で、謎の女性に声をかけられて、何だかダンスを踊る羽目になった。
いやその、まだディオン皇太子を見ていないんだが???
史上最大の屑を見て、可能ならば拉致したい。
いや、拉致は無理か?相手は破天荒の勇者だ。周りにいる連中もかなり強いと情報が入っている。
だが、もし、隙があるならば……
そうアラフは思ったのだが、そして今、現在に至る。
ダンスを終えて、いきなりマギーを名乗る女性に抱き着かれ、困ってしまった。
その髪を優しく撫でて、
「何が悲しいのか解りませんが、まだまだ貴方はお若いのですから。きっといい事がありますよ」
そう言うしかなかった。
☆
翌日、メイド服を盗んで、レイリアはメイド服に着替えて、こっそりとゴミを出すふりをして、裏門から王宮を抜け出した。
アマルゼの外交官なら、外交官宿舎に泊っているはず。
早朝、霧のかかる中、ひたすら走るレイリア。
会いたい会いたい会いたい。
エリク様にもう一度、会いたい。
彼は帰ってしまうだろう。
夜会が終わってしまったのだから、最後に一目でも会いたい。
外交官宿舎の門の前で守衛に頼みこんだ。
「エリク様に、エリク・ハリウス伯爵様に、マギー・エスタルが会いに来たと伝えて下さい。お願いです。エリク様に会いたいのですっ」
守衛は、
「解りました。早朝から困りますが……急用なのですね。取り次いでみましょう」
しばらくして、エリクが宿舎から出てきた。
「これはエスタル嬢」
「エリク様。最後にお会いしたくて、私、私、貴方の事が」
門の前でエリクに抱き着いた。
エリクは優しく抱き締めてくれて。
「有難う。俺と貴方とは夕べ出会ってダンスを踊っただけだというのに」
「私、ピンと来てしまったのです。これは恋だと。でも、私達は結ばれない運命。だから、だから、私はっ」
「今現在を、頑張りなさい。そしたらきっと、貴方にふさわしい相手が現れますから。
私は遠くから応援しておりますよ」
「その胸に下げているペンダント、下さいませっーー。それを励みに頑張りたいと思いますっ」
「これ?これですか?いいですよ」
ペンダントを首にかけてくれた。
金色の綺麗なペンダント。
このペンダントを励みにレイリアはこれから先、王国の王女として頑張ろうとそう思った。
レイリアが後ろを振り向くと、馬車が停まっていて。
兄であるフィリップ王子が馬車から降りてきた。
「迎えにきた。レイリア。勝手に王宮を抜け出しては困る。母上に怒られるだろう?帰ろう」
レイリアは頷いて、
「さようなら。エリク様。どうかお元気で」
王女である自分はエリクとは結ばれない。
でも、エリクのお陰で王女として生きる覚悟が出来た。
毅然とした足取りで、馬車に乗り込むレイリアであった。
☆
アラフはほっとした。
やっとあの王女は去ってくれた。
しかし、あんなペンダントでよかったのか?あのペンダント。
安い割にオシャレだよなと露店で買ったんだよな。
そう、昨日、王宮から出ようとしたら、拉致されたのだ。
王宮の奥の客間に、
破天荒の勇者、ディオン皇太子がソファに座っていて、聖剣を片手に睨まれた。
「なんだ?辺境騎士団がなんの用だ?俺の妹をたぶらかして」
アラフは慌てたように、
「偶然だ。偶然っ。たまたまああいう事になっただけで。やはりあの女、レイリア王女か?」
「ああ、俺の大事な妹だ」
ディオン皇太子は立ち上がり、
「で?屑の美男しか用事がないお前らが、我が王国に何しにきた?」
アラフはディオン皇太子に向かって、
「最大の屑の美男を見に来た。できれば仕置きがしたい。我が辺境騎士団四天王、情熱の南風アラフとしてね」
「命知らずだな。俺は破天荒の勇者だ」
「ああ、仕置きをしたいと言ったが、無理そうだ。だから今回は撤退する。しかし、俺達、辺境騎士団を舐めるな」
「舐めているのはどっちだか。まぁいい。頼みがある。妹にはお前の正体をばらすな。あれはあれで一生懸命生きている。エリク・ハリウス伯爵として、綺麗な思い出を持たせてアマルゼ王国へ帰国して欲しい」
アラフは首を傾げる。
「え?思いっきり夢を壊した方がよくないか?辺境騎士団員アラフが偽名を使って、破天荒の勇者の様子を窺いに来ていたって」
「がっかりするだろう?レイリアは。まぁそのうち、ハリウス伯爵が他の令嬢と婚約したと手紙を書いてやってくれ。恋は綺麗な思い出で終わった方がいい」
アラフはディオン皇太子に、
「皇太子殿下自身は、綺麗な思い出で終わるつもりは?セシリア皇太子妃様は良い方なのだろう?俺達辺境騎士団だってセシリア様の評判は知っている。悲しませたら可哀そうではないのか?」
ディオン皇太子は寂しそうに、
「俺があの男に捕らわれてしまったのだから仕方ない」
アラフは思った。
屑は屑なのだろうけれども、罰していいかどうか、いや、その前に、この男が強すぎて罰することなんて出来ないだろうけれども。
アラフは肩を竦めて、
「解った。綺麗な思い出としてレイリア王女の前から姿を消そう」
「有難う」
ディオン皇太子に握手された。
いや、褥でもっと激しく仕置きをしたかったけれどもな。
破天荒の勇者は色男だから。
☆
レイリアは金のペンダントを握り締めて、大変な王族としての教育を頑張った。
そして、一月後、エリク・ハリウス伯爵から手紙が来て、嬉しさのあまり開いてみれば、家の都合で、子爵令嬢と婚約したと近況と共に書いてあった。失恋の痛みで胸が痛くて痛くて。泣いた
しかし、三日後には元気を取り戻して、
「私は王女様なのだから、頑張らないとっーーー。燃えてきたわ」
真実は闇の中。
エリクが辺境騎士団四天王アラフとはまるで知らなかったレイリアは、恋の思い出を胸に勉強を今日も頑張るのであった。