欲しいもの
とある昼下がりのカフェ。二人の女性が談笑していた。
「おめでとう」
女は笑顔で結婚の決まった友人を祝福していた。穏やかに微笑む女は誰が見ても友人の結婚を喜んでいるように見えるだろう。
「ありがとう」
友人も笑顔で返す。指にはいかにも高価そうな婚約指輪が光る。相手が資産家であることがうかがえる。
「これよかったら。私が作ったクッキー。アーモンド風味よ。」
女は綺麗にラッピングされた箱を取り出す。
「ありがとう。嬉しい。お菓子作るの得意だったよね。」
友人は笑顔で受け取る。
「そんな大したことないよ。趣味だよ。」
女はにこやかに答える。その後二人は和やかに過ごした。どこから見ても友人想いの天使のような女に見えるだろう。
友人と別れるなり、女は先程までの花のような笑顔を捨て、苦々しく顔んを歪める。
「はっ!何が資産家だよ。親のコネで決まった結婚だろうが。あんなブス選ぶなんてどうせろくな男じゃない。けど、私より先に結婚するなんて生意気。ムカツク女には罰が必要よね。」
女は一人ほくそ笑む。友人が結婚すると聞いてから女はいろいろ探りを入れていた。相手の男にアーモンドアレルギーがあることも承知している。
「なのに何よ。彼氏が食べられないことなんてお首にも出さず受け取って。嬉しいなんて白々しい。かわいこぶるな。まぁ、受け取ったからいいわよね。せいぜい苦しめ。」
女はクッキーに下剤を仕込んでいた。1枚でも食べれば効果が出る。相手の男が食べられないアーモンドをわざわざ使ったのも友人にだけ食べさせるためである。女に友人を祝福する気などサラサラなかった。いや、そもそも相手を友人とすら思っていなかった。たまたま共通の知り合いから結婚すると、それもかなりの金持ちと聞いて妬ましさから腹いせをしただけである。女は自分が一番でなければ気に食わなかった。そのためなら他人を蹴落としてもも平気だった。
「私よりいい思いするなんて許さないんだから。」
その夜、女のもとに妖精が現れた。
「お前の願いを1つだけ言ってみろ。」
妖精が言った。
「これ夢よね。でも、もし本当に願いが叶うなら代償を払うことになるのかしら。」
「夢ではない。代償などいらん。無償の奉仕だ。お前の日頃の行いに対する報いだ。どんな願いか言ってみろ。」
「報い。成程。それなら納得。やっぱり見るヒトが見ればわかるのね。私こそ選ばれし者だって。無償なら願わなきゃ損よね。でも、何がいいだろう。やっぱりお金かな。宝石でも服でも家でも何でも買えるし。でも、せっかくならお金で買えないものの方がいいかな。若さに美貌に名誉に地位に恋人。ああ、あり過ぎて悩む。1つになんて決まらない。もっとたくさん叶えてよ。」
「素晴らしい。やはりお前を選んだかいがある。だが、残念。願いは1つだけだ。」
「なんで1つだけなのよ。欲しいものがたくさんあるのに。私が手に入れ損ねたものを誰かが手に入れるなんてイヤ。不公平よ。ムカツク。全部私が一番でないといけないの。」
「全部とは?」
「だから全部。お金も服もアクセサリーも美貌も家も地位も恋人も全部欲しい。私が一番いいのじゃなきゃダメなの。全部私のものなの。」
「ならお前を全部一番にしてやる。欲しがるものがないよううにしてやる。」
「えっ、そんなことできるの。じゃそうして。」
「わかった。」
女は全部一番になった。女が欲しいものはなくなった。だが、女は満足しなかった。それどころか地団駄を踏んで悔しがった。お金も服もアクセサリーも美貌も家も恋人も全て今までと変わらなかったからだ。
女が欲しかったものが全部消えたのだ。