第5話 神話と宇宙人
その日の放課後、ユキは所属している天文同好会の部室に顔を出すと、珍しく同級生の男子数人が集まって、ワイワイやっている。
近年、高校の部活動のあり方も大きく変わった。
運動部は放課後、地域活動という形に移行している。生徒数の減少で一校だけでは特に集団競技をすることが不可能になったからだ。加えて、正規の教員数の削減により、顧問の先生を確保することが不可能になったことも大きい。
文化部は辛うじて放課後の自主的な活動という名目で、校内でその命脈を保っている。
さて、この天文同好会、当然のことながら活動内容は天体観測なのだが、いくらなんでも放課後の午後4時に星を観測することも出来ず、結局、ただ部室でだべることが主な日課となっていた。校舎の屋上には立派な天体観測ドームがあるのだが、地学専門の常勤教員がいないため、ここ何十年も稼働したことがないという。
「だから~、オレ、本当に見たんだからさ。信じてくれよォ~」
ユキと同級生のマッシュルームカットをした北川が素っ頓狂な声を上げている。
「あ、山口ぃ」
横をすり抜けて通ろうとしたユキは北川に呼び止められる。まったくもう、いつもながら面倒くさい奴だ。
「山口はUFOの存在を信じてる?」
「何を突然?」
と、ユキは引くポーズをとる。
他の連中がはやし立てるように言う。
「ダメ、ダメ、こんな奴の言うこと聞いちゃ」
「こいつの言うことなんて信じられん」
それでもユキは一応、北川の言うことを聞いてみた。
「何のこと?」
「オレ、昨日の夜中の2時頃に見たんだよ。うちの西の方の山の上を、青白い光が飛んでいたんだ。嘘じゃないよ」
北川がそうやって騒ぐのは、いつものことだ。
「UFOを見たっていうの?」
「うん、嘘じゃないよ。信じてくれよ」
ユキは笑いながら、
「そうねえ、あったら面白いとは思うんだけどね~」
「あ~、信じてないなぁ?!」
と、北川はまるで悲鳴のような、ふてくされた声を上げた。
「だってさぁ……それ、飛行機か何かの見間違いじゃなぁい?」
「そんなことないって! 飛行機みたいな音はしていなかったし、そもそも旅客機がそんな夜中に飛ばないよ」
横から他の男子たちが口を出した。
「旅客機じゃなくて、軍用機かもよ」
「いやいや、単に寝ぼけてただけじゃね?」
「ちぇっ、みんな信じてくれないのなら……今度必ず画像を撮ってやる!」
でも実は、ユキもその手の話は嫌いではない。というか、むしろ世の中の不思議な話はオカルトめいたことまで含めて好きといった方が良いくらいだ。
何しろ、家にある父親の本棚に並んでいた有名なスーパーミステリー月刊誌『モー(Moo)』を創刊号からこっそり読破しているくらいだ。父親がいなくなってからは自分の小遣いで毎月買っている。
しかし、ユキはこの趣味のことは周囲には内緒にしていた(先日はソラに見られてしまったが)。不用意にそのことを言うと、下手をすると相手に気味悪がられるかもしれないからだ。ただでさえ、天文同好会という他に女子のいない部活に入っていて、同級生の特に同性からは「風変わりな」イメージを持たれているのだから。そうでなくても、北川が何かあるとすぐに「UFOだっ!」「宇宙人だっ!」と大騒ぎして周囲の顰蹙を買っているのを見ているから。
それはともかく、男の子は幼い頃、虫か星のどちらかに興味を持つといわれる。「虫派」か「星派」かということだ。
では、女の子の場合はどうなのだろう?
「男の子は……、女の子は……」などと学校で区別して言おうとすると、この2046年の日本では、
「ジェンダーフリーだよっ!」
と、特に女子から大顰蹙を買う。
しかし、この時代にあっても、女子の理系志望者──いわゆるリケジョ──は男子に比べると数が少ないのは事実であった。
そんな中、ユキは中学生の時分から、父親の遺していった大口径の天体望遠鏡を使って何気に家の二階のベランダから夜空を眺めていた。そういう意味ではユキは「星派」と言えよう。
ユキはこの父親の天体望遠鏡を高校生になっても大事に大事に使っていた。いや、これからもずっと大事に使うつもりだ──そう、ユキが小6の頃に他所に女を作って、母と自分を捨てて家を出て行った父親の天体望遠鏡を。
なんだか世界史の授業のあった日に限って、帰り道でソラと一緒になる気がする。いや、まだ二度目だが。しかも今日は部活が終わって、一人で校門を出ようとしたところでソラに呼び止められたのだ。
「あ、ユキちゃん、待ってよ!」
だって。
──ん? 私、あんたにファーストネームで呼ばれるほど、仲良かったっけ? それにしても、偶然にしては出来すぎている。あれ、もしかして校門で待ち構えていたのか? 嫌だ、まるでストーカーみたいじゃない!
「偶然だね。僕も今、部活が終わって帰るとこなんだ」
──黙れ、ストーカー!
「んっ? 何、恐い顔をしてるの?」
「あっ、いや、別に」
ユキは慌てて首と手を横に振って、逆にソラに尋ねた。
「へえ、何部なの?」
「美術部だよ」
──ふうん、そうなんだ。
「ユキちゃんは何部なの?」
「えっ? 私? 天文同好会……」
一瞬の間を置いて、ユキは答えた。
「へえ、いいなぁ」
「何が?」
「何がって、リケジョっぽくて、カッコイイ」
──カッコイイ?
「意外?」
「まさかぁ。褒めてるんだよ、僕」
最近、あまり他人から褒められたことが記憶に無いユキは、頬がちょっとだけ赤くなる感じがした。だいたい、この趣味にしたところで「女のくせに……」と言われることすらある。特に最近、少し口うるさいと感じられるようになった母親がそうだ。
「女の子がそんな趣味を持ってても将来、何の役にも立たない」
などとユキに面と向って言う。
もっともそれは、この天体望遠鏡を遺して消えたユキの父親の影を娘の背後に感じていたからかも知れないが。
ソラからカッコイイと言われて、ちょっと良い気分になったユキは自然に、
「そういえば、さっき部室でさ……」
と、北川たちが騒いでいたことを話した。最近、北川は亀島市街から西の鈴鹿山脈の方角でよくUFOを目撃するという。
しばらく黙って聞いていたソラは、
「じゃあ、ユキちゃんはUFOの存在を信じてるの?」
と訊いてきた。
「さぁ、あったら面白いとは思うんだけどね」
と、北川に対してと同じことを言うユキ。
そこでユキは何気なしに、以前『モー』で読んだ特集記事を思い出して、ソラに話をしだした。
「そういえばさ、世界史の授業でシュメール人って出てきたでしょ」
「うん、若林先生の話だと、何だか高度な文明を持っていたけど謎の民族って感じだったよね」
「それよ、それ。実はね、シュメール人は宇宙人だったとか、宇宙人に文明を教えてもらった人々だったとかいう話があるのよ」
ユキにそう言われて、ソラは一瞬、呆気にとられたような顔をした。
──しまった。調子に乗って喋りすぎたかっ?
ユキはひやっとした。
──やっぱりオカルト素人に、いきなりこの手の話は刺激が強すぎたのか?
しかし、ソラはすぐに言い返してきた。
「また、いきなり何を言い出すかと思えば、そういうこと?」
「だって、おかしいと思わない?」
「何が?」
「どうして突然、どこから現われたのかもわからないシュメール人が当時としては画期的な文明を持ってたのか、ということよ。そもそも世界中の神話には『天から下りてきた神々が、人類に文明を教えてくれた』っていうモチーフがあってね……」
と、ユキは『モー』で得たような知識を一生懸命思い出しながら話し始めたが、ソラはユキの話をさえぎるように、
「じゃあ、神話でいう神様って、宇宙人のことだって言うの?」
と訊く。
「そうとは断定できないけど……でも、世界最古の文明とされるシュメール以外にも、古代エジプトや、アフリカのドゴン族や、アメリカ先住民なんかにも、そういった神様にまつわる神話伝説があるというの」
普段、周りには隠している知識を、ユキはソラになら開陳できるような気がして珍しく饒舌になる。
「で、シュメール神話にも、オアンネスていう神様がいてね。見た目は半魚人なんだけど、七日間で人間にあらゆる学問を教えたとされているの。数学、建築、法学、農業など。そして、人間のそれまでの野蛮な風習をやめさせ、生活を文明的なものにしたと伝えられているの。以後、オアンネスの指導によってもたらされた進歩に付け加えるものは何もない、って言われていたそうよ」
「でも、それは神話でしょ?」
と、あくまで冷静なソラ。
「その通りよ。でも、そこである人は考えた。世界中に同じような神話がある。だから、そのことは何らかの『真実』の反映なのだと。そこで考えられたのが『神=宇宙人』説なのよ」
「そんなに簡単に結びつけちゃっていいのかな?」
「たとえば、作家のゼカリア・シッチンていう人は、『シュメールの古文書には、アヌンナキと呼ばれる宇宙人が地球にやって来て、人類を創造したと書かれている』と主張しているの。本当だったら面白いよね~」
なぜか、ソラの前では自分が周囲に隠していたオカルト趣味を全開してしまうユキ。
しかし、ここでソラはついに耐えきれなくなったのか、「く、く、く」と笑い出した。
「まったく、ユキちゃんは、何でも信じちゃうんだね」
「何よ、それ、どういうこと?」
ソラの言い方に、ちょっと小馬鹿にされたようなニュアンスを感じてカチンときたユキ。
でも、ソラは冷静に、
「あのね、シュメール人は確かによく『謎の民族』とか言われるけど、ぶっちゃけ僕には何が謎なのかわからない、ということだよ」
と、長めの前髪をかき上げながら言った。
「まず『シュメール人は突然、現れた』っていうことなんだけど」
と、ソラはここで一呼吸置いてからゆっくりと話し始めた。
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