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第4話 歴史はシュメールに始まる?

 ユキの通っている亀島高校は単位制総合高校である。


 これは従来の高校に比べて、様々なメリットがある。


 単位制の一番のメリットは、自分で自由に時間割を組むことが出来ることだ。高校の必履修科目(必ず全員が履修しなければいけない科目)以外は、各自の目的や好みに応じて何を勉強するのかを決めることが出来る。卒業に必要な単位数は74単位以上だが、74単位ギリギリにしても良いし、時間割をギッチリ埋めて74単位以上履修しても良いのである。


 自由に時間割を組めることで、自分の進路に「必要のないムダな科目」を履修しなくて済む。例えば、私大文系に進学すると決めている生徒にとって理系の自由選択科目は「受験に必要のないムダな科目」になるので履修する必要はない。その分の時間を、英語や国語などの授業に充てることが出来るのが単位制の最大のメリットであろう。


 さらに、単位制の場合、卒業までに必要な74単位以上を3年間の間に履修すれば良いということになっているので、1年生で何単位、2年生で何単位取得しなければならないという規定は無い。従って、履修単位不足による留年は無く、卒業までに必要な単位数を履修出来なければ4年、5年かけて通っても良い。すなわち、普通科高校のような「留年」は無いのだ。


 ただ──だからこそ、生徒には計画性が求められる。「自由に時間割を組む」と言うと聞こえは良いが、将来のことを何も考えずに好きな科目ばかり選択してしまうと、入試科目の関係で将来の進路選択の幅を狭めてしまうことになりかねない。それが最大のデメリットとなる。


 実はユキは将来の国公立大受験を睨んで世界史の授業を選択したのだが──。


「そもそも、シュメール人は紀元前4000年頃にはすでにメソポタミア地方南部にいたことはわかっていますが、それ以外のことはよくわかっていないのです」


と、若林先生は言う。


──あ~あ、退屈だなぁ。よくわかっていないことをどうやって覚えろというのだろう。


 そんなことを思いながら、ユキは欠伸(あくび)をかみ殺す。


 2年生になって二度目の世界史の授業。PCの画面上には若林先生直筆の右上がりのクセのある字で「歴史はシュメールに始まる」という言葉が映し出されていた。その下には例の「肥沃な三日月地帯」周辺の略図が描かれている。青い二本の線で描かれているのがチグリス川とユーフラテス川。川の上流・中流・下流に対応して略図の右横にアッシリア地方・アッカド地方・シュメール地方と書かれている。


「メソポタミアにはそれまで誰も住んでいなかったわけではなくて、ウバイド人と呼ばれる人々がウバイド文化を営んでいたんですが」


 ここで息を継いで、若林先生は少し早口になる。


「一説には、メソポタミアの東方から来たシュメール人が、そのウバイド人を追い出して、『シュメール文明』と呼ばれる高度な文明を築いたとされています。この地域は当時、世界の最先進地域だったのです。シュメール人が画期的だったのは、まず人類史上初めて文字、(くさび)形文字を作ったことです。これは、物の売買に必要だったんですね。『誰に・誰から』──『何を』──『売った・買った』といった記録に使われたのです」


 ユキには若林先生の声がまるで子守歌のように聞こえてくる。


「粘土板に書かれた文字は後世に残るでしょ。すると後世に残すために、物の売買の記録だけじゃなくて、人の歴史が記録される──あ、ちなみに歴史が記録に残るから、文字が発明されるまでが『先史時代』、それ以降を『有史時代』と呼びます──さらに、文字を使って文学も書かれます。代表的なものは『ギルガメシュ叙事詩』、これは『旧約聖書』のノアの箱船の話の原型だと言われています。シュメール人たちは歴史や神話だけじゃなく、さまざまな文章を残しました。『学校時代』という紀元前2000年頃に書かれた学園小説の元祖みたいな作品まであるのよ。当時の学校は、先生がやたらと生徒をムチで打ったようなんだけどね」


 と、そこまで言うと、若林先生は教壇上からつかつかとユキの方へ歩み寄り、頭を軽く小突いた。


「『なぜお前は許可無くして居眠りをしたか? 先生は私を鞭で打った』とかね。よかったわね、あなた。シュメールの学校ならムチで打たれてるわよ。山口さん、でしたっけ? あなた、前回の授業でも居眠りしてたわね?」


 しまった、バレてたのか。周囲の子たちが笑いをかみ殺してるのがわかる。ユキは赤い頬をさらに赤くした。さすがに恥ずかしい。


 でも、ユキはまさか正直に「先生の授業が退屈だから眠くなってしまうんです」と言うわけにもいかず、口では、


「すみません」


と恐縮したそぶりで謝るしかない。


「……こうしてシュメール人は裕福になっていったんだけど、その富を狙う外敵からの侵略にも悩まされることになりました」


 若林先生は教壇へ戻り、自身のPCを操作した。ユキたちのPCの画面に現在のメソポタミア(イラク)南部の画像が広がる。


「メソポタミア南部、シュメール地方はこの通り開けた平原だから、攻められやすく守りにくい地勢なんです。ここには敵と戦うのに便利な山や森はありません。そこで、都市の周りに堀や壁を作って敵を防ぐ方法が考えられました。青銅製の武器も使用され、そういう武器を持たない異民族との戦いには威力を発揮しました」


──ああ、戦争か。人類は農業を始めて裕福になったら、戦争を始めたんだっけ。そう、富の奪い合い。


「もっとも戦争は異民族とだけじゃなくて、シュメール人の都市国家同士でも起こっています。こういった戦争を指揮するために『王』と呼ばれる人が登場したとも言われています」


 シュメール人のバイタリティは敬服に値する。都市を造り、文字を作り、用水路を作って灌漑(かんがい)農耕を始めた。農業生産力を上げるために青銅器の(すき)や暦を作り、都市を守るためには城壁や堀を作る。まるで、♪「しばしも休まず(つち)打つ響き」だ。授業中に呑気(のんき)に居眠りしているユキとは大違いである。


「今ひとつまとまりの悪かったシュメール人に対して、メソポタミア中部にいたアッカド人にはサルゴン一世という強力な王が現われました。前2334年、そのアッカド帝国のサルゴン一世によって、メソポタミア南部にあったシュメール人の都市国家は征服されてしまいます」


──ありゃりゃ、負けちゃったのかよ。ダメじゃん、シュメール人。というか、前2334年って、4,300年以上昔でも正確な年代がわかるんだ。すごいなぁ、文字があるおかげだよね。


 と、ユキはややもすると寝てしまいそうな頭の中で、あれこれと考えを巡らせている。


「けれど、アッカド帝国の支配は長くは続きませんでした。メソポタミア南部にシュメール人最初の統一国家であるウル第三王朝が興ります。このウル第三王朝を建国したウル・ナンム王は前2112年に即位したと考えられていますが、『ウル・ナンム法典』を制定したことで有名です。この法典は後のハンムラビ法典につながる世界最古の成文法とされ、シュメール語で書かれています」


 ちなみに、このウル・ナンム王、メソポタミアの覇権を握った後、盛んに建築事業を行なった。支配者というものは、かの秦の始皇帝のように権力を握ると、やたら大きな建物を造りたくなるものらしい。ウル・ナンム王の場合は、「ウルのジックラト」と呼ばれる巨大な神殿を造営したと言われている。この建物は天体観測に使われたとか、洪水の時の避難所に使われたとか、用途には様々な説がある。また、『旧約聖書』の「バベルの塔」の話の元ネタになっているという説もある。


「ウル第三王朝は最盛期にはイラン高原から地中海沿岸まで支配下に置いたとされていますが、長くは続きませんでした。滅亡の原因ははっきり特定されていませんが、一説では当時、農地の土壌が塩化して生産力が半分以下にガタ落ちしたことが原因とも言われています。前2004年、最後の王イビ・シン王の時代にウルは陥落。王ははるか東方へ連行され、これをもってウル第三王朝は滅亡しました。それ以降、シュメール人は歴史の表舞台から姿を消し、二度と姿を現すことはありませんでした」


 教師歴10年あまりの若林先生は手馴れたもので紀元前4000年から紀元前2000年にわたる2千年間のシュメール人の歴史を授業の前半20分でさっさと片づけてしまうと、後半は古バビロニア王国の話に移った。


「ウル第三王朝の次に興ったのは、バビロン第一王朝、すなわち古バビロニア王国です」


──ちょっと待って。第三王朝の次が第一王朝? まったくもう、紛らわしいったらありゃしない。


 で、古バビロニア王国もアナトリア(現在のトルコ)にあったヒッタイト王国に攻め滅ぼされて、THE END。そのヒッタイトも、


「……強盛を誇ったヒッタイトも、前12世紀初頭には系統不明の『海の民』の襲来によって滅亡しました」


と、あっという間に滅んでしまった。まさに諸行無常だ。


 紀元前4000年から紀元前1200年まで、約3000年分のメソポタミアを中心とした歴史をわずか1時間で講義するという力技だ。なんだか、登場人物が次から次に入れ替わっていく劇を見せられているようだ。終わった後であらすじを訊かれても、上手く答えられないだろう。


 と、そこで授業終了のチャイムが鳴った。


「ええと、メソポタミア文明とエジプト文明の章を概説したら、次は一人5分以内で『西アジアの文明』についてプレゼンしてもらうつもりだから、ぼちぼち準備しといてね。テーマは各自、興味のある分野で良いから」


 若林先生の声が響く。


 そうなのだ。近年の教育課程では生徒の「プレゼンテーション能力」が重視されている。これも時代の流れであろう。もう、黙って言われたことをするだけでは評価されない時代なのだ。「いかに上手に自己を売り込むか」が人間に求められている能力なのである。


 室長の号令にユキはノロノロと立ち上がったが、机の上に涎の水たまりのようなものを発見して慌てた。しかも左横の星野宇宙(ソラ)はそれに気づいたらしく、ユキを見てニヤッとした。


──あちゃぁぁ……。


 さすがに恥ずかしい……。

お読みいただきありがとうございます。

少しでも興味を持っていただけましたならば、作者の励みになりますので是非とも【ブックマーク】【評価】や感想をお願いいたします。

それでは引き続き、よろしくお願い申し上げます。

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