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世界史の教科書には宇宙人も超古代文明も載っていない  作者: 喜多里夫


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第21話 力は正義なり?

 ソラは言う。


「まずモヘンジョ・ダロ遺跡について、最初に出版された書物にはそう書いてあったんだけど、後で他の学者が現地調査をしたら、モヘンジョ・ダロ周辺で『ガラスになった街』とか『死の丘』とかいった地名は確認出来なかったそうだよ。もちろん、トリニタイトも出てこない。どうやら全部、最初の書物の著者の作り話っぽいんだよ」


 かつて、考古学者の近藤英夫氏(東海大学)は「モヘンジョ・ダロは何度も訪れたが、『ガラスになった街』など見たことも聞いたこともない」とコメントしている。


 最初の発表当時とは違い、現代ではグーグル・アースなどでモヘンジョ・ダロ周辺の衛星写真を誰でも簡単に閲覧できるが、数百メートル四方もの広さの「ガラスになった町」らしきものは一切確認できない。


 そもそも遺跡が実在しないのであれば、そこから発見されたという遺物の信憑性も当然失われる。


 現地で発見された遺体についても、モヘンジョ・ダロはインダス文明期以降も、洪水や火災などが原因で興亡を繰り返していたことがわかっており、一時期は廃墟化していたことさえあった。そのため、放置された遺体が見つかったとしても、別に不思議ではない。


「何なの、それ~?」


 ユキは、呆れたといったふうに叫んだ。それに対して、ソラはあくまで冷静な口調で続けた。


「また、この説が主張されたのは冷戦期、アメリカとソ連の全面核戦争とそれによる人類の滅亡が現実味を持つものとして、真剣に論じられていた頃なんだ。核によって滅亡した文明というモチーフが人々の心を捉えたんじゃないかな。その証拠に、冷戦終結とともに全面核戦争の脅威が忘れられると、欧米では古代核戦争説もまた忘れられ、この説を主張する学者はゼロに等しい状況になっているんだよ」


 ここでソラは一呼吸置いて、


「というわけで、モヘンジョ・ダロが核戦争で滅んだという話は、これについて最初に書かれた書物から、無批判に引用されているらしいんだ」


「学者がそんなことでいいの?」


「うん、意外とあるみたいだよ。過去の書物を無批判に引用するってこと。それから……」


「まだあるの?」


「『マハーバーラタ』の描写に核兵器に似たところがあるのは、おそらく翻訳の問題だよ」


「誤訳ということ?」


「いや、そうじゃない。翻訳者にしても読者にしても、今なら当然、核兵器のことは知ってるでしょ?」


「うん、知識としてなら。ヒロシマやナガサキのこともあるし」


 するとまた、ユキがふと気がつくと、あの店員が二人の座っているテーブルの真横に立っていて、二人ではなく通路の向こうの壁の方に向かって語り出したのである。


   ◇


──あらゆる武器を用いても、三つの都市には効果がなかった。


 そこで高速の強力な「ヴィマナ」で飛んでいた、雷電を操るクルスは、三つの都市に向けて、神々すら恐れを抱き、大きな痛みを感じる武器を投下した。


 太陽が一万個集まったほどの明るい、煙と火が絡み合った光り輝く柱がそそり立った。


 それは未知の武器、鉄の石矢、死を告げる巨大な使者であった。


 三つの都市の住民は、一人残らず灰と化すまで焼き尽くされた。


 死骸は、誰のものとも見分けがつかなかった。


 髪の毛や爪は抜け落ちていた。


 鳥たちは白くなり、すべての食物は毒された。


 武器は、細かな粉となり、崩れた。


 クルの軍勢は恐怖に駆られ、自らの命を救おうと戦場から逃げ出した。


 ある者は自分の息子や父親、友人や兄弟を戦車に乗せ、またある者は鎧を脱ぎ捨てて河に飛び込み、身体や装備を洗った。


   ◇


 店員はこれだけ言うと、また二人のいるテーブルから静かに離れていった。


「いやだ、何か、怖い」


 ユキはそれだけ言うと、自分たちから離れていく店員の後ろ姿を眼で追った。


 しかしソラは、ユキが『マハーバーラタ』の記述が怖いと言っていると受け取ったようだ。


「怖いよね」


 そう、それは確かにその通りだ。ユキが中学生の頃に本で読んだ、1945年8月6日のヒロシマや8月9日のナガサキの惨状とそっくりだ。


 その気持ちを見透かしたかのように、ソラが話しかけてきた。


「ユキちゃん、これは確かに核戦争の記述だと思えるでしょ?」


「うん」


 でも、やっぱりソラはこう言った。


「そう思えるよね。でも、これはね、大昔の人々の想像力の産物を、現代に引きつけて読んでしまうからだよ。人間の心は自分の知識に基づいてしか物事を判断できないんじゃないかな」


 そう、ソラはいつだって理性的だ。


「へえ、そういうものなんだ……言われてみれば、そうなのかも知れないね」


「それに、おかしいと思わない?」


「何が?」


「店員さんが朗唱してくれた箇所だけでもさ、武器の水準がすごくアンバランスなんだよ」


「どういうこと?」


「いや、仮にも核兵器を用いるような水準にある文明にしては、兵士たちは鎧を着ているとか、戦象を用いているとか、ここに出てくる戦車って、チャリオット──馬車──だからね。まかり間違っても、タンクじゃないから」


「ああ、そうか。私、武器のことまでは指摘されなきゃわからないよ」


「これは古代宇宙飛行士説がインダス文明以外について説明する時も同じなんだけど、ある特定の物の水準だけがものすごく高いわりに、それ以外は原始的と言ってもいいような水準なんだ。でも、そんな生活って考えられる?」


「確かに、言われてみればその通りね」


「そうでしょ。だから、たとえば古代メソポタミアやエジプトやインダス文明に核兵器はあり得ない。鉄器も無い、青銅器文明の段階で原子炉なんて造れないからさ。ローマ帝国に自動車が無いとか、中世ヨーロッパにパソコンやスマホが無いのと同じ理由だよ。だいたいさ、奴隷を使って物を生産しているような社会で、そんな高度なものが突出してできるわけないよ」


 なるほど、ソラの言うことは理にかなっている。


 でも、そう思えば思うほど、ユキの心には別の疑問が湧き出てくるのだ。


 ソラ君、あなたはいったい何者なの?


 しかし、ユキがその疑問を自分の心の中だけででも言葉に結晶化しようとする前に、ソラが続けて言った。


「さらに、原爆開発に携わって『原爆の父』と呼ばれていたオッペンハイマー博士が、戦後、『この核爆発は世界初ですか?』と訊かれた時に、『現代ではね』と、何か意味ありげな返答をしたという話があるんだよ」


「どういうこと?」


「わざわざ『現代では』と言うことは、『古代でも』核爆発はあったとも取れるでしょ」


「あ、そうか」


「ただ、そんな答え方をした博士は、戦後、核兵器を作ってしまったという良心の呵責から(うつ)状態だったともいう。博士も『マハーバーラタ』を読んでいたという話だけれど、発言の真意は今となっては確認しようがないんだよ」


 ここでソラは息を継いだ。


「さらに、この遺跡が発見された後、インドはイギリスからの独立運動、独立後は印パ戦争があって、そのせいで、なかなか現地調査が進まず、確認が出来なかったんだ。ユキちゃん、ちなみにモヘンジョ・ダロは今、どこの国にあるか、わかる?」


 いきなりそんなことを訊かれたユキはしかし、胸を張って答えた。


「インドって言うと思ってるんでしょ? パキスタン!」


「なんだ、知ってるんだ」


と、ソラは笑った。


「あ~、今、馬鹿にしてたでしょ」


 ソラはまだ笑いながら、


「馬鹿にしてないさ。これ、現在の国境線の問題だよね。第二次大戦後、インドがイギリスから独立する際に、インドとパキスタンに別れたんだから。で──」


「まだ、何かあるの?」


「モヘンジョ・ダロ遺跡はパキスタンにあるんだけれど、インドにしてみればあそこはあくまで古代インド文明の遺跡なんだ。で、インド政府は『インドは古代から文明の先進地域だった』と強調したいわけ」


「どういうこと?」


「たとえば、『ヴィマナ』って、インド神話に出てくる空を飛ぶ乗り物なんだ。さっき、店員さんが暗唱してくれた箇所にも出てきたでしょ。今、インド航空の機内アナウンスは公式に飛行機のことを『ヴィマナ』と呼んでいる。ということは、飛行機は古代インドで発明されたと主張していることと同じでしょ? そうすることによって、インド人はイギリスに植民地化されて傷ついたプライドを回復させているのかもしれないね」


「すご~い。難しいのね。そうか。歴史の解釈って、現在の政治まで絡んでくるのね! 深いなぁ。そう考えたら、歴史って、ただの暗記科目じゃないじゃん!」


「そうだよ、ユキちゃん。それとね、現在の科学で解決できないからといって、すぐに怪しげな説に走っちゃいけない。確かに、今は解決できないかも知れないけど、将来、解決できるかも知れないじゃないか、自分たちの力で」


 なるほど、そういうことか。


「たしかに。ソラ君、今だってたとえばさ、リニア新幹線が出来たおかげで、亀島から10分で名古屋、30分で大阪、1時間10分で東京まで行けるんだもんね」


 ユキは「文明の進歩」というと、すぐにリニア新幹線のことが頭に浮かぶ。いかにも亀島の人間らしい。


「そうだね。僕たちのお小遣いではなかなか乗れないけど……たしかに、亀島が三大都市圏の通勤圏内になったおかげで、亀島駅や新亀島駅前なんて高層マンションが建ち並びだしたね」


「でしょ。こんなふうに街が一気に発展するなんて、私、最近まで考えられなかったよ。おまけに亀島高校の偏差値もどんどん上がって、今年は八十数年ぶりに東大の現役合格者が出たし。先生たちも喜んでたね」


 確かにユキには、いいことづくめのようにも思えた。


 ユキの心を読んだかのようにソラも、


「人類文明万歳、ってわけか」


と言った。


「そうそう、その通り! それにいよいよ3月には、南鳥島沖で実験が行われるそうよ」


と、ユキはさらに話題を変えた。


「え~と、実験って、何の実験だっけ?」


 ソラにも知らないことがあると、ユキは新聞記事の受け売りを調子に乗って喋った。


「ソラ君は古いことは得意だけど、現代のことは意外と疎いわね。ニュース見てないの? 国防軍がいよいよ国産の「ウリウム弾頭」を搭載した新型超音速巡航ミサイルの実験を南鳥島沖でするじゃない。なんでも、元素「ウリウム101」を応用したこの爆弾の破壊力は100メガトン級の水爆に匹敵するとか」


 はしゃぎ気味のユキを尻目に、ソラの表情は曇った。


 また、例の店員が現れ、二人の席の横の通路を、


「ちなみに『メガトン』とは核爆弾の爆発力を表す単位で、1メガトンはTNT火薬100万トン分の爆発力に相当します」


とつぶやきながら通り過ぎていく。


 もう、店員が話に割り込んでくることは珍しくなくなったが、そうすると100メガトンはTNT火薬1億トン分の爆発力。それがどれくらいの規模の爆発なのか、新聞記事の数字を覚えていただけのユキにはさっぱり見当もつかない。


「ソラ君、店員さんの言う通り、これで日本の防衛は完璧じゃないの? 日本にも新兵器があったら、敵は絶対に日本を侵略出来ない。使わなくても、新兵器があるだけで、平和が守れるんだわ」


 しかし、ソラは心配するような顔をしながら言った。


「ユキちゃんは、本当にそう思ってるの?」


「ソラ君、日本は狙われているのよ。三年前の『尖閣事変』のことは覚えているでしょ? 残念だけど、今の私たちの力では日本を守りきれない……そのために……」


「新兵器が必要だと言うんだね」


「決まってるじゃない!」


 ソラは静かに言った。


「そしたら敵は、もっと強烈な破壊兵器を作ると思うよ……ユキちゃん、ユキちゃんが言ってることは最近、『青年党』が主張していることに似てるよね」


 日本青年党。


 尖閣事変での敗北後に結成された政党で、「老人支配の打破」をスローガンに掲げている。


──現与党には100歳以上の国会議員が6人もいる、と言うか国会議員の半数以上が後期高齢者だ。自分で車を運転出来ないような連中に国政を任せて良いのか?


──高齢者のための過度な介護・医療費を削って、若年層の教育・福祉予算へ回せ。これ以上、隣国に舐められないように国防費を増やせ。シロアリのように国家や社会にたかる高齢者から日本を守れ!


 こういった主張は「世代間対立を煽る」と批判されるが、現状に不満を持つ若者の一定の支持を集めていた。その証拠に、前回の総選挙では21議席を獲得している。




※ 本文中の『マハーバーラタ』訳文は、橋川卓也『人類は核戦争で一度滅んだ』(学習研究社、一九八二年)より引用しました。

お読みいただきありがとうございます。

少しでも興味を持っていただけましたならば、作者の励みになりますので是非とも【ブックマーク】【評価】や感想をお願いいたします。

それでは引き続き、よろしくお願い申し上げます。

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