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世界史の教科書には宇宙人も超古代文明も載っていない  作者: 喜多里夫


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20/26

第20話 古代核戦争説

 二学期の期末考査が始まった。


 テストは一日に2、3科目実施され、一週間続く。


 午後は放課になり、早く帰ろうが、校内で勉強しようが自由だ。なかには、塾の自習室で試験勉強をする生徒もいる。


 この日は、午後も校内の自習室で勉強していたユキだったが、夕方、いつものハンバーガーショップの二階に移動している。


 学校からたいして遠くない距離。


 自転車を漕いできたこともあって、ブラウスはあっという間に汗まみれのベトベトだ。


 12月としては異例の「暑さ」だ。


 一時期、省エネとか寒がりの人のために冷房を緩めにしている店も多かったが、この店は結構強めに冷房を効かせてる。


 というのも近年、夏は判で押したかのような猛暑で、七月上旬のこの時期、最高気温は四〇度を超える日すらある。一日中三〇度以上の熱帯夜が連続する日すらあった。


 これでは、とても冷房なしでは生活できない。冷房を入れている場所でも、下手をすれば熱中症になる。現にそういうニュースは今年も既に頻繁に聞かれるようになり、マスコミを(にぎ)わせている。


 店内で少し早めの夕食をとりながら、ユキは世界史の教科書を開けている。


「あ~、外はまだ暑そうだし、嫌になるなあ~。ここ連日、最高気温は25度超えだよ。も~、溶けちゃいそう……あ~、明日のテスト、前々から数Ⅱに集中して、世界史は暗記科目だから一夜漬けでいいと舐めてかかったのが、間違いの元だった~!」


 そこへハンバーガーセットの載ったプレートを持って、ソラが二階に上ってきた。


「あっ、ユキちゃん」


「あ、ソラ君。外、まだメッチャ暑いでしょ?」


「いや、別に……どうしたの? めっちゃ、うんざりした感じの顔してるよ」


 ソラの「別に」という言葉を聞いただけで、ユキはますますうんざりする。


 もしかしたら、ソラ君は「暑い」という感覚が無いんじゃないか、なんてことまで思ってしまう。


「ソラ君、暑さには妙に強いのね……どうせわたしゃ、普段からうんざりした顔してますよ。今日は母の帰りが遅くなるからって、晩ご飯ここで食べるついでに、テスト勉強してたのよ。ソラ君こそ、何なの?」


「まあ、同じようなところだよ……って、ユキちゃん、ここのジャイアントバーガーセット食べてるの? カロリー高いよ。美容と健康にイエローカードだ」


 テスト勉強を嫌々やってる上に、痛いところを突かれたユキは、たちまち不機嫌な表情になる。


「うるさいわねぇ、余計なお世話。私だって、時にはがっつり食べたくなる時があるの」


 どうも今日のユキは、普段よりも言葉に(けん)がある。ソラに対しも少々喧嘩(けんか)腰だ。


「時には?」


「うるさいわねぇ!……って、なんで、わざわざ同じテーブルに座ろうとするのよ?」


「えっ、いいじゃん、いつものことだよ」


「よくないわよ。しっし、隣のテーブルに座りなさいよ。私、今、数学の勉強中だし、ソーシャル・ディスタンスを保ちなさいよ。ほら、県内でまた○○株とか出たんだよ。もし感染したら、おおごとになるんだから。その顔をアルコールで拭いてやろうか?」


と、ユキは持参していたウエットテッシュを取り出す。


「なんだい、ユキちゃん、人をウイルス扱いしてない?」


「ソラ君は、人間の変異株よ」


 新型コロナが流行し始めてからもう十数年になる。


 この病気は、ワクチンの開発とウイルスの変異の追いかけっこで結局、まだ根絶されておらず、世界中で時々思い出したかのように、散発的な流行が繰り返されている。変異株につけられるギリシア文字はもうかなり昔に使い果たされ、今は星座名がつけられているはずだ。最新の変異株はいったい何座の名前だったか、天文少女のユキにもさっぱり覚えがなかったが。


 そして4月以降、急速に仲良くなった二人の他愛の無い痴話喧嘩(ちわげんか)ふうのやりとりなのだが、そこにこの前にもいた野暮(やぼ)ったい外見をした店員がまたつかつかと近づいてきて、ほとんど感情の現れていない表情で言った。


「あの、お客様」


「あ、はい」


「はい」


と、返事をする二人。


「店内での大声での会話、それもウイルスだとか変異株だとか他のお客様がご不快になられるような話題はお控えください」


「す、すみません」


「ごめんなさい」


 二人は口々にというか、バラバラに謝った。


「ちぇっ、怒られた」


 ソラは隣のテーブルで、珍しく少し不機嫌そうに黙ってハンバーガーセット

を食べ始める。


 実際、新型コロナに対する人々の対応も極端に二分されている。


 一方では、普段よっぽどの人混みに出かける時や流行時以外はマスクをつけず、わりと平気に外食もするタイプ。


 もう一方は、普段からマスクを着用して、どんな時も外食しないタイプ。


 数の上では前者が多く、それゆえ、ユキとソラの二人も今こうしてハンバーガーショップにいるわけだが、難しいのは後者の人間も少なからず存在し、しかも生きるためには屋外へ出なければならない時があるのだ。そのことがトラブルの原因となりがちである。


 前者の人たちは後者を指して「あいつら気にしすぎ」と思うし、後者の人たちは前者を指して「あいつら気にしなさすぎ」となる。


 ソラはと言えば、


「今はもう十数年前と違って、ワクチンも薬もそれなりに整ってるからね。今の日本で感染する可能性は、確率的にはコレラやペストと同じくらいでしょ。だとすれば、むやみに怖がることもないよ」


と、わりと平然としている。


 もちろん、あえて不衛生なことをするわけではない。


 さて、ユキはハンバーガーをかじりながら、しばらく黙って数学の問題集に取り組んでいたのだが、そのうち我慢できなくなって、隣のテーブルにいるソラに話しかけた。


「ねえ、ソラ君」


「何? さっき、怒られたばかりでしょ」


 今度は、ソラのもの言いが少し冷たい。


「さっきはゴメンね。私、自転車漕いできたから暑くてさ、気が立ってたのよ」


と、ユキが謝る。


 ソラが今度は吹き出した。


「ぷっ、ユキちゃんが下手(したて)に出るときは、何か頼み事でもあるんじゃないかなって思うんだけど」


「え、え、え~」


と、ユキは少し驚いた声を上げる。


 しまった、読まれている。


「まあね」


 ソラはソラで、


「そうだね」


と、あっさりと受ける。


「お願い、世界史の試験範囲についてもう少しまとめて教えて」


「いいよ」


「えっ、本当?」


「人にものを教えるということは、自分の頭の整理にもなっていいから」


「なんか優等生のセリフっぽくて嫌だな……ねぇ、こっち来てよ」


と、ユキは笑いながら自分のテーブルにソラを手招きするような仕草をした。


「ほら、このチャートがアメリカ独立革命とフランスの大革命の流れだよ……それを復習した上で、この確認問題をやってごらんよ」


「何かすごいね。この問題はどこから?」


「要点整理の予想問題集のコピーだよ……それからこっちは中国史の要点で……」


と、ソラは言いかけたが、ユキは、


「ちょっと待って、まずはエジプトとインダスを片付けてから中国に取り組むから」


と言って、しばらく問題を解いている。


 ソラはソラで、ユキの向かいの席で数学の問題集を解いている。


 ところがユキは、15分くらいして我慢できなくなったのか、


「でもさ、インダス文明滅亡の原因として有名なのは、やっぱり古代核戦争説でしょ?」


と、ソラにまたいつものようにオカルトの話題を向けた。


 こんな時でも、ソラは打ち返してくる。


「ユキちゃん、『有名』って、どこが?」


「えっ? 『モー』とか読んでると、当然の前提として語られてたりするよ」


「でも現在、古代核戦争説が一番流布されているのは日本だ、っていう話もあるくらいなんだよ」


「え~っ、そうなのぉ?」


と、ユキは驚きの声を上げる。いつもの二人の会話の展開である。



 そもそも、ユキの言う「古代核戦争説」とは何か?


 それは、有史以前の地球にあったとされる近代人の知らない超古代文明、または四大文明などの古代文明が核戦争によって滅亡したとする説のことである。近年では、ゼカリア・シッチンがシュメール文明が「古代核戦争」によって滅亡したと唱えている。


 しかし、「核戦争説」ということにかけては、メソポタミアよりインダスの方が早い。


 もちろん一般的な歴史観には反するため、考古学者、歴史学者の間ではまともな論議の対象となっておらず、これまで学術的な分析でも成果は挙がっていない。


 しかし一方で肯定論者は、多くの神話(特に聖書の『創世記』、インド神話の『マハーバーラタ』、『ラーマーヤナ』など)の描写には核戦争と解釈可能な記述があるとか、モヘンジョ・ダロなどにおいて核戦争の痕跡と思われるオーパーツもいくつか発見されているなどと主張している。


 特にインダス文明滅亡の原因はまだはっきりわかっていない上に、『マハーバーラタ』などの記述が真に迫っていることも相まって、古代核戦争説がまことしやかに語られてきた歴史がある。


「ユキちゃん、だいたいさ、古代だよ。インダス文明だよ。モヘンジョ・ダロだよ。そこで、なんで核兵器? いくらなんでも、話、ぶっ飛んでるって思わないの?」


と、ソラが真顔で言う。まるで「この子、またおかしなことを言いだした」とでも言いたげなようだ。


「え~、でも、なんかいろいろ証拠があるんだよ」


と、例にょってユキは言う。まるで、子どもが親の前で駄々をこねているかのような口ぶりだ。


「それがね、確かにいろいろな『証拠』があると主張する人もいるけれど、実際のところ、どうなんだろうねぇ?」


と、ソラはユキをあやすように、丁寧に言葉を区切りながら言った。


 ユキは負けじと、本を読んで覚えている「証拠」を披露する。


「まず、遺跡の呼び名となっている『モヘンジョ・ダロ」は、現地語で『死の丘』といった意味で現地の人々から呼ばれているの」


「はい」


「そして、このモヘンジョ・ダロ遺跡から約5キロメートルほど離れた場所は、現地では『ガラスになった街』と呼ばれているのよ。現地の人々によると、この『ガラスになった街』は『立ち入り禁止の土地』として恐れられているんだって」


「はい」


「『死の丘』という表現や、地元の人が恐れて近づかないということから、何かこの土地にはいわく因縁があると考えられない?」


 ソラは、


「はい」


と、口では言うものの、ユキの話を真面目に聞いているようには見えない。


「え~と、さらにその『ガラスになった街』では、周囲数百メートル四方を高熱で溶けた砂が再固化したトリニタイトの黒いガラス質の石が覆い尽くしており、他にも溶けてくっついた煉瓦や、ガラス化してねじ曲がり気泡が混じった壺の破片などの遺物が発見されているというわ」


「なるほど」


 ソラの返事はあっさりしたものだ。


「最後に、モヘンジョ・ダロの遺跡で突然死状態で見つかった白骨死体四六体のうち、九体には高温にさらされたような跡が残されていたんだって」


「そ~だねぇ……」


とか言いながら、ソラはにやにやしていた。


 ソラが真面目に聞いていないことに気がついて、


「も~、真面目に聞いてよ」


と、ちょっといらついた口調で言った。


 その時、ユキがふと気がつくと、この前、自分たちを注意した女性店員が自分たちの座っているテーブルの側に立っていることに気がついた。


 あれ、あの人、いつの間に?


「あっ、また、あの店員さんだ」


と口にしたユキに向かって、ソラは右手の人差し指を唇に当てて短く、


「しっ」


と言う。


 すると店員は、二人の方を振り向いて、まるで詩を暗唱するかのように語り出した。




──その時、自らのヴィマナに乗った英雄アスワタマンは、神々すら恐れを抱き、大きな痛みを感じるアグネアの武器を発射した。

 彼はすべての敵に狙いをつけ、煙を伴わない火を放つ、きらきら輝く光の武器を四方に浴びせかけた。


 矢の雨が空に放たれた。その矢の束は、輝く流れ星のように落下し、光となって敵を包んだ。

 突然、濃い闇がバンダヴァの軍勢を覆った。

 そのため、敵は方向感覚さえ失ってしまった。


 恐ろしい風が吹き始めた。

 象たちは恐れおののき、鳥たちが騒ぐ。

 空に雲がうなり、血となって降り注ぐ。

 自然の秩序そのものが攪乱されたようだった。

 太陽がゆれ動く。

 宇宙は焼け焦げ、異常な熱を発している。

 象たちはアグネアのエネルギーに焼かれ、炎から逃げ出すべく、恐怖にあえぎながら駆け回った。

 水は蒸発し、その中に住むものまで焼けてしまった。


 あらゆる角度から燃える矢の雨が、激しい風とともに降り注ぐ。

 雷よりも激しく爆発したこの武器に、敵の戦士たちは猛火に焼かれた木々のように倒れた。

 この武器に焼かれた巨象たちは、あたり一面に倒れ、ものすごい叫びを上げた。

 火傷をした他の象たちは、恐怖にかられたように水を求めてあたりを駆け回った……。




 ソラは感心したように言った。


「これはインド神話、『マハーバーラタ』の一節だよ。すごいな、あの店員さん。いつものことながら、僕たちの話の内容に的確にから絡んでくるよ」


 いや、ソラ君、そんな、すぐに出典がわかるあなたの知識量も世界史に関しては超高校級だよ。


 でも、ユキは店員が暗唱している文章を聞いていて、ちょっと頭がくらくらするような感覚がした。


 まるで、目の前で本当にミサイルのようなものが爆発し、軍勢が火に包まれるようだ。


 一瞬、店の窓の外が本当に赤い光──核の炎──に包まれたような感じがしたほどだ。もちろん、実際にはそんなことはなかったが。


 背を向けて自分たちのテーブルから離れていく店員を胡散(うさん)臭いものでも見るような目で追いながら、ユキは言った。


「もう、何なの? あの店員さん」


「インド哲学専攻の大学院生が亀島のハンバーガーショップでアルバイトするかなぁ?……まあ、とにかく、こういう文書を読むと確かに、いかにも核戦争って感じはするよね。『アグネアの武器』の威力って、明らかに核兵器クラスだよ」


 相変わらずソラは、あの店員自体には特に関心を見せていない。むしろ『マハーバーラタ』に関心を寄せている。でも、ユキはあの店員に何となく不気味なものを感じた。


 何者だ、あの店員?


 今もそうだが、今までも、私たちの話に絡んできすぎじゃない? とても、「ただの」アルバイト店員とは思えない。


 そう思いながらも、さっき店員が暗唱した『マハーバーラタ』について、


「そうね。私にも本当に核兵器が使われてるような描写に聞こえたわ」


と言った。


 ソラは『マハーバーラタ』について説明しだした。


「この話は古代インドにあったとされるバーラタ族の国同士が『炎の十七日間』と呼ばれる大戦争を繰り広げるという話なんだけど……」


「だけど……って、よっ、待ってました!」


 ユキはいきなり掛け声をかけた。


「待ってたんかい」


と、わざと関西弁ぽくおどけて言って、ソラは笑った。


 ユキは言う。


「ソラ君のことだから、おそらくそう来るだろうな、と思ったの。だって、ソラ君、オカルト嫌いでしょ? 世の中のことは科学と理屈で説明できる!って」


「ちぇっ、読まれてたか」


と、ソラは悔しがるような言葉を口にはしたが、右手で前髪をかき上げるような仕草をしてから話し始めた。




※ 本文中の『マハーバーラタ』訳文は、橋川卓也『人類は核戦争で一度滅んだ』(学習研究社、一九八二年)より引用しました。

お読みいただきありがとうございます。

少しでも興味を持っていただけましたならば、作者の励みになりますので是非とも【ブックマーク】【評価】や感想をお願いいたします。

それでは引き続き、よろしくお願い申し上げます。

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