王都から届いたもの
王都から――正確にはグウィンから送られてきた小箱を目の前に、ルエラの眉間にしわが寄った。
「睨んでいないで、開けてみたらどうだ?」
ルエラの向かいの席に座るユリシーズがいつまで経っても動かないルエラに声をかける。ルエラはさらに眉間にしわを深くした。
「開けずに送り返したら駄目かしら?」
「駄目だろう。ネスビット侯爵の判断の結果、領地にまで送ってきたんだろう? 中ぐらいは確認しないと」
そう諭されてしまえば、開けなくてはいけない。だが差出人がグウィンということだけで、触るだけでも嫌だ。
手のひらに収まるぐらいの大きさの白い箱で、リボンは赤。箱の蓋には店名とマークが入っていて、とてもシンプルだ。
「この箱、どこの店のものかしら。貴族が利用する店のものではないわね」
「そうなのか? しっかりとした贈答品用に見えるが」
ユリシーズは王都の店に精通していないので、首を傾げた。
「こんな雑な箱、贈り物として使うなんてどうかしているわ。それに王都にある貴族が使う店のマークは全部覚えているの。その中にこのマークはないのよ」
「国外から取り寄せているとか」
「絶対にない」
「……」
断言されて、ユリシーズは黙った。
「そもそもわたしが療養しなくてはいけなくなったのは、殿下とその友人たちのせいなのよ! それなのに、謝罪をするわけでもなく、こんな適当なものを送ってきて!」
語気を荒らげながら、ルエラは感情を爆発させた。
「は? 謝罪はなかったのか?」
「陛下からネスビット侯爵家に対してはあったと聞いているけど。彼らには悪いことをした意識がないのよ」
モヤモヤとした気持ちをそのまま吐き出した。いつもなら我慢できることでも、どうしても押さえられない。自分の気持ちを持て余しながら、箱を睨みつけた。
「お嬢さま。気が進まないのなら下げましょうか」
「いいえ。見るだけは見るわ」
ルエラは一度目を閉じてから、大きく深呼吸を繰り返した。自分でも落ち着いてきたと思った頃に、目を開ける。
テーブルの上に置かれた小箱に手を伸ばした。ゆっくりとリボンをほどき、蓋を開ける。中にはカードが入っていた。
カードを取り出すと、姿を現したのはアクセサリー。黄色と緑の可愛らしいリボンを組み合わせた髪飾りで、非常に子供っぽいデザインだ。
正直に言って、ルエラには似合わない。
一緒に箱を覗き込んでいたハリエットが何とも言えない声を出した。
「随分と可愛らしいアクセサリーですね。露店で売っていそうです」
露店で売っている、つまりは平民でも気軽に買える値段だということ。
「うふふふふ、わたしには適当なものでいいとそう思われているわけね」
「悪くとりたくなる気持ちはわかるが、少し落ち着け。ほら、なんというのか……詫びの品は金額じゃないだろう?」
「確かにそうですね。心がこもった物ならば、受けなくてはいけないのはわかっています」
ユリシーズに諭されて、大きく息を吸った。何度も何度も呼吸を繰り返せば、次第に高ぶった気持ちが落ち着いてくる。怒りはあるが、どうにもならないものではなくなってきた。
ルエラは気持ちが穏やかになったところで、取り出したカードに目を落とした。
やや右上がりの、見慣れた彼の筆跡。
あれほど怒りを感じていたのに、不思議なことに懐かしい。一か月しか経っていないのに、長い時間会っていない感覚がある。
簡単な挨拶からはじまり、楽しく街を散策していて見つけたものだと書かれていた。ジェイニーのついでにルエラに買ったのだ、と。
「ジェイニーのついでに買ったとは、どういうこと? わたしがついで?」
悪意なく書かれた彼の言葉がたまらなく辛くなって、ルエラは項垂れた。先ほどまでの怒りはすっかりしぼんでしまい、胸がずきずきと痛む。
「……燃やそうか?」
「大丈夫です。送り返します」
彼の悪びれない笑みが脳裏に浮かぶ。ルエラにとっての最悪な瞬間は、グウィンにとって自由への一歩だった。その事実が、呼吸が苦しくなるほどつらい。
「どこでこんなにもすれ違ってしまったのかしら」
きっかけはジェイニーとの出会いだ。グウィンはルエラとは感じなかった何かをジェイニーに見出した。それをジェイニーも敏感に感じ取っていて、人の多い場所では一歩引いた態度を取っていたが、ルエラしかいない、見られても困らない場所では非常に挑発的だった。
グウィンの腕に縋りつき、頬を寄せ合い語らいあう。
ルエラが婚約と同時に失ってしまったものを、彼女は見せつけてきた。
彼女の目はいつだって、自分の方が愛されていると雄弁に語っていた。そして、それを窘めながらもどこか満足そうな笑みを浮かべるグウィンに、自分は彼にとっては都合のいいだけの存在なのだと。
「本当に彼が好きだったのだな」
「……今となってはあの気持ちが愛だったかどうかわからないけれども、愛していると思っていたわ」
「結婚前にクズをクズだと知ることができたのは幸運だ」
クズと言われて、笑ってしまった。
「わたしもそう思う」
「だったら、思い悩むことはない」
「そうしたいと頭では理解できるの。でも、気持ちがついていかない」
「そういうものか」
よくわかっていないのか、ユリシーズはふんと鼻を鳴らしただけだった。年上のこの男が誰かに熱烈に愛を注ぐ姿を想像できないのだから、ルエラの複雑な思いは少しも理解できないだろう。
「二、三年かければ、気持ちの整理もつくと思うわ」
「……それはまた長いな」
「それだけ彼が最優先の生活だったの」
ルエラのため息交じりの言葉を聞いて、ユリシーズは変な顔をした。ルエラは箱の中にカードを入れて蓋をした。
「一度でいいから、ちゃんとわたしのために選んだものを贈ってもらいたかったわ」
しんみりと呟くと、ユリシーズは落ち着きなくローブのポケットを漁った。
「俺は恋愛をしたことがないので、女性の喜ぶものはわからないんだが。これなんかは贈り物としてどうだろうか」
そう言いながら、ポケットから何やら取り出し、ルエラへ差し出す。
繊細な彫刻が彫られた乳白色の美しいバングルがそこにあった。
「バングル?」
「効くかどうかわからないが、治癒の魔術が掛けてある」
「わたしに? どうして?」
「落ち込んでいるように見えたから。上書きするには別の贈り物があったらいいと思って。それに、この治癒の魔術は俺の師匠が掛けたものだから、結構いいもののはずだ」
ユリシーズは目を丸くするルエラの左腕を取ると、バングルを嵌めた。華奢なルエラには大きいかと思ったが、勝手にサイズが整う。びっくりして、ルエラは素っ頓狂な声を上げた。
「ええ?! どうなっているの?」
「自動調整だな。師匠は変なこだわりがあるんだが、これはこれで便利だな」
ユリシーズも初めて見たのか、ルエラの腕に嵌ったバングルを色々な角度から観察し始めた。
「こんな素敵な物、頂けないわ」
「気にせず受け取ればいい。女性らしいデザインなのだから、俺用ではないことは間違いない」
「でも、案外似合うかもしれないわ。それにユリシーズ様を心配して、治癒魔術が刻まれているのかも」
「それはない。師匠は性格がねじ曲がった婆だ。しかも安くはない金を巻き上げられたんだ。嫌がらせとしか思えない」
心底嫌そうな顔をするので、二人の関係性がとてもいいことが察せられた。だけどその否定する態度がとてもおかしくて、笑ってしまった。
「嫌がらせだなんて……。このバングルは魔術がなくてもとても高価なものよ。憎まれ口を叩きながらも渡すのですもの、やっぱり愛があるのよ」
「師匠の愛……いらんな」
「ユリシーズ様をそこまで感情的にさせるなんて、どんな方なのかしら。一度会ってみたいわ」
ユリシーズはようやく笑顔を見せたルエラにほっとした顔をした。そして手を伸ばし、ルエラのほつれ髪を丁寧に耳に掛ける。
「笑っていた方がいい。すごく綺麗だ」
至近距離から見つめられて、ルエラは顔を真っ赤にした。