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治療


 日の光がたっぷりと差し込むサロンにユリシーズが侍女のハリエットの案内で入ってきた。夜はゆっくり休めたのか、さっぱりとした顔をしている。


「待たせてしまったか」

「いいえ」


 無作法にも、ルエラはきちんと身なりを整えたユリシーズを食い入るように見つめた。


 歪な部分がどこにも見られない、芸術家が理想とするような端正な顔立ち。珍しい藍色の目は光の具合で黒にも見える。少し癖のある黒髪もしっかりと櫛を通したのか、しっとりとして艶やかだ。


 所作も美しく、ただ椅子に座るだけの動作さえも目を惹きつけられた。


 整った顔立ちをしているのだから、それなりに見られるようになるだろうとは思っていたが。

 これは想像以上だ。


「そろそろいいだろうか」

「……ごめんなさい。あまりにも美しくて、見とれてしまったわ」

「はっきり言われるのは初めてだ」


 居心地の悪そうな顔をするので、本当に申し訳ない。ルエラは大きく呼吸をして気持ちを切り替えた。


「両手を置いて」


 差し出された手のひらの上に自分の手を置いた。軽く握られると、先日のように魔力が流れ込んでくる。


 これはごく一般的な治療方法だ。相手の体に魔力を流し、そこから不調の場所を見極め、治癒魔法をかける。治療する場所をピンポイントに見つけてから治療するため、魔力はさほど多くなくともできるらしい。


 ただ、魔力量は小さく済むが、魔力のコントロール、治癒する場所の見極めなど、治癒魔法を使うまでの知識が必要で、魔力量が多い人ほどやりたがらない。魔力は多ければ多いほど、コントロールがすごく難しいらしいのだ。


「このタイプの毒は本当に質が悪い」

「王家の秘毒なのだけど、それでも大丈夫かしら?」

「ああ。秘毒だろうが症状は同じだ。毒で固まった魔力を溶かしていくだけだから」


 何とも想像がつかない話である。血液のように流れている魔力が固まるなんて、考えたこともなかった。


 曖昧に微笑んだルエラを見て、ユリシーズはおかしそうに笑った。


「無理に理解しようとしなくてもいい。君は魔術師でも医師でもないだろう?」

「そうだけど。やることもなくなってしまったし、折角だから魔術を勉強しようかしら」


 気まずさに視線をうろつかせながら、ぽつりと呟いた。


「やることがない? 君は王子の婚約者だと聞いたが」

「やめることにしました」


 きっぱりと言えば、問うような眼差しを向けられた。ルエラは何でもないように笑った。


「王子に毒を盛られたので」

「は?」

「今、わたしのこの状態は婚約者だった王子が望んだこと。流石に心が折れてしまったの」


 無表情に近い顔が徐々に歪み、怒りを浮かべる様はルエラの気持ちを慰めた。家族ではない別の誰かが同じように憤ってくれる。それはルエラの怒りが正当であり、グウィンたちの行いが当然ではないことの現れだ。


 気持ちがすっと軽くなっていくのを実感した。


 心のどこかでは思っていたのだ。自分が我慢すればいいことだったのではないか、と。でもそれを他国の貴族である彼が表情で否定してくれる。


「君の王子は確か」

「君の王子なんて気持ち悪い言い方、しないでくださる?」

「それは……すまん」


 笑顔で指摘すると、ユリシーズはばつが悪そうに頭を下げた。治癒魔法を使いながら器用に謝るので、許すことにした。


「第一王子よ。グウィン殿下は王太子にはなれないけど、優秀なら公爵位ぐらいは貰えるはずなので」

「優秀なのか?」

「さあ? わたしの手伝いがなくてどこまでできるのかなんて、知らないわ」


 実際の公務でもかなりお膳立てをして、いくつかの案を提示する。グウィンは細かな欠点を幾つもあげつらって、満足するとそれで終わり。代替案をお願いすれば、一番指摘が少なかった案を選ぶ。本人がやっているように見えるが、言葉だけ立派で実行は部下任せ。


 もっとも侯爵家の派閥には優秀な人材は豊富にいるから、別に問題はないのだが。とはいえ、ルエラとの婚約がなくなれば、このようなお膳立てをする人間はおらず、問題抽出から課題策定をグウィンと側近たちがしなくてはいけない。


 置かれた状況に慌てふためくか、もしくは問題抽出すらまともにできずに課題なしとしてのんびり過ごすか。彼らの辿る道を思い描き、意地の悪い感情が吹き出した。今まで我慢をしていた分、苦労したらいいという気持ちを抑えきれない。


「毎日のようにわたしを無能だと罵っていたのですもの。わたしがいない方がきっと素晴らしい仕事をするはず。ふふ、楽しみだわ」

「いい性格をしているんだな」

「あら、気を悪くしたかしら? これからは控えるわ」

「いや、嫌いじゃない。ルエラ嬢に損失がないのなら、ただ傍観していればいい」


 そんな他愛もない会話をしているうちに、流れてくる魔力を感じなくなった。


「今日はここまでだ」

「あまり変わったような気がしない」


 解放された手を握ったり閉じたりしてみたが、特に変化を感じなかった。足の方も同じだ。


「そんなに早く効果は出ない。徐々に取り除いていく予定だ」

「完治するまでにどれぐらいかかるの?」

「今のやり方だと二年ぐらいか」

「二年!?」


 あまりの時間の長さに、思わず大声が出た。ユリシーズは当然と言うように頷く。


「体に負担をかけないようにとネスビット侯爵から言われている」

「ちょっと待って。その言い方だと、早くできるのね?」

「そうだな」

「だったら!」


 思わず大きな声が出た。ユリシーズは大きく息を吐いた。


「そんなにも焦ってどうする?」

「焦ってなんかないわ。ただ不自由過ぎて」


 じっと見つめられて、ルエラは落ち着かない気持ちになる。心の奥底まで見られているような、そんな気まずさがあった。


「早く治すことは可能だが、正直お勧めできない」

「体に負担があるから? そんなの、今の自由にならない体よりは」

「比喩でも何でもなく、本当に死にたくなるほど辛い」

「ええ? 経験したことあるの?」


 治癒魔法は治すためのもので、苦しいという印象はない。ユリシーズはそうだと頷いて、具体的に説明を始めた。


「こう、体の中にある塊を無理やり押し流して、傷ついた部分は治癒をかける。どうしても中が傷つくから、非常に痛い。ルエラ嬢の場合、体中に大小さまざまな塊が残っている。それを一気に押し流すことになる」

「どのくらい痛いの?」

「転んで砂利が入った傷口に砂利を擦りつけながら取り除くような感じだ」


 転んで砂利が入るという経験はないのだが、何となく想像できた。傷口に沢山のゴミがあって、それを引きずりながら出す。確かに痛そうだ。


 痛みを想像して、血の気が引いた。


「だから徐々に溶かして流していく方がいいと思う」

「お勧めできないのはわかったわ。でも」


 痛みと言っても永遠の痛みではないのだから。動ける体になることを実感したい。


「では、少しだけ体験してみるか?」

「どういうこと?」

「一番小さな塊を魔力で押し出すから、その痛みに耐えられるかどうか判断すればいい」


 小さな塊と聞いて、ルエラは頷いた。


 ユリシーズは再び両手を握る。先ほどとは違う、強い魔力が彼の手を通して感じる。


「流すぞ」


 ぐっと体の中を押し開くように魔力が押し込まれた。

 あまりの痛さに、ルエラは悲鳴を上げることなく意識を失った。


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