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第一王子の自由時間


「すごく楽しかった。次は違う料理店に行きたいです!」


 明るい笑顔で、グウィンに強請るのはフレーザー子爵令嬢のジェイニーだ。グウィンの側近の一人、ロニーの妹で、一年ほど前に紹介してもらった。


 四つ年下の彼女は瞳をキラキラさせて、頬を赤く染め、とても楽しそうだ。先ほど貸し切りで入った料理店がとても気に入ったのだろう。大通りを歩きながら、はしゃいでいる。くるくる変わる表情を好ましく思いながら、柔らかい笑みを浮かべた。


「ジェイニーが気に入ったのなら、店を借り切った甲斐があった」

「珍しい料理が多くて、沢山食べてしまいました。お城の料理も素晴らしいけれど、こうしたマナーを気にしない食べ方も楽しいわ」


 城での食事はジェイニーと二人きりではない。護衛や使用人たちがいるので、側近たちに交ざっているのだ。当然、誰に聞かれてもいいように、会話にも気をつけている。


 ジェイニーは側近の妹という立場でしかない。本来ならグウィンと一緒に食事をしたり行動を共にすることはないのだ。少しでも一緒に過ごしたいため、ジェイニーには我慢を強いている。


「ああ、そうだな。お忍びではあるが、こうして市民の生活を肌で感じるのは大切だと思ったよ。もっと早いうちに知るべきだった」

「これからグウィン様は国王になるんですもの。やっぱり国民のことを知らないと。あ、わたし、次はスイーツが食べたいです」


 いいことを言っていたような気がしたが、さらりとリクエストされた。その切り替えに、グウィンは苦笑した。流石にもう食べることはできない。


「すまない、スイーツは無理だ」

「えー。楽しみにしていたのに」

「また今度、一緒に来よう」


 そう宥めれば、彼女は約束ですよ、と何とか気持ちを抑えてくれた。一緒に歩いていた側近の一人デリック・ベグリーが足を止めた。どうしたのだろうと、グウィンも立ち止まる。


「殿下、折角ですから、ルエラ様にお土産でも買ったらどうです?」

「土産?」


 王都にお忍びで出ているのに土産と聞いて、首を傾げた。土産を買うなんて、他国に行った時ぐらいだろうし、他国に行くときには大抵ルエラが一緒にいるから、グウィンがルエラに自発的に何かを贈ったことはない。国主催の夜会や茶会の時のドレス、または誕生日などの記念日に何かを贈るぐらいだ。


「そうですよ。療養中のルエラ様を無視すると周囲が煩いですから」

「ああ、そういうことか。だが、どんなものがいいんだ?」


 ルエラが療養したことで手に入れた自由だ。ルエラを蔑ろにすれば、すぐに派閥の貴族が煩く言ってくるだろう。どちらも面倒であるが、土産を選ぶ方がまだましだ。


「宝石が欲しいわ」

「ジェイニーの欲しいものは聞いていない」


 ジェイニーの兄、ロニーがバッサリと切り捨てる。兄に突き放されて、ジェイニーは唇を尖らせた。


「ルエラ様に贈るのなら、わたしにもついでに買ってくれてもいいと思うの」

「はは、ついでか。ついでなら、いいんじゃないか。市井で買えるものなら、そう高くはないだろう」

「え! いいの?」


 ジェイニーは驚いたように目を見張った。その反応を可愛いと思いながら、笑顔で頷く。ジェイニーは満面の笑みを浮かべて、グウィンに抱き着いた。


「嬉しい! 大切にする!」

「大げさだな。遊びにしか使えない物だぞ」

「でも、グウィン様から貰うのが重要なの」


 ぐっと胸を押し付けられて、上目遣いで見つめられた。その目の奥に欲が見え隠れする。ジェイニーは事ある毎に、自分を特別にしてほしいと行動で訴えていた。グウィンがルエラを蔑ろにするわけにはいかないことを理解しているのか、言葉では何も言ってこない。


 その心遣いがくすぐったく、一途に思われている心地よさが手放せなかった。


 すり寄るジェイニーの髪をひと房、手に取りそっと唇を落とす。近づいた距離に、ジェイニーが期待の目を向けた。


「立太子した後、ルエラと婚姻することになるだろう。君の想いに応えたくても、側室にしかしてやれない」

「わたしも貴族の娘よ。この政略結婚の重要性はわかっているわ。だから側室でも十分。グウィン様の心がわたしにあるのなら耐えられるもの」


 グウィンは甘い囁きに応えるように、彼女の唇に自分のを押し付けた。ほんの少しだけ、触れるだけのキス。それがとても甘美で、二人の愛はとても綺麗に思えた。


「はいはい、盛り上がるのはそこまでです。僕たちもいることを忘れないでほしいですね」


 グウィンはデリックに邪魔をされて、肩を竦めた。


「邪魔をするな、と言いたいところだが……お前たちにも色々と配慮してもらわないといけなくなる」

「わかっていますよ。そのためにこの一か月の自由を手に入れたのでしょう? 殿下はやりたいことをして、気持ちを整えてください。この先、長い時間、国のために働くのだから、そのぐらいの時間はあってもいいでしょう」


 デリックがそう言えば、ロニーも同意するように頷く。ただ、ロニーが変な顔をしているのは、自分の主の想い人が妹というところが居心地が悪いからだろう。


「グウィン様。わたし、お揃いの何かが欲しいです」

「お揃いか。目立たないところにつけられるものなら、いつも持っていられるな」


 どんなものがいいだろうかと、頭を悩ませながら宝石店へと向かった。



 ルエラと参加する夜会や茶会は立太子に向けて必要なつながりを得るためのものがほとんどだ。ネスビット家の後ろ盾があるのだから、そこまで力を入れなくてもいいはずなのに、ルエラは慎重だった。

 派閥内での集まりは、あくびが出てしまいそうになるほど退屈なものだった。いつだってグウィンは値踏みされる目を向けられていたし、時には意地の悪い質問もある。国なんて、有識者を集めて議論したらいい。その中で納得ができるものを採用したらいいだけなのに、誰もがグウィンが素晴らしい案を披露することを求めた。


 勉強は嫌いじゃない。だが政治は嫌いだ。苦手に思っていることをルエラも知っているので、彼女はグウィンをさりげなく庇う。それもまた、癪に障って、イライラする原因となった。


 婚約する前はもっと自由に笑ったり話したりしていたのに。幼い時からの付き合いのあるルエラを決して嫌いではない。でも、大人になるにつれて、彼女の気持ちは全く見えなくなった。そして、どんどんと先に進む彼女を見て、距離を置くようになった。


「グウィン様、ぼんやりしてどうしたの?」


 執務室で仕事をしていると、心配そうな声がかかる。顔をあげれば、ジェイニーが顔を曇らせていた。


「ああ、何でもない。慣れないことをしているせいか、少し疲れた」

「街の中を沢山歩き回ったから、仕方がないかも。やっぱり普段から歩いた方がいいと思うわ」


 無邪気な言葉に、グウィンは笑みを浮かべた。


「それで、次は何をしたいんだい?」

「仮面舞踏会に行きたいと思って」

「……招待状を手に入れるのは難しいと聞いたが」


 仮面舞踏会はその名の通り、仮面をかぶって参加する舞踏会だ。顔をわからなくして、というよりも、無礼講で楽しもうという趣旨が強い。話だけは聞いたことがあるが、グウィンは参加したことはなかった。


「無理なの?」


 ジェイニーはデリックに聞いた。デリックは書類を作る手を休めて、顔を上げる。


「無理ではないですね。うちの伝手を使えば、手に入るかと」

「そうなのか。では、手配してもらえるか?」

「了解」

「それから、ジェイニーにドレスと宝飾品と……あと仮面を」


 仮面舞踏会がどのような催しであるかは、噂話程度にしか知らない。だが、その名前の通り、顔は仮面で隠しての参加だ。

 ジェイニーに贈り物をしたことがないからなのか、デリックが驚いた顔になる。


「いいのか?」

「支払いは僕が持つ。でも、注文はデリックからお願いしたい」

「あ、ああ。うちから注文することは問題ないんだが」


 デリックの言いたいことはわかる。グウィンが今使える資金はすべてルエラへの予算だ。それを知っていて、躊躇っている。


「心配いらない。ルエラへのドレスと一緒に混ぜてしまえばいい」

「流石にそれはまずいんじゃないのか。ルエラ様は今、ドレスを着られる状態ではないのだから」


 難しい顔をしてデリックは頷かない。どうしたものか、と考え巡らせればジェイニーが焦れたように口を挟んだ。


「いいじゃない。ルエラ様のドレスは高価なものなのでしょう? 遊びで作ってみたけど似合いそうになかったと言えば、誤魔化せるわよ」

「そうだ、一着ぐらいは何とかなる。それにジェイニーにも贈りたいんだ」


 強い口調で言えば、デリックは大きく息を吐いた。


「わかりました。手配します」

「ありがとう」


 グウィンは上機嫌にお礼を言った。

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